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異世界の天下布武  作者: ビッグベアー
第四章、炎と死と刃と
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45、あるいは信ずるがゆえ

 戦の始まり、反撃の号令はラケダイモニア勢にも確かに届いた。事前の打ち合わせよりも一刻ほど早いが、すでに準備は整っていた。砦に残された数百の兵達と三人の将は、その時が来るのを今か今かと待ち構えていたのだ。

 その緊張が、最高潮へと達するまさにその時に、敵陣にて火の手が上がった。続いて、山々が震えるようなざわめき。考えるまでもない、戦の音だ。潜んでいたヴァレルガナからの援軍が敵陣の横腹に喰らい付いたのだ。

 

「ようやくだ。暴れてやろうぜ、なあ、おい」


「――応!」


 戦場の匂い、死と生の境界線をすぐ傍に感じながら、弥三郎は跨る愛馬に身を委ねる。右手には借り受けた手槍(パイク)、背には短弓、腰には変わらず村正と、振るいうる全ての武具を身につけていた。

 その眼に迷いはない。砦の兵達、フェルナー、となりで号令を待つヴァンホルトと同じくその時を今か今かと待ち望んでいる。否、このときのためにすべてがあったのだと、そう確信さえしている。手綱を握るその手から伝わるその充実は、やはり己は武士なのだと、それ以外にはなれるはずもないのだとそう伝えていた。


「――征くぞ! アルカイオスのために!!」


「アルカイオスのために!!」


 フェルナーの号令に兵達が一丸となって答え、門が開かれる。無謀とも言える奇襲戦を目の前にして、兵隊には微塵の恐れすらない。むしろ、これから敵と戦えることに名誉と歓喜すら感じている。自らの将と共に果てると決めていた覚悟は、必ず生き残り、敵を屠るという強い意志と戦意へと変わっていた。死兵にして死兵にあらず、まさしく彼らこそが戦士だった。

 門が開ききるよりも早く、壊れかけたその扉を自ら打ち崩すように、二百の兵達が砦から飛び出す。それとほぼ同時に、振り返った一人が火矢を射る。狙いは事前に積み重ねておいた油と藁、砦全体へと確実に火が回るように計算されたそれへ火種を射込んだのだ。

 それまさしく決別の一矢。これまで必死に守り抜いてきた砦、同胞達の屍と血でできたその場所に自ら火を掛ける。もはや、戻ることはない。皆が命を掛けて守ったこの砦を敵に渡すわけにはいかない。この場所を、王国への侵略への橋頭堡にさせるわけにはいかない。


「――はああああああああああ!!」


 速度を殺すことなく、動揺の見える敵へ正面から突っ込んでいく。ぺルソダスの蹄が胴鎧ごと兵士の胸を踏み砕き、右手に構えた槍が兜ごと頭を貫いた。続けざまに、槍を振るい、逃げ出そうとする背中や向かってくる敵を、次々と討ち取っていく。正しく虐殺、不意を突かれた彼等にはまともな抵抗などできようはずもない。

 そんな光景が、火に照らされた闇の中で繰り広げられていた。

 一瞬の間に、数十人が討ち取ったが、それには蚊ほどの意味もない。元より戦場では生と死は隣り合わせ、特にこのような大戦では人の死など数字にしか過ぎなかった。


「向こうだ! 転進せよ! 山のほうだ!!」


 ヴァンホルトが声を張り上げ兵達に道を指し示す。轟音に満たされた戦場においても、彼の声は隅々まで届くようだった。

 視界を三万の大軍が埋め尽くしている、その端、南西方向で火が上がっていた。それはまさしく味方がそこにいるという証左。目指すべき方向はそちらだ。

 この戦の目的は、敵を討つことではない。もとより三万の大軍勢を、ラケダイモニア、ヴァレルガナ勢あわせて千五百程度で壊滅せしめるなどとは最初から考えてはいない。ならばすべきことは血路を開くこと、ヴァレルガナからの援軍と合流して、アウトノイアの城まで逃げ帰ることにある。

 そのためには、彼らと合流することが最優先。いつまでも単独で留まっていれば、取り囲まれて殺されるのが関の山だ。


「火を掛けろ! 押し進め! 時を掛けるな!」


 矢継ぎ早に指示を出しながら、フェルナーは次々敵を切り捨てていく。強兵で知られるタイタニアではあるものの、この混乱の中にあっては普段の通りの力を発揮することは難しい。ましてや、統率を取るべき将が不在ではなおさらのことだろう。


「逃げるな! 戦え! 敵は寡兵だ! 恐れるな!」


 敵もさるもの。火の手に囲まれ、奇襲の混乱の中にあっても、反撃を試みるものはいる。留守を任された副将たちは手勢を掻き集め、兵達の士気を蘇らせようと試みる。どれだけ意気軒昂と言えども、ラケダイモニア勢は所詮は二百と少し、先陣の数千が統制を取り戻せば、芥子粒のように叩き潰せる。それこそ、鎧袖一触であろう。

  それはラケダイモニア勢とて承知の上。何の策もなく、この死地に飛び込んだりはしない。生きてこの場を切り抜ける目算があってこそ、彼らはこの突撃を迷いなく決断したのだ。


「敵将はあちらぞ! 相駆けよ!!」


 弥三郎の号令と共に、ラケダイモニア勢の半数、虎の子の騎馬隊が一斉に突撃を掛ける。一糸乱れぬ動きで百の蹄が兵と将を踏み潰し、携えられた槍と剣が命を散らした。その先頭を行く弥三郎もまた、自ら槍を振るい、血路を開いていく。

 正しく蹂躙。僅か百足らずとはいえ、この局面においてその機動性と突破力は凄まじいまでの武威を発揮する。

 縦横無尽に敵陣を駆け、死線の戦闘を走りながらも、弥三郎は敵の動きを確りと見定めている。兵の動き、反撃の密度、火の回り、それら全てを見極めながら、敵将の位置を把握していた。だからこそ、こうして敵の采配と士気を引き裂くように動いているのだ。

 

「今だ! 一気に駆け抜けろ!」


 騎馬衆の開いた血路をヴァンホルト、フェルナー両名が率いる徒歩衆が押し進む。動きの乱れた敵兵たちを剣で斬り殺し、槍で突き殺しながら屍を痕に残して彼らは一心不乱に駆け抜けていく。止ることはできない、一歩でも立ち止まればそのときこそ一巻の終わりだ。

 ここまではラケダイモニア勢は評定どおりの動きを実現できている。砦を脱して後は、一心不乱に駆け抜け、ヴァレルガナの本陣と合流をめざす、当然と言えば当然と言えるようなその方針に彼は忠実に動いていた。弥三郎率いる騎馬隊の突撃はそのための布石だ。

 ヴァレルガナからの援軍も事前の評定どおりの動きをしているのなら、程なく合流できるはず。勝利はもう目の前、アウトノイアの城まで生きてたどり着けば間違いなく彼等の勝利だ。

 しかし、このまますんなり勝てるほど、戦というものは甘くはない。


「怯むな! 一歩でも退けば地獄へ落ちると思え!」


 現に、討ち漏らした将を中心に先陣は体勢を立て直し始めている。流石はタイタニアというべきだろう、これほどの巨体を誇りながらも、軍の統制は隅々まで行き届いている。ラケダイモニア勢は未だ前線を抜け切っていない。弥三郎の突撃も所詮は焼け石に水、指揮を取りうる将はいくらでもいる。このままでは、この場所からの脱出そのものが危うい。


「客将殿! こっちだ! あの正面!」


「承知! 間を空けずに進まれよ!!」

 

 鏃のような陣形、その先頭を行く騎馬隊が血路を抉じ開ける。目の前には槍衾の壁、纏まり始めたタイタニアが彼等の行く手を塞いでいた。

 一刻も早くこの死地を脱しなければならない。ここでラケダイモニア勢が全滅すれば、この戦そのものが意味をなくしてしまう。

 だが、立ちはだかるのは巨神の盾とも称されるタイタニアの槍衾、如何に下方弥三郎といえど正面からの突破は容易ではない。ましてや、こちらは所詮百足らず、突破できるかどうかはもはや賭けに近い。

 さらにその周囲では、騎馬衆や弓衆が着実に布陣を始めている。ほんの僅かの間に、彼らは統制を取り戻している。一瞬でも足を止めれば、そこでお終いだ。


「いざ奮い立て! 皆の衆! 我らこそが黄泉路の一番槍ぞ!!」


「――応!!」


 それだけ状況を的確に把握しながら、弥三郎は突撃を下命した。元より死は覚悟している、その先に生を拾うためなら、喜んで死線に飛び込もうというもの。彼に率いられた百名も同じだけの覚悟を決めていた。

 決死の突撃、冥府への先槍と巨神の盾が激突するその直前。

 

「――おおおおおおおおお!!」


 最上の頃合で、その横槍は突き入れられた。



◇   ◇   ◇    ◇   ◇   ◇   ◇  ◇   ◇   ◇   ◇ 



 彼らがその場所に布陣したのは、元よりそのためだった。坑道を抜け、布陣した本軍からは半リーグほど北側、林の中を息を殺して進み、敵陣を掠めるほどの位置に布陣したのはキチンとした意図があってことだったのだ。

 故に彼らは待ち続けた。アレクセイ率いる千の軍勢が敵陣に仕掛けた絶好の機を逸してまでも、彼らは己の役目を果たす機を待ち続けた。いくら気が逸ろうとも、どれだけ焦りが募ろうとも、彼らは伏して動かないことを徹底していた。例え、目の前で味方が屍を晒そうとも彼らは自らを抑えていた。

 ただひたすら機を待ち続けること、それが彼等の役目。砦へ向かった二人の将より厳命された唯一の役割だった。それを徹底できると信じられたからこそ、ロベルト・イオライアスはこの百五十の騎馬隊を任されていた。

 なにがあっても、声一つ上げさせない。ここにいると気付かれるわけにはいかない。その時が来たと、ロベルト自身が判断するまで一騎たりとて動くことは許さない。騎士が相手であっても、例外はなかった。

 しかし、戦場とは絶えず変化を続ける波間のようなもの。何時が潮時か見極めるのは並大抵のことではない。歴戦の勇士であっても見誤ることもあれば、いろはのいも知らぬような童がそれを言い当てて見せることもある。ロベルト自身も、これほどの大軍との戦は初めて。自らの勘と目を信じる以外にはどうしようもなかった。あの下方弥三郎がいつもしているように、自らを信じることでしか、ここには立ってはいられない。

 だが、それでも背後から伝わる兵達の焦りと緊張、自らのうちに燻る不安の手綱を取り、狂気と平静の合間に身をおく。完璧とはいい難いが、それでも将としてあるべき姿をロベルトは示していた。

 忍耐と焦燥がその境界線を失う、その直前、ようやくその時は訪れる。

 戦場では炎がうねり、叫び声は絶え間なく、やり取りされる死は数百にも及ぶ。その最前線、最も多くの死が交わされるその場所が、彼等の目の前にやってくる。待ちに待った機は、死をひきつけながら押し進んできたのだ。


「――全軍突撃! 俺たちの大将を助けるぞ!!」


 それを逃さず、おそらく考える最高の頃合でロベルトは采配を振るった。この戦を勝利に導くため、敵を打ち破るため、そして、戦友を救うために黒雷の右腕は突撃を命じた。

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