《4日目》もしもの話
「さて、ここならゆっくりと話せるかな」
先生と僕は職員室から生徒指導室に移動した。僕が悩みを話しやすくするためのはからいだ。
「そっちのイスに座って」
「はい」
先生に言われて僕はイスに座った。対面に先生も座る。周りを見てみると生徒から没収した物なんかが無造作に保管されていた。カードゲームなんかもあった気がする。
「さて、どうしたんだ?あんまり緊張しないでリラックスして先生に言ってみ」
「そうですね……なんて説明したらいいのか」
本当の事を言っても正直信じてもらえないだろう。そう思っていた僕はキッチリとした状況説明はしないことにした。
「もしも、の話ですよ」
「うん」
「もしも二つの内どちらか一つを選ばなくてはならない、どちらかを切り捨てなければならないとしてどちらを選ぶか……って話なんですけど」
「……うん」
この時、本当の状況を説明してもおそらく先生なら信じてもらえるだろう。しかし僕がするべきなのは皆に《ifルート》の事を理解してもらうことではなく、二つの《世界》のどちらかを《選択》することだ。
それに《ifルート》を選んだ時にいろんな人が僕の状況を知っていたら後あとめんどくさそうだったので極力話さないようにした。
「……もしもの話ですよ。そのうち1人の友人がいない世界、その友人がいないから皆が辛い思いをした世界と友人がいて皆が幸せな世界」
先生は少し不思議そうな顔をして言った。
「そんなの幸せな世界を選ぶに決まってるわ」
ここまでなら僕ももちろん幸せな世界を迷わずに選んでいた。だけどそれだけじゃない。
「続きがあるんです。仮に幸せな世界を選ぶと辛い世界では友人と幸せな世界を選んだ本人がいなくなってしまいます。残された一人は……」
そう、僕が仮に《ifルート》を選ぶと《元の世界》の恵美は一人になってしまう。もちろんまだ《元の世界》の恵美は鈴奈とも知り合っていない。
「なるほど、選ばなかった方の事も考えるとそうなるわけか」
「……先生ならどうしますか?どちらを選びますか?」
先生はしばらくの間うーん、と唸りながら考えていた。
それから浅いため息をついてから言った。
「残念だけど私の答えを教えることはできないかな」
「えっ?」
「私が意見するのは正直筋違いだと思って。取り残される人でもなければいなくなる人でもないし。もちろん、もしも私がって話なのはわかるけど無関係な私の価値観を君に伝えるのはあまりに無責任な事だと思う」
だから、と少し雰囲気を改めて先生は言った。
「私に言えることは二つ。もっと色々な可能性を考えてみて。見逃してること、勘違いしていること、あるかもよ?」
それと、と言ってから微笑みながら先生は言った。
「その友人たちに訊いてみたらどう? 絶対私より価値のある答えが返ってくるわ」
「……だけど」
その先を言おうとした僕の口を先生は手で制してから言った。
「怖いのはわかる。でもね、それを乗り越えていくのが人間なのよ。たしかに傷つくかもしれない。嫌な思いをするかもしれない。だけど、あなたと友達との絆はきっとそれすらも越えていける」
自信満々に断言する先生に迷いは無いように見えた。
だけど本当は違うんだろう。迷ったり悩んだり、誰だってあるだろう。しかし、だからこそ自信を持って行動出来るのだろう。
そんな先生の行動と言葉に勇気をもらった僕は決心した。
三人に相談してみよう、と。
「……そうですね。ありがとうございました」
「いやいや、また悩んだら遠慮無くきなさい」
「はい。あと一応もしもの話って事だったんですけど……」
自分の事じゃないかも、的なことを表面上だけでも取り繕っておきたかったがいつの間にか完全に僕の話と言うことになっていた。まぁ僕の話なんだけど。先生は苦い顔をして気まずそうに僕に謝った。
「ゴメン……つい」
どうやら『もしも』という前提を忘れていたらしい。先生は生徒のことになると辺りが見えなくなってしまうが、裏を返せばそれだけ真剣になってくれているのだろう。
「そんな先生だからみんなしたってるんですかね……」
「ん? 何か言った?」
小さく言った僕の言葉は聞こえてなかったようだった。僕も恥ずかしいし正直聞かれなくてよかった。
「なんでもないですよ。今日はありがとうございました。それでは、失礼します。」
「おう!」
生徒指導室を出てから僕はこれからの事を考えた。
『誰から相談しようか? ……とりあえず最初はルーシーや《ifルート》と僕の事情を知らない鈴奈に説明をかねて相談してみよるか』
帰り道、窓から見る夕焼けは金色に燃えていた。




