能力
津村の持つ紐は真っ直ぐに声の方向。
つまり、津村の背後に立っている、長く黒い髪の少女へ伸びていきます。
その紐の先端が少女の身体を捕らえようとした時、突然目の前に。
流と津村の立つ丁度真ん中に黒髪の少女が、一瞬にして現れたのです。
「つまらん真似しよって!!『紳士的な狩猟』」
津村は大きく腕を振り、左右から少女を捕らえようとします。
紐は、まるで意志があるかのように少女の身体に巻き付き絡めとります。
「ま、ええわ。いい加減トークも飽きてきたところやし。あんたが何者か知らんが、そろそろバトルシーンと行こか」
かなりの強さで絞められているかに見える少女ですが、それでも彼女は表情ひとつ変えず。それどころか、うっすらと微笑んでさえいます。
「申し訳ないけれど、もう少しお話しを続けさせていただくわ」
その声も、恐らくは普段の通り。
そして、信じられない事に、先ほどと同じく津村の背後から聞こえたのです。
「もういいわよ。『もうひとりのわたし』」
その一言で、紐に捕らえられた少女の姿がぐにゃりと歪み、ふっと消えてしまいました。
「なんや、そういう事かいな」
獲物が消え、地に落ちた紐を見て、津村は諦めたように両手を降ろします。
「降参や、降参。トークでもなんでもしてやるわ」
「理解が早くて助かります。ついでに、敵意が無いことも分かっていただけますよね?」
「わかっとる。本体の方を囮にするとか、とんでもない女やわ」
このあたりでやっと、流の頭が追いついたようです。
「つまりあれですか?最初に声をかけたのが本体で、攻撃される寸前にもう一人を出したって事ですか?」
「いや、今更そんな事言われてももう遅いわ」
「相変わらずのんびりしてるのね、流くんは」
「え?なんで俺の名前を? ……って、あなたはクラス委員の天ノ河 織姫さんじゃないですか!!」
「『もうひとりのわたし』」
叫んだ途端、流の後ろに現れたもう一人の天ノ河 織姫さんによって、後頭部が凄い音を立てて殴られました。
叩くとかいうレベルではありません。
文字通り、力いっぱい殴られました。
「何度も言いますが、流くん。私の事は委員長と呼ぶようにと何度も言っているはずです。あと、そこの貴方、気の毒そうな目で見たいでいただけます?別に私はこの名前が嫌いな訳では全然ないんですのよ」
「いや、なんて言うか」
そこまで言いかけて、賢明にも津村は何も言わない事にしたようです。