第12話 一年分売れました!
配信翌日。
出社してデスク部屋に入ると、桃が自分の席で端末を見つめていた。
「一条さん!」
「朝から元気だな。どうした?」
「大変なことになってます!」
桃の声が少し震えている。
「少し落ち着け。昨日の配信で何か問題があったのか?」
ホブゴブリンの討伐に問題はない。
短剣にも異常はなかった。
桃が最初に間違えた事は、今さら問題にするほどのことではないだろう。
「問題じゃないです。こっちです」
桃が端末をこちらへ向ける。
桜坂魔装製作所の公式チャンネルが表示されていた。
登録者数は一万人を超えている。
「一万人になりました!」
「そうか」
「反応薄くないですか!?」
「登録者が増えると短剣が売れるのか?」
「少なくとも、知ってくれている人は増えましたよ」
それはそうだ。
以前は、性能を知ってもらう以前に、桜坂の短剣が存在することすら知られていなかった。
一万人が見てくれるなら、宣伝としては成功なのだろう。
「いちじょー、人気者」
隣の席から葵が顔を出した。
「公式チャンネルの登録者だ。俺の登録者じゃない」
「コメント、いちじょーばっかり」
「短剣についてのコメントもあるだろ」
「でも、いちじょーの方が多い」
何のために短剣を持ってダンジョンへ行ったと思っているんだ。
「会社にも問い合わせが来てるそうですよ」
茜がデスク部屋に入ってきた。
手には何枚かの紙を持っている。
「営業部からです。昨日の配信が終わってから、購入先や取扱店舗について何件か問い合わせがあったそうです」
「販売店は配信の最後に説明しただろ」
「近くの店舗に置いているか知りたいみたいです」
「公式のページに取扱店を載せた方がよさそうですね」
桃がすぐに端末を操作する。
「営業部に確認して、一覧を作ってもらいます」
「そもそもないのか?売る気ないだろ」
「問い合わせ自体、今までなかったので」
「とりあえず、あとは営業部に任せるか」
「主任は本当に担当外の仕事を避けますね」
「自分の仕事をしているだけだ」
俺たちは鍛冶師だ。
問い合わせへの対応は営業部に任せればいい。
それより確認することがある。
「短剣は売れたのか?」
登録者が一万人になっても、短剣が一本も売れていなければ意味がない。
「まだ確認してませんでした」
桃が通販の管理画面を開く。
少しして、動きが止まった。
「どうした?」
「売れてます」
「何本だ?」
「五本です!」
桃が立ち上がった。
「昨日だけで五本売れてます!」
「前の配信と同じだな」
「同じって……これで合計十本ですよ!」
桃は両手で十を作った。
見れば分かる。
「そうだな」
「前年の年間販売数に並びました!」
そう言われると、少し印象が変わる。
配信を二回しただけで、一年分の短剣が売れたことになる。
「一年分が数日で売れたと考えれば、悪くないな」
「悪くないどころじゃないですよ!」
「一年で十本しか売れていなかった方が問題だろ」
「今は喜ぶところです!」
喜んでいる間にも仕事はある。
十本売れたところで、赤字が解消されたわけじゃない。
「在庫はまだ十分ある。製造を増やす必要はないな」
「主任、もうちょっと余韻を楽しみません?」
「余韻で在庫は減らない」
「いちじょー、冷たい」
「事実だろ」
葵は机に突っ伏した。
桃も不満そうだが、茜だけは苦笑している。
その時、デスク部屋の電話が鳴った。
茜が受話器を取る。
「はい、第一製作課です」
相手の話を聞きながら、茜の表情が変わった。
「はい。分かりました。主任にも伝えます」
受話器を置く。
「営業部からでした」
「何かあったのか?」
「卸先の販売店から、昨日から短剣が売れ始めていると連絡があったそうです」
通販とは別か。
「何本売れた?」
「店舗ごとの数は、まだ集計中みたいです。ただ、追加で仕入れたいという連絡も来ているそうです」
桃が再び立ち上がった。
「追加注文ですか!?」
「うん。最初は少量みたいだけど、複数の店舗から相談が来てるって」
「やりました!」
桃が葵の肩を揺らす。
「葵ちゃん、追加注文だよ!」
「揺らさないで。酔う」
「もっと喜んで!」
「うれしい。でも酔う」
葵の頭が前後に揺れている。
止めてやれ。
「茜、追加注文を見越して、在庫数を確認してくれ。追加注文の規模によっては製造予定を組む」
「はい。倉庫に積んであるので少し時間がかかると思います」
大量に作りすぎたか。
「桃、葵。遊んでないで茜を手伝ってやれ」
「遊んでません。喜びを共有してたんです」
「葵は迷惑そうだぞ」
「ちょっと迷惑」
「葵ちゃん!?」
桃が離れると、葵は机に伏せたまま片手を上げた。
無事らしい。
「それと、昨日募集した新商品についても、コメントをまとめました」
桃が自分の席に戻る。
配信では、次に作ってほしい武器を視聴者に聞いていた。
短剣以外の商品を作ることは決まっている。
何を作るかは、反応を見て決める予定だった。
「どれが多い?」
「片手剣ですね」
桃が集計画面を見せる。
片手剣、槍、斧、盾。
ほかにも色々と書かれているが、片手剣が大きく抜けていた。
「やっぱり剣は人気ですね」
茜も画面をのぞき込む。
「普通」
葵が顔だけを上げた。
一般的な武器だからこそ、使う人間も多い。
商品にするなら悪くない。
「次は片手剣だな」
「決定ですか?」
「ああ。これだけ差があるなら十分だろ」
「分かりました!」
桃が元気よく返事をする。
短剣は売れ始めた。
次の商品も決まった。
まずは設計からだな。




