第1話 後藤と魔女
三度目。仏の顔も三度までとは言うが、コインランドリーは三回まで、とは聞いたことがないし、二度あることは三度あるって方に則って、誰かしら訪れるんじゃないかと、一人でうんうんうなずいた。
今日も雨。コインランドリー。洗濯機からの音を素通りさせてドアの方に意識を張っている。いつ出てきてもおかしくない、いや入ってきてもおかしくない。だが視線は向けない。もし現れた誰か、或いは何かと目が合ってしまうのはとても困る。
そうして洗濯機に頭をたれて、待ち人らしい姿をして、時折扉の方を見たりして。だんだんと今日は来ないかもしれない、と思考が傾き、洗濯機に注目を浴びせることになるかと思い始めたところ。
不意に視線をあげて扉を見た。扉の開く音がした。
「……ここ、どこ?」
開いた扉と人の姿。三角帽にローブ姿。第一回、第二回になぞらえれば、そこにいたのはやはり、『魔女』であった。
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魔女は周囲を見渡して、難しそうな顔をして伏し目がちになった。
不意に顔をあげて、「ん」と私を見た。「来るんだなあ……」なんて呆けた顔をさらした恥ずかしさは放り捨てた。
「あなたが、私を?」
「いいえ?」
異常の原因なんて全く知らない。不思議そうに首をかしげる魔女。「ふーん」と返事とも取れない音を出して、店内を歩き始めた。
洗濯機をじっとみたり、乾燥機をのぞき込んだり、止まっている扇風機に触って、コツコツとブーツを鳴らして床材を検分して……ひと通り満足したのか、彼女は私のすぐ隣に腰を下ろした。
近い。あまりに近い。パーソナルスペースが壊れている。魔女とか異世界人というのはそういうものなのか。警戒よりも好奇心が勝ったのか。
「……でもあなたしかいないし……こんな場所、私知らないよ。どれも見たことない」
何を言ったわけでもないのに、魔女は弁明し、足跡をたどって指差し指差し「あれも、あとあれも知らない」
「ここはコインランドリーって名前の場所で……洗濯をしてくれる場所です。服が回っているでしょう?」
指を差したら稼働中の洗濯機に魔女の視線がすわれる。
「……なんでそんなところに私はいるのかな……あなたの名前は?」
「私は後藤といいます。あなたも、伺っても?」
「ジルフィア。よろしく」
「あ、よろしくです……もっと警戒とかしないんですか?」
「敵意とか感じないし……ここあったかくて。うち冷えるから……」
魔女は伸びをして、息を吐くようにそう答えた。
「へえ」
「あ、洗濯できるんでしょ? このローブもできる?」
「素材が……なんですかね」
「バジリスク」
「……強そうだし大丈夫でしょう」
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「後藤さんは歩くの好き?」
ジルフィアさんが不意に言って、膝をゆるく伸ばした。
好きも嫌いもあるのだろうか。通勤以外の意味を持ったことがない。
「好きではないかもしれません」
「それで……後藤さん。歩くのって疲れるよね」
「……そうですね」
「みんな裸足になればいいと思うんだ」
「え……靴を履いているから疲れる……って言いたいんですか?」
「そう。古い人間は裸足だよ、裸足で、裸だった」
「今は文明があるので……」
「だから最近は、教会に行く時だけ裸足なんだ」
「なぜ教会だけ?」
「神様の石像って裸足だからね。私も本当は裸足がいいんですっていう表明」
「表明……」
確かに神が履物をしてるイメージはないかもしれない。
「それに、びっくりしちゃうでしょ?」
「……神父さんとかですか?」
「違うよ、お隣さんとかがさ、私が裸足で外を歩いていたらびっくりする」
森の中にでも住んでいるのだと勝手に思っていた。
「だから、教会以外ではみんなが裸足になじめるように、片足だけ脱いでる」
「……ええ?」
「改革はね、一歩からだよ」
「そうですね……」
「さすがに私は、急に裸足になれなんて言えないからね。みんなが片足に慣れたら、私は両足とも脱ぐ。いずれ、お隣さんも脱ぐ」
「そうかな……そうかも」
ガタガタと古びた洗濯機が音を鳴らした。ジルフィアさんは、口を結んでお腹を抑えた。
「ねえ、何か食べモノある? リラックスしたらおなかすいてきた……」
魔女が来るのが不意なら、お腹を満たしているとは限らないようである。
ポケットに手を入れても飴玉一つない。視線を巡らせ打開を願うと、自販機が目に入った。
飲料の自販機に並んで置かれているのは、ハンバーガーの自販機だ。レトロチックな雰囲気は実にこの店と合っている。
「じゃああの……」
自販機と言いかけて飲み込んだ。
「あの箱でご飯をもらいましょうか」
「あの中に入ってるの?」
「はい」
「人が?」
「いいえ」
二人で自販機を見に近づいた。
「お肉は大丈夫ですか?」
「いける」とジルフィアさんはうなずいた。
それから、ジルフィアさんは、自販機にもハンバーガーにも「おお」と淡白に驚いていた。
自販機から出てきたハンバーガーは、あったかとか、ほかほかとか書いている割には熱すぎて「あっつ!」と叫んでしまった。
その様を見たうえで躊躇なく触れて「……あっ!」とジルフィアさんはうめいた。
「なぜ……」
「気になって……」
二人して熱い熱いと言いながらハンバーガーを食べた。ジルフィアさんは口に詰め込んで食べるタイプのようだ。
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腹を膨れさせてからしばし一息。言葉を交わしていれば、乾燥機のライトが明滅した。
「あ、乾燥終わりましたね」
「わー」
ジルフィアさんは手をぱちぱちとたたいて洗濯乾燥機両者を称賛してから、手のひらを差し出した。
「……はいどうぞ」
ローブを広げて袖に顔まで突っ込んでローブを観察している。表裏逆にして着ることで知れることがあるのだろうか。
嗅いだり引っ張ったりした末、ローブをきちんと着こなして、満足げに頬を緩めた。
「いいね、これは良いものだよ」
「それならよかった」
「じゃあ、私は帰ろうかな。ありがとう後藤さん。居心地よくて良しだよここ」
「それもよかったです」
私の店ではないけれど。
「また来れるかな」
「私には何とも……なぜあなたが来たのかもわからないですし」
「そっか……次来るときは、両足脱いでくるね」
「いいと思います」
「後藤さんも、片足脱いどいてね」
「……機会があれば」
ジルフィアさんは扉の前で、振り返った。
「またね」
「ええ、また」
ジルフィアさんがコインランドリーの扉を開く。
一瞬扉の先が見えたような気がしたが、それがなにかわかる前におぼろげに扉が歪み、ジルフィアさんの姿がいつの間にか消えていた。扉を試しに開けてみても、電柱とコンクリートが見えるだけだ。
湿ったコンクリート。雨はもう弱くなって、打ち付ける音が優しげだった。空が少しだけ明るかった。
裸足……考えてみると、外で裸足になったのは小学生の頃が最後だ。
確か、畑だったか、ふかふかしていて、少し湿ったような冷たさがあった。土の上で足の指をぎゅっと握ると、土が指の間に入ってくる。それが心地よかったような、そんな曖昧な思い出。
コンクリートならどんな感じなのかな、とか。ちょっとだけやってみたいかもしれない。いや、痛いだけかな。




