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ふたたび。どうきゅうせい。


「ね~、頼むよ飯田ぁ。一緒に合コン行こうよ~」

 

 目の前で手を合わせているのは中学からの腐れ縁、嵯峨だ。高校に入ってから嵯峨はちょっと明るい茶色に髪を染めた。元々ふわふわした髪質だったそれは不自然にならない程度にセットされていて、垂れ目とうまく噛み合っている。――――そう、俺がサッカーで汗を流している間に、嵯峨は甘え上手な雰囲気イケメンへと進化していたのだ。

補足事項として、こいつには少し前まで彼女がいた。ソッコーで別れたらしいから悔しくなんかない。


「……なんなの、人を待ち伏せしてまで……。あのね、テスト勉強するために部活休みなの。そこんとこわかってる? 合コン行くためじゃねぇーんだよ」

「そんなのわかっているって! だけどさぁ、サッカー部の飯田様が参加するのとしないのじゃ女の子の喰いつきが違うから!」

「んなわけねぇだろ」


 俺は身の程をよくわきまえている男なのだ。

 自販機で買ったばかりの缶ジュースに口をつける。嵯峨が必要にしているのは、うちの高校のサッカー部の部員という肩書だけである。うちのサッカー部、この辺じゃ結構強いから有名なんだ。練習きっついし、皆うまいし、赤点なんてとって追試なんて受けようモンなら、あっという間に遅れちまう。

 さっさとジュース飲んでこの馬鹿を振り切って勉強しよう。


「なんだよ、可愛い彼女が欲しくないのか!?」

「欲しいに決まってんだろうが!!」


 馬鹿が馬鹿なことを聞いてくるから、思わず叫んじまったじゃないか!


 俺だって可愛い彼女が欲しい。だけどそれは、見た目も可愛いけれど性格も可愛くて、俺が部活に専念していても機嫌悪くせず、かといってむやみやたらとグラウンドに来て黄色い声援を送ってきたりもせず、部員の世話を引き受けてくれているマネージャーを睨みつけない、例え季節ごとのイベントが練習でつぶれ、寂しい思いをしたとしてもそれを押し隠し、「……サッカーしてる飯田クン好きだから、許してあげる……」と、頬を染めてはにかんでいってくれるような存在なのだ!



「えっと……なんかゴメン」

「……いや、良いんだ。俺だってわかっている……、俺の理想がほぼ妄想に近い代物だってことは自分が一番わかっているんだ……! ……先輩方もことごとく失敗してるって知っている……! だけど理想を持つことくらいは許されるはずだ……!」


 気が付くと手の中の缶がちょっと凹んでた。魂の叫びだったから仕方ない。

 しばらく黙ってベンチに並んでジュースを飲んでいたら、嵯峨がぽつぽつ話してくれた。せっかくできた彼女に「つまんない」と別れを切り出されただけでもショックだったのに、相手はすぐに恋人ができて更に落ち込んだ。


「……こっちも彼女つくれば、この落ち込みから解放されるかなって思ってさ……」


 ちょっと気の毒になってきた……。雰囲気イケメンになってもフラれるのか……。世の無常に心を痛めながら缶に口をつけたとき、公園の前の道を歩くカップルが視界に入った。


「ぶっ!!」

「うわ!? きったねぇな!」

「っ、バカ静かにしろって!!」


 動きの悪い嵯峨を引っ張りベンチの後ろに回る。反応が鈍すぎる……! これだから帰宅部は!!


「……どうしたんだよ……」


 呆れながらも声を抑えたことは評価してやらなくもない。しかしまだ現状把握ができていないのは致命的だ!


「あれを見ろ……」

「うん? あぁ……、上谷じゃん。じゃ、あれが噂の彼氏? うっわ、本当にすげぇイケメン。格好良い……」


 公園の脇を通ったカップルは上谷優良とその彼氏だった。

 嵯峨が首を傾げる。


「なんで隠れるんだよ」

「……たぶんあの彼氏は元ヤン様だ……。前にすんげぇ目で睨まれたから間違いない」

「飯田の思い込みじゃね? 優しそうな人じゃん」


 嵯峨の言うように、ここから見る彼氏様は蕩けるような表情で、すごく優しそうに見える。

 

「俺の目に狂いはない……、君子危うきに近寄らずだ」

「なんだよそれ……なんか目をつけられるようなことしたの?」

「してねぇよ!」

「だったら隠れなくてもいいじゃん」

 

 嵯峨は放っておいて上谷と彼氏を目で追う。二人は和やかに会話しながら歩いていた。


「テスト前だというのにデート……? それで良いのか上谷……!」

「あれ、もしかして飯田って上谷狙いだった?」

「断じて違う!」

「でもさっき言っていた飯田の理想に割と合ってるんじゃね? ほら、上谷って大人しい感じだろ?」


 嵯峨がそんなことを言ったので、ちょっと想像してしまった。

 部活に専念する俺。俺を気にしない上谷。大会に出る俺。一応、激励だけ告げて帰る上谷。

 どう考えてみても、上谷の態度がクラスメイト以上のものに変化しないのは、俺の中で上谷とどうこうしたいという気持ちが微塵もないからに違いない。それは即ち、上谷は全然俺のタイプではないと脳が判断しているに違いない。


「全然俺の理想じゃない。……それに上谷はお前が想っているほど大人しくないぞ」


 上谷は普段目立たないが、必要なときはちゃんと自己主張する。派手女子に面倒な委員推し付けられそうになったときとか、自分の嫌なことにはちゃんと立ち向かうし、前にホストに貢いでいるって噂が出たときもすげぇ冷静に対処していた。


「ふーん、てっきり飯田も先輩と同じかと思ってさぁ」


 部活に入っていない嵯峨野の言う『先輩』は、一緒に合コンとか行く遊び仲間のことだ。突然出て来た『先輩』に、俺は首を傾げた。


「先輩、カッコイイ彼氏がいる女の子に興味持つ人なんだよねー」

「なにそれ、寝取り願望ってヤツ?」


 ちょっと理解できない。俺にNTR系願望は無い。


「うーん、なんていうかな……。イケてる男が好きになった女子なら、すごく良い子なんだろうな、とか思うと気になってつき合いたくなるんだって」

「彼氏が格好いいから気になるって……どんな心理状態だったらそうなるんだよ……。意味わかんねぇ」

「うーん、たぶん、相手の男よりも自分の方が上だって思いたいんじゃない?」

 

 なにそれ、マウンティングってやつ?




「――――――――――へーえ?」



 降ってわいた第三者の声に、俺と嵯峨はガチッと固まった


「『先輩』って、どこのだぁれ? もっと詳しく聞きたいなぁ。とっても気になっちゃって、今日の夜眠れなくなっちゃいそう」


 ギギギ、と目玉だけ上へ動かすと、鮮やかな空を背景にしたイケメンが笑っていた――――


 いつの間に傍に来ていたんだ……。嵯峨とひそひそやっていて気づかなかった。焦りながらもササッと目を左右に動かす。……上谷の姿が無い。

 上谷が傍にいるなら例え見つかっても危険は少ないだろうと頭のどこかで油断していた――――

 

「テスト勉強の邪魔になるからね、今日はちょっと彼女の顔を見に来ただけなんだ。だからちょっと先で別れたの」


 エスパーかよっ!? 

 戦慄する俺を一瞥し、イケメンの目が嵯峨に向けられる。ロックオンされた嵯峨の身体がびくりと震えた。







 ビビる嵯峨から『先輩』の情報を引き出すだけ引き出していく彼氏様。なんか怖かったので、ジリジリ距離をとってその会話をなるべく聞こえないようにした。


 ああ……。寄り道なんかしちゃダメなんだ。おっかない狼に見つかったらぺろりと食べられてしまう……。


 ちょっと現実逃避している間にようやく話は終わったようだ。彼氏様は満足げに微笑んだ。


「なかなか良い情報だったよ」

「光栄ですっ!」


 直立不動で体育会系なノリで返事をする嵯峨にちょっと引く。え、この短期間でこいつの中で何があった。気持ちはわからなくもないけど……黒い笑顔でプレッシャーかけてくるんだもんなぁ……。高校生相手にちょっとこのひと大人げないんじゃ……。


「あ、それから飯田クン」

「へあっ!?」

 

 突然名前を呼ばれておかしな声が出た。

 なに……!? 俺の名前なんて憶えなくって結構ですよ!? っていうか、嵯峨、何で俺の名前を言っちゃったの……!!


「優良と同じクラスらしいね」

「はぁ……、まぁ……」

「それに、とってもクラスメイト想いだとか……。いいね。うん。いいよ、きみ」


 目の前のイケメンが、爽やかに笑って俺の肩に手を置いた。


「優良の学校生活までは把握できなくって困っていたんだよね――――――連絡先交換しよう?」



 嵯峨――――――――――っ!!!











 俺と嵯峨は、上谷優良の学生生活の情報を上谷の彼氏にリークするよう依頼された。


 断ろうとしたが、どれだけ上谷のことが好きで大切で可愛くて心配で……という話を延々と訴えてくるのに根負けしてしまった……。

 話してみれば、上谷の彼氏――――城崎さんは普通に良い人だった。なんていうのかな、上辺だけ取り繕っているとかじゃなくて、身体の奥深いところまでしっかり中身が詰まっている感じ。うまく言えないけど、こんな男になれたら良いなって思いたくなる。そういう人ってたぶん貴重なんじゃないかな。


 ちなみに、報酬は美味い食事(メシ)だ。いつも腹が減っている身としてはありがたい。

 普通に学校通って、ちょっと変わったことがあったら連絡するだけの簡単なお仕事であり、完全に合法の範囲だと信じている。


 城崎さんへの元ヤン疑惑は消えた。まぁ、たまに(上谷に関してのみ)別の種類のヤバさを感じることは横に置いておこう。……例の『先輩』がめっきり大人しくなったと嵯峨が言っていたけれど、無関係だと信じたい。


 城崎さんの上谷への好意を見ていて、恋人ってものに対する考え方が変わったらしい嵯峨は、合コン合コン言わなくなった。ガツガツした感じがなくなったせいか、最近同じクラスの女子と和やかに話しているのを見かける。うん。いいことだ。

 クラスメイトの情報を流して報酬(タダメシ)を得ることに、ちょっとだけ罪悪感もあったりするが、これも上谷とクラスが同じ間だけのこと。


 だから、許せよ、上谷!





 ――――――その後、高校三年間、上谷と同じクラスになり、更に大学まで同じになるという現実が待ち構えていることを、この時の俺は知る由もない。

 


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