夜明けは過ぎて陽射し入る 8
モトキに、フェーナーにどのように話せばいいのだろう。タイガは考えていた
ここの主が、あなたのお父様が別人でしたと第一声にできるわけがない
窓からではなく、ちゃんと扉から外へ出ようとしたが半壊していたのでもういいだろうと蹴り、完全に壊す
「あ・・・」
門を越えた先にモトキとミナールがいた。モトキの左腕には着ていたジレが被せられているが、落ちる赤い液体から怪我をしていることは明白
ミナールの右腕に縫いつけられている青糸も気になるが
「すまない・・・」
「何故謝る・・・?フェーナーから父が突如として居なくなったと聞いて、着いたと同時にお前が出てきた・・・まさか、お嬢様ではなく主の方を攫っていったのか?」
首を横に振る。答える前に自分の紅い鉢巻を外した
それで出血するモトキの左腕を強く圧迫させるよう結び、止血を施す
元から紅いから赤は目立ちはしないだろう
「悪いな。じゃあ、お前が謝った理由は?攫う犯人と現場にいながら逃してしまった・・・わけじゃなさそうだな」
「攫っておいて何故わざわざ燃える屋敷に戻ったかになるが、フリスティンさんは攫われていない。フリスティンさんが犯人で、フリスティンはフリスティンじゃなかった」
モトキもミナールも追いつかないといった困惑はなく、ただ驚愕する
フリスティンが犯人だった、次のフリスティンはフリスティンではなかったことが何度も脳内でこだましていた
自分達を呼ぶよりも、あの手紙が届けられるよりも前にはとっくにフリスティンではなかった
「ほ、本人は・・・?」
「もう・・・いないようだ。謝ったのはそれを伝えなきゃならないこと、お前達の顔を見て自然と出た言葉」
最初の謝る言葉に正体を目の前で知ったこと、フリスティン本人は死んでいること、遺体はどのような結末となったか教えられたこと、形のないものが胸から口へ溜まり、2人の顔を見て吐き出し、言葉にしてしまった
言葉が思いつかず、自然となったのが「すまん」の一言
「いないって・・・あんたの声量と顔で察しがつくわ」
「そうか・・・ジョーカー・・・ジョーカーっ!・・・ジョーカーっっ!!」
爪を立て、握りしめた両拳から血が滲む。止血した左腕の出血も力みにより抑えきれなくなっていた
ミナールは視線の先を失い、ただ左下へ顔を向け、タイガはこれ以上言うことはなく
「ジョーカーっ!!ジョーカーっ!!ジョーカーっ!!ジョーカーっ!!」
膝を着き、額を地に打ちつける。目的があってなのか、戯れ悪ふざけなのか、どちらにしろジョーカーへの憎しみが増幅していく
ジョーカーの名を繰り返し叫ぶしかできない
頭がおかしくなりそうだ。奥底より眠っている誰かが自分の感情を支配しようとしているようで全身を強い力で握られたかのような痛み、呼吸の乱れがおかしい
ミナールが異変を察知し、モトキへ声をかけようにもタイガの険しい表情が阻止してしまう。彼がモトキへと近づく
だが、先に手がモトキの背へ添えられ優しく撫でる。それはタイガではなくミナールでもない
フェーナーお嬢様が額を地に付け、蹲り異変が現れ始めた彼に臆することなく、ましてや父が急に姿を消した状況の中であるはずなのに
「しっかりしろとは言わないけど、仕方のないことは後で嘆きましょう」
しばらくの沈黙。モトキは額を地から離し、握りしめられていた両拳が解かれる
左膝を付いてから立ち上がり、額を親指で拭い、その指を噛んで一呼吸
背を一度叩かれてから彼女の方を向く、フェーナーは恐ろしいほどに落ち着いており、最初に父のことを聞いてはこなかった
「しっかり聞いてくれ」
「いいでしょう・・・」
まずは父であるフリスティンがもう亡くなられていること、ずっといた彼は別人であったこと、正体はジョーカーの関係者であること
ソレンダは怒りと悔しさと、己の愚かさに一番の怒りが湧いていた
「お父様・・・」
母を亡くしてから男手と使用人の皆で育ててくれた。肉親からの愛情を返しきれないほど与えてくれていたことが言葉が無くとも受け取れる
目を閉じ、思い出し、悲しみに暮れ泣くよりもまずは感謝しなければならない
そして、今回の件に巻き込ませてしまったモトキ達へも
「茶髪、いいえモトキ・・・ミナール、タイガ。ありがとう・・・」
「そんな・・・そんな!フリスティン御本人とも俺達は見破れず!俺が悪いんです!もし!もしあの時、学園に現れたやつに首を突っ込みさえしなければ!」
モトキの両頬を、片方ずつフェーナーとタイガが抓った
しっかりしろと、訴える彼女の顔に次の声が出ない。じんわりと目尻に涙を浮かべ、抓る指を離す
「首を突っ込んだ、それで正解です。今件は元よりジョーカーが以前より企んでいたこと・・・あなた方が来ていらして本当によかったです。父はいなくなられましたが、今日は誰も失われませんでした。あなた方のおかげです」
深く頭を下げる。ミナールもタイガも続けて頭を下げ、遅れながらモトキも
彼女の言葉で胸にある重みが多少だが軽くなった気がした。けど、やはりまだ奥底でば自分への責めが拭い取れない
拭いても拭いても取れることはない




