第34話 ホブゴブリン
茜の放った火球が、ホブゴブリンの胸へ直撃した。
爆発とともに大きな身体が後ろへ揺れる。
だが、倒れない。
「来ます!」
茜の声に、桃が前へ出た。
「私が止める!」
ホブゴブリンが棍棒を振り上げる。
桃は盾を構え、その一撃を正面から受け止めた。
鈍い音が洞窟に響く。
「重っ……!」
桃の足が後ろへ滑る。
それでも盾は壊れず、攻撃を受け切っていた。
「葵ちゃん!」
「任せて」
葵が地面を蹴る。
速度強化された身体が一気に距離を詰め、ホブゴブリンの横を駆け抜けた。
片手剣が脇腹を切り裂く。
ホブゴブリンが葵へ向き直ろうとした瞬間、茜がもう一度火球を放った。
「こっちです!」
火球が顔の横で弾け、動きが止まる。
その隙に桃が盾を押し込み、体勢を崩した。
「今です!」
「切り刻む」
葵が踏み込み、片手剣を振り抜く。
ホブゴブリンの身体が大きく揺れ、そのまま地面へ倒れた。
洞窟に静けさが戻る。
『倒した!』
『三人だけで勝った!』
『盾が普通に耐えてる』
『連携できてるじゃん』
『葵ちゃん最後まで物騒w』
三人は倒れたホブゴブリンを見ながら、しばらく動かなかった。
「……勝ちました?」
桃が恐る恐る口を開く。
「勝ったね」
茜が息を整えながら笑う。
葵は片手剣を見つめ、満足そうにうなずいた。
「切り刻んだ」
桃は大きく息を吐いたあと、こちらを振り返った。
「一条さん!」
「なんだ?」
「少しは手伝ってくださいよ!」
「来ることは教えただろ?」
「そういう問題じゃありません!」
「問題なく倒せたろ」
「そうですけど……」
桃は少し口を尖らせる。
「それに」
俺は桃の持つ盾へ視線を向けた。
「自分で作った盾を信じられただろ?」
「……はい」
自信が持てたならそれでいい。
茜が安堵したように息を吐く。
「三人だけで倒せましたね」
「ああ。いい連携だった」
「褒められた」
『桃ちゃん不満w』
『いちじょーは見守るタイプ』
『来ることは教えたで草』
『でも勝てたからヨシ!』
やはり三人だけでも、この程度なら問題なさそうだ。
「じゃあ帰るか」
俺がそう言うと、桃がその場に座り込んだ。
「もう少し休憩させてください~。疲れすぎて荷物も持てません……」
「桃ちゃん、今から荷物持ちだもんね」
「茜さんも手伝ってくださいよ」
「私、身体強化苦手だからなー」
「ふぅ。仕方ないな」
バッグから古びた布袋を取り出し、桃へ放り投げる。
「これを使え」
桃は慌てて受け取ると、袋を裏返しながら首を傾げた。
「なんです? これ」
「収納袋だ。この量なら全部入る」
桃の動きが止まった。
「えーっ!? 収納袋!?」
袋と俺の顔を何度も見比べる。
「そんな高級なもの持ってるんですか!?」
茜も驚いたように目を見開く。
「私も初めて見ました」
「私もほしい」
葵は袋を覗き込んでいる。
「いつもは一人で素材を採りに来ているからな。ないと不便だろ」
「便利だからって気軽に買えるものじゃないですよ!」
『収納袋!?』
『初めて見た』
『それ高いやつだろ』
『一条、何でも持ってるな』
『最初から出してやれよw』
桃は恐る恐る収納袋を開き、魔装金属を入れていく。
大量にあった魔装金属が次々と袋の中へ消えていった。
「軽っ!」
袋を持ち上げた桃が目を丸くする。
「あるなら最初から出してください!」
「聞かれなかったからな」
「普通は持ってるとは思いません!」
桃はそこで言葉を止め、俺の荷物へ視線を向けた。
「あー……荷物を持ってない時点で聞けばよかった……」
「今さらだな」
「それはそうですけど!」
『桃ちゃん気づくの遅いw』
『荷物持ち終了』
『聞かれなかったから言わない監督』
『最初から収納袋使ってるのずるい』
桃は収納袋を抱えたまま、大きくため息をついた。
「次からは一条さんが何も持ってなかったら、最初に確認します」
「そうしてくれ」
「一条さんが先に説明してくれてもいいんですよ!?」
それは聞かれた時でいいだろう。
「とにかく、これで荷物は問題ないな。帰るぞ」
俺は来た道とは反対へ歩き出した。
「いちじょー、道間違えてる」
葵が首を傾げる。
「一条さん、来た道はこっちですよ」
茜も後ろを指差した。
「問題ない。ここは9階層に近い場所だからな。10階層のポータルで帰った方が早い」
桃の顔が引きつる。
「えぇ!? 私たちでは10階層のボスまでは無理ですよ!」
力だけなら問題ないと思うが。
「分かった。ここからは俺が対応しよう。早く帰りたいしな」
『急に護衛モード』
『一条出動』
『本気きた?』
『見学タイムかな』
通路を進む。
姿を現したゴブリンへ、火球を一つ。
爆発とともに吹き飛ぶ。
別の通路から現れたスライムは氷槍が貫き、そのまま砕け散った。
さらに現れたホブゴブリンも、雷が一閃しただけで倒れる。
3人は武器を構えたまま立ち尽くしていた。
「なにをしている。行くぞ」
「あっ……はい」
桃が慌てて武器を下ろす。
『強っ』
『全部一撃』
『さっきまでの戦い何だったんだ』
『もう終わった』
『モンスターが可哀想』
その後も立ち止まることなく進み続ける。
ここのモンスターなら一撃で十分だ。
気づけば、10階層のボス部屋前へ到着していた。
「早すぎます……」
桃が呆然とつぶやく。
「あっという間」
葵もうなずいた。
茜は感心したように俺を見る。
「さすが一条さんですね。でも、疲れてませんか?」
「問題ない」
『魔力切れとかないの?』
『底なし?』
『本当に同じ探索者?』
「さっさと行くぞ」
扉を押し開ける。
部屋の奥でオークがゆっくり立ち上がった。
咆哮を上げる。
その瞬間。
俺は火球を一つ放った。
轟音とともに爆発が起きる。
土煙が晴れた時には、オークは跡形もなく消えていた。
「「「…………」」」
三人はその場から動かなかった。
『え?』
『終わった』
『ボス一撃!?』
『今の何!?』
『理解が追いつかない』
「終わりだ。配信もここまででいいだろ」
俺はボス部屋の奥にあるポータルへ向かって歩き出す。
「……桃ちゃん」
茜が小さく肩を叩く。
「配信」
「えっ? あっ!」
桃は慌てて浮遊カメラへ向き直った。
「え、えーっと……今日はここまでです! 皆さん、ご視聴ありがとうございました!」
『締め雑w』
『脳が追いついてないw』
『桃ちゃんフリーズしてた』
『お疲れー』
配信を終了すると、桃は大きく息を吐いた。
「最後まで振り回されました……」
俺はポータルを起動する。
「帰るぞ」
俺はポータルへ足を踏み入れる。
3人も慌てて後を追ってきた。




