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第二十一話 逆転の目

 執事はおそらくAクラス程度だったが、展開は一方的になった。

 金髪の女に付与されたスキルは、俺の体に不自然な力を加えている。

 全力を出せば辛うじて抵抗できるが、全力ゆえに、突然力を逆方向へ向けられると成す術がない。


「くっそ……」


 両足で踏ん張り、数倍重くなった体を持ち上げようとする。

 すると突然体が軽くなり、膝が伸びきってバランスを崩す。


「無様ですね」


 小柄な執事が呟き、俺のみぞおちを的確に抉った。


 二発、四発、六発……


 機械的に左右セットで繰り出される攻撃に対し、俺は防御姿勢を取ることすら出来ない。

 かろうじて自分の太ももに触れることはできたが、防御は貫通している。


「あら、いい眺めね。人のメイ奴なんかを庇って私に逆らうからそういう目に遭うのよ。それにあなたのメイ奴の防御スキル、まったく役に立ってないわね。三分間は耐えられると思ったけど、もっと早く終わるかしら」


 女は巻き髪を指先でいじりながら、鼻につく声で語る。


「ねえ、このスキルいいでしょう? オマケでついてきたメイ奴はグズで馬鹿で役立たずだけど、スキルは使い方次第でSクラス執事並になるの。ゴミの山から利用できるゴミを探すのは大変だったわぁ。グズメイ奴に三万ティクレなんて高すぎるって誰も買わなかったけど、私は情報を掻き集めて、使えるスキルを見つけたのよ」


 自分のメイドさんを蔑ろに扱う女に言い返したいが、執事の足が俺の腹を抉り、肺の中の空気をもっていかれている。


 荒い呼吸を整えようとしていると、執事は攻撃の手を緩めた。


「そうよレオル、私に逆らったこと、たっぷり時間をかけて後悔させてあげないとね」


 どいつもこいつも、この世界でメイドさんに対する扱いが酷い奴は、嫌な野郎ばっかりだ。

 女を睨みつけると、再び執事の拳が俺の腹を抉った。背後からトマトの叫び声が聞こえる。


「やめてくださいっ! 私達はもう引き下がります! 私がいくらでも謝ります! 許してくださいっ!」

「トマト……」


 その言葉を撤回させようとするが、俺が声を発する前に女が憮然とした顔で答えた。


「そこの使えないゴミ。お前ごときの謝罪なんて何の価値もないのよ。身の程をわきまえなさい。お前の防御スキルはこの程度。『物理軽減』なんて大嘘。どうせ執事相手には試さなかったんでしょう。弱すぎて話にならないのよ」

「…………っ」


 トマトは俯き、下唇を噛んだ。

 その小さな姿にかけたい言葉はあるが、声を発することができない。


「ちなみに、私の使えるゴミは“ココナ”って言うんだけど、忠誠心だけは強いのよ? あなたと違って、どんな風に扱っても従うようにできてるの。だからスキルも強力なのよ。まあ、油断したバカ相手じゃなければ発動できないのが難点だけど」


 トマトの忠誠心は、もっと強い。

 実際彼女は、自分を低く扱われた言葉より、俺を馬鹿にした言葉で悔しそうに拳を握りしめている。


 それでも、自分のすべきことを知っている。

 ここで戦闘に巻き込まれたら、俺がどれだけ悲しむかわかっている。

 忠誠を誓った相手がいたぶられて、どれだけ悔しくても、俺が戦う意思を見せ続ける限り、俺を信じて耐えてくれるだろう。


 だから俺はトマトを選んだ。


「おい女主人、一つ言っておく。俺はこの執事をぶっ飛ばして、お前のメイド、ココナをルッフィランテで引き取る」


「……ルッフィランテ? ああ、あのメイ奴喫茶の使いっ走りだったの? 敏腕のフィルシーが雇った割には大したことないわね。メイ奴を助けるなんて最低な仕事、誰もやりたがらないわよね。別にあなたが勝ったら、ココナを手放すのは構わないわよ。ただし、ココナが私を裏切ることができたらだけど?」

「何を……」


 意味がわからずココナへ視線を移す。彼女は小さく怯えていた。

 その表情にはまだ、女主人に対する忠誠が残っているように見える。


「わかったかしら。主人を裏切るなんてメイ奴として最低の行為、この臆病者なゴミにはできないの。そもそもあなたみたいな弱い主人に付きたくもないでしょう。こうみえても私の職業は『男爵』、主人より一つ上のクラスなのよ」


 男爵という職業は女性でもなれるらしい。が、問題なのは、この女がスキルを二つ使用可能ということだ。

 最悪のバッドステータスを受けた状態で、執事まで強化されたら勝ち目はない。


「ココナ、私とあのボロボロの貧乏人、どちらを選ぶ? あの弱い男に忠誠を誓って、メイド喫茶に行きたいなら構わないわよ」


 口元に余裕を浮かべた女男爵はココナを責めたてる。ここで否定させることで、改めて自分に従う気持ちを植え付けさせるつもりだ。

 今までの相手とは違う、計算づくの女。


「ココナ、そんな奴のことを聞く必要はない……。俺は絶対にこいつには負けない。必ず君を守る。だから、ルッフィランテに来い」


 ココナは確かに助けを求めているはずだ。


「何言ってるのよ貧乏人、馬鹿なのかしら? 自分の状況を冷静に見てごらんなさい。立っているだけで精一杯。メイ奴の防御スキルも執事の攻撃力には通用しない。この状況でどうやって勝つというのかしら。ねえココナ、あなたもそう思うわよね」


 ココナの表情は頷くかどうかという逡巡が見て取れる。ということは、やはり恐怖心が本心に勝っているんだろう。


「ココナさん、鳥太様は勝ちます! 鳥太様は今まで嘘をついたことがありません。いつも私達の為に戦ってくれているのです! 絶対に、あなたの主人には負けません!」


 上目づかいで睨むトマトに対し、女はうざったいものでも見るような視線を送った。


「黙りなさい、誰に口を利いてると思ってるの? 利用できないゴミの分際で。お前のせいでお前の主人は負けるのよ。自分の無力さを味わいながら、せいぜいそこで大人しく見ていなさい」

「鳥太様は負けませんっ!」


 格上の相手に一歩も引かないトマト。

 彼女の目線は白髪のメイドさんに移った。


「ココナさん、あなたはどうしたいのですか。あなたが本当にこの人に忠誠を誓っているのなら、私は何も言いません。ですが、もしも助けて欲しいのなら、自分の口で言ってください。鳥太様は必ず守ってくれます。ルッフィランテのみんなもフィルシーさんも、歓迎してくれます。あなたはどうしたいのですか?」


 トマトの俺に対する信頼は、確かな熱を持ってココナに届いたように見えた。

 フィルシーさんへの信頼も感じる。

 トマトがこう言ってるのなら、ココナをルッフィランテで引き取るのは難しくないだろう。問題はココナ本人……


「おしゃべりはもういいかしら雑魚メイド? ココナはどうせお前のところには行かないわ。無駄話は終わりにして、そろそろお前の主人が這いつくばるところを見せてあげる。主人が終わったら次はお前よ。せっかくだからココナにお前のお仕置きをさせるっていうのはどうかしら?」


 女の挑発にココナは動揺を見せたが、トマトの瞳にはわずかの揺らぎも見せなかった。

 俺が勝つと宣言してから、急に強気になったな。

 なら、応えるしかない。


「ココナ」


 彼女に向けて手を伸ばした。


「忠誠を誓う相手は、選んでいいんだ。間違ったら選び直していい。嫌な思いをしてるなら、我慢する必要はない。だから、俺達のところに来いよ」


 ボロボロの俺は立っているのがやっとだ。

 ここからスキルを残したAクラス執事を倒すのはしんどい。が、ココナのバッドステータススキルさえ時間切れになれば、突破口は開ける。

 俺はどんな状況になっても、メイドさんを守るためにここにいる。


「わたしは……」


 小さな声がココナの口から零れ落ちた。

 拳を握りしめ、顔を上げ、震える唇でその言葉を叫んだ。


「わたし、ココナ・ミルツは、あなたに忠誠を誓いますっ! 助けてくださいっ」


 俺は少し戸惑った。忠誠を誓う相手をちゃんと選ぶというトマトとの約束がある。

 ココナを助ける為に、便宜上で忠誠を得ることはトマトの気分を害すかもしれない。

 しかしそんな不安は、トマトと視線を合わせた瞬間に吹き飛んだ。


 真っすぐな瞳。全てわかった上で肯定してくれている。

 お互いの意思を確かめ合うように小さく頷き、俺は白髪のメイドさんに視線を移した。


「ココナ、俺は君を守るよ」


 体内に新たな熱を感じた。発した言葉が糸で結ばれたかのようだった。

 ココナのスキルが俺にも与えられる。そして、その正体を認識する。

 これはバッドステータススキルではない。むしろ、この状況を打破するスキルだ……。

 穏やかな心地で目を伏せると、俺の表情を諦めと取ったのか、女が嬉しそうに笑った。


「ふふふ、残念だったわね。そのスキルを手にしたところで、相手に触れなければ意味がないわ。強いスキルと言っても所詮はメイドのスキル。使い手が悪ければただのゴミなの。まともに身動きもできないあなたが、私の執事に触れることができるのかしら?」

「ああ、できないだろうな」


 スキルをセットできる時間はわずか一分、執事が逃げに徹すれば触れるのは不可能だろう。


「けど、俺の勝ちだ」


 視線で合図を送った。

 赤茶色の髪をした彼女は意図をくみ取り、側に寄ってくる。


「俺は君を誰よりも信頼してる。トマト。君が弱くないってことを、俺が証明する」


 熱を帯びた手は執事に向かわず、最も信頼する相手の頭へ降りる。

 赤茶色の髪へ熱が伝道していき、彼女は確かな意思を持って口を開いた。



「鳥太様、信じています。勝ちましょう」



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