異世界転生!?あれ?視界がおかしいぞ?
「先輩、先上がりますね〜」
後輩が軽い調子で声をかけて帰っていく。
「おう、おつかれ……」
俺の名前は音無詠太。30歳の独身社畜だ。
はあ……。あいつらは本当に要領がいいな。それに比べて俺は……今日も終電ギリギリか。
カチ……カチ……。
時計の針が23時を指そうとしていた。
バタン!
勢いよくノートパソコンを閉じる。
「ふぃ〜! やっと終わったぁ!」
座ったまま大きく伸びをして、ふと時計を確認する。
「やべ! 急がねえと終電間に合わねえ!」
慌て荷物をまとめ、職場を飛び出した。
明日は久しぶりの休みで、ゆっくりラノベの新刊を読もうと思ってたのに……!
「急げ急げ俺……! このままじゃネカフェで漫画コースになるぞ!」
走りながらそう呟き、はっ、はっ、と息を切らして青信号の交差点に差し掛かった、その時だった。
――ビーーーーーーッ!!!
大きな警告音と共に、キキィ! と耳をつんざくようなタイヤの擦れる音が響く。
「は……?」
横断歩道の真ん中で、眩しく光る方を見て立ち止まる。
「あ……」
そう声を漏らした瞬間、グシャッ! と鈍い音が響き渡った。
「……はっ! あれ? 俺って……」
視界は真っ暗だが、意識はハッキリしていた。
な、なんだここ。というかこの視界……。俺って確か、急いで駅に向かってて、横断歩道で……あ。轢かれたのか……?
でも、痛みもない。意識もある。
「誰かー! 誰かー!」
大声を出してみるが、誰からも返答がない。
……なんだ、植物人間ってやつになっちまったとか……? わからない。意識はあっても体が動かない。あれ? ていうか、体を動かすってどうやってたっけ? なんだろう、動かすとかそういう思考そのものを忘れちゃってるみたいだ。
その時だった。
「……ステータスオープン!」
明るい女の子の声が頭に響いた。それと同時に、視界が急に明るくなる。
「……え? なんだこれ」
視界には、森林をバックに黒髪の若い女の子がこちらを向いて立っていた。
その女の子は急に「ふふふ……」と嬉しそうに口角を上げる。
「よっしゃぁぁぁぁ! 異世界転生だぁぁぁぁ! キタァァ!」
いきなりバンザイしながら叫び出す女の子。
(っ!? なんだこの子!? 声……デッカ!)
「あ、あの……看護師さんですか?」
「……え?」
女の子は目を丸くして反応する。
「……いや、気のせいかな」
「あ、ちょ! 無視しないでくださいよ!」
「……ん? んんー?」
女の子はこちらの視界に、かなり顔を近づけて覗き込んできた。
ち、ちかい……。何だこの子……。
「あのー、ここって病院か何かですか?」
「うえっ!?」
女の子はその声に反応すると、驚いたように後ろへ飛び退いた。
「え? ど、どうしました?」
「ス、ステータス画面が……喋った……? いや、これって……神の……いや、システムの声ってやつ……?」
言いながら、彼女はまた近づいてくる。
「は? 何を言って……。ん? まてよ。さっき異世界転生とか言ってませんでした? それにステータスオープンとか?」
「うわっ! やっぱ喋ってる! これって『獲得しました』とか言うやつ! ……あれ? でもなんか機械っぽくないなあ」
な、何なんだこの子。会話が成り立たないな。
うーん、でもこれまでの情報をまとめると、『異世界転生』『ステータスオープン』『神の声』『システム』……。これって……。
「異世界転生!?」
「うわっ! いきなりびっくりした。なんでシステムの声も異世界転生とか言ってんの? え? なにこれ?」
「いや、あの、俺のこと見えてます?」
「うわっ。やっぱり普通に喋ってるな……。あの〜、あなたって神ですか?」
「え? いや、俺はただの人間ですけど……」
「……は? またまた〜、あれか! 最近読んだラノベではシステムの声もちょっとふざけたりしてたし、そういうやつか!?」
「何を言ってるんですか。どうみても人間でしょ!?」
「え? いや、どう見ても私のステータス画面なんですけど……」
「……は? ……え?」
「いやだから、ステータス画面からあなたの声が聞こえるんですよ。だからシステムの声的なやつですよね?」
「いや、え……? ちょっと待ってください。ここってまずどこですか?」
「え? あなたがわからなかったら私もわかるわけないじゃないですか。私はおそらく死んで異世界転生してきたんです! だからここのことなんてわかりません!」
「ええ!? あれ……。てことはやっぱり俺も……。異世界転……」
「いや、どうみてもステータス画面なんですけど?」
「え? えええええええ!」
その後、俺たちは一回落ち着いて話し合った。
俺の視界に映っている彼女――見沢鈴音は日本人の17歳で、借金で頭のおかしくなった両親に刺されて殺されたらしい。
目が覚めるとここにいて、森で1人、「ステータスオープン」と言うと開くステータス画面。そこで自分は異世界転生したと確信したらしい。
そして、彼女の見ている俺はその「ステータス画面」そのもの。そこから俺の声が聞こえてくる、ということだった。
「……まさか、憧れていた異世界転生が……。俺の転生先がまさかのシステムの声……って……」
涙声で絶望する俺に、鈴音が申し訳なさそうに言う。
「なんか、すいません。私ばっかりいい思いしたみたいで」
「いや、見沢さんは悪くないんだけど、これからどうしようか……」
「鈴音で良いですよ。ここはお約束通りの展開だと、近くに村か、ゴブリンの巣があるはずです」
「じゃあ俺も詠太でいいよ。そうだね、異世界転生もののお約束展開。……ん? あとはチート能力的なのもあったりするのかな?」
ワクワクしながら問いかけると、鈴音は少し顔を曇らせた。
「いや〜。それが、ここに来てから思いつく魔法の名前を一通り言ってみたんですけど、何もなくて……。あっ! 詠太さん。なんか私にスキルとかないんですか!?」
「え? あ、そうか。俺ステータス画面だもんな。……うーん。……ふんっ!」
気合を入れてみる。
「……」
「なんか起きた?」
「……いや、何も。ログには私の名前しか表示されてないですね」
「えええ。『魔法』とか出てないか〜」
「……ん?」
何かに気づいたように、鈴音の顔つきが変わった。
「え? どうした?」
鈴音はそれには何も返さずに目を輝かせ、俺の視界に向かって指を伸ばしてきた。
「え? え? ちょ、鈴音さーん? もしもーし!」
ぐいっと、鈴音の指が俺の視界に触れる。
「うわっ!」
思わず声を上げた瞬間、パッと手を離し、少し離れたところへ歩いていく鈴音。
俺の視界は、自動的に鈴音についていくようになっていた。さすがステータス画面だ。
鈴音はすっと指を天に掲げた。
「……サンダーストーム!」
いきなり叫んだ次の瞬間――。
パァン!!!
ものすごい破裂音と共に、視界を覆い尽くすほどの閃光が走った。
「う、うわぁぁぁぁぁ!」
周囲は一瞬にして火の海になり、黒煙が激しく舞い上がる。
「……ふっ。……ふふふふ。……ふふふふふふふふ……!」
肩を震わせながら笑い出す鈴音。
「え? ちょ、鈴音? 大丈夫?」
パッと顔を上げた鈴音は、満面の笑みを浮かべて大声で叫んだ。
「チートきたぁぁぁぁぁぁ!」




