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第二十話 買い物と女主人

「……様…………鳥太様……」


 体を揺すられる感覚と聞き慣れた可愛らしい声を、徐々に脳が認識していく。

 薄っすら瞼を開くと自然光の明るさが目に染みる。昼寝をした妙な解放感。


「トマト……おはよう」

「おはようございます、鳥太様!」


 お世話役のトマトに起こしてくれと頼み、ベッドに潜ったのがたぶん三時間前。

 眠気を促進するルミールという飲み物の効果と、睡眠を促進するマッサージのおかげで体は軽い。


「鳥太様、どうでしょう。スキルは回復しましたか?」

「ん……大丈夫そうだ、いつでも使える」


 体内の熱を意識の片隅で確かめる。睡眠でリセットされるというのは本当らしい。

 つまり一日一回以上あの無敵状態になれるということだ。ゲームならチートだな……。


「トマト、クシィはどこにいる? 防御壁をもう一度試したいんだけど」


 あくび混じりで訊ねると、トマトは苦笑した。


「クシィはいつも通り門のところにいますよ。ですが、鳥太様、本日の戦闘訓練は終わりですと、フィルシーさんからお達しがありました」

「え、なんでダメなんだ?」


「緊急の依頼が飛び込んでくる可能性があるので、スキルはできるだけ使えるようにしておいてくださいとのことです。それと、本日は鳥太様に、お買い物の護衛をしていただきたいのです」

「買い物に護衛が必要なのか……? どんな物騒な物調達するんだ……」


 トマトは今度こそクスッと笑った。


「普通のお買い物ですよ。基本的にはメイドだけでも問題ないのですが、ときどきご主人様のいないメイドにちょっかいを出してくる人がいるのです。メイドだけだと物を売ってくれないときもあります。お手間を取らせてしまって申し訳ないのですが、一緒に来ていただけませんか?」

「そういうことならもちろん行くよ」

「ありがとうございますっ! あ、それと……」


 脇の机にあった銀の皿を手に取り、俺へ差し出す。


「鳥太様がお休みの間に、カードを更新しておきました。スキル名は防御壁エグラ、持続時間は三分間、効果は物理軽減となっています」


 真っ白だったスキル欄に赤文字で『防御壁エグラ』と書かれている。さらに、これまで『紳士』と記述されていた実質無職が、『主人』へとランクアップしていた。いよいよ戦闘員らしくなってきたな。


「鳥太様は一つ目のスキルを得ることができたので、職業は主人以上ですね。今後他にもスキルを得ることができれば、男爵、子爵、伯爵、と徐々に上がっていきますよ」

「ってことは、これから他のメイドにも忠誠を誓ってもらうのか……? トマトは、それでいいのか……?」


 他の子からも忠誠を誓われるというのは浮気っぽい気がするが……。


「私を気遣ってくださるのですね。私は鳥太様に忠誠を誓いましたが、鳥太様を独り占めしようとは思いません。メイドを守ってくださる鳥太様が強くなるのを邪魔するわけにはいきません。ただ一つ我儘を言わせていただくなら、私を選んでくださったときのように、他の子も信頼できる子を選んでいただけると嬉しいです」


「トマト、他の子もちゃんと選ぶから安心していいよ。約束する」

「はい、そうおっしゃってくれると思いました。ふふ」


 この純心な瞳の期待に応えよう。


「それじゃ、買い物行こう!」

「はいっ!」


 街のはずれまで足を伸ばし、目当ての店に着いた。

 フィルシーさんから預かったお金を持っているのはトマトだけど、注文するのは俺の役目だ。そうしないと売ってくれない可能性がある。

 暗記した果実や食材の名前を辛うじて伝え切ると、恰幅のいい店主は案外あっさりと品物を袋詰めしてくれた。


「荷物は俺が持つよ」


 帰り道、何気なくトマトの方へ手を伸ばした。


「鳥太様……相変わらず驚きのお言葉をくださいますね。周りからは私は鳥太様の専属メイドに見えていますから、ご主人様にお荷物を持たせてしまうなんてできませんよ」

「でも重いだろ?」


「いいえ、大丈夫です。お気持ちは嬉しいですが、これは私の仕事ですから、お気になさらないでください」

「そっか……」


 小柄な女の子に買い物袋を持たせるのは非常に申し訳ないけど、引き下がるしかない。代わりに歩くペースを落とし、ときどき後ろを振り返ると、トマトは目が合う度に俯いて頬を赤らめた。

 重いなら無理しなくていいのに……。


「トマト、少し休んでいくか? 飲み物くらいなら奢るぞ」


 何気なく提案すると、トマトは立ち止まり、昼ドラのように買い物袋を落とした。なんでだよ……。


「と、鳥太様……私に飲み物を買ってくださるとおっしゃったのですか……?」

「そうだけど」


 あ、仕事中だからってことか。


「悪い、いまの無しで……」

「鳥太様、当然です。せっかく稼いだお金を私に使ってくださるなんて、恐れ多くて私が死んでしまいますよ」

「え、そっち……? 飲み物くらい大した金額じゃないし、トマトが迷惑じゃなければいつでも奢るけど」

「――!?」


 体中に針金でも入ったかのようにピンと伸び、目をまん丸にする。

 リアクションが大げさすぎて何を考えてるのかよくわからない。


「まあ、また今度にするか」


 話を切り上げると、ようやくトマトは落とした買い物袋を拾い、コクッと小さく頷いた。

 しかし次の瞬間、顔を上げたトマトの目が、恐怖の色に染まった。

 視線は俺の遥か遠くへ向けられている。


「どうしたトマト、何かあったか……?」

「鳥太様……」


 発せられた声は、先ほどまでとあまりにもかけ離れていた。

 小さな手がゆっくりと道の先をさす。

 その方向を辿い、道向かいの路地に目を向ける。


「……………………」


 その光景は信じがたく、一瞬、意識が剥離するような感覚を覚えた。


 人通りの多い道で見た光景。

 それは一人のメイドさんが主人にお仕置きされている姿だった。


「何度言ったらわかるのかしら? ココナ、あんたは本当に覚えの悪いメイ奴ね」


 公衆の面前で声をあげているのは、髪を派手に巻いた金髪の女だ。

 女の前に立っているメイドさんは、路地の壁に手を着き、お尻を突き出すような体勢を取らされている。


「ご主人様、申し訳ありません……」


 ココナと呼ばれた小さなメイドさんは恥辱を堪えるような声で謝罪の言葉を口にし、女主人は冷たい声を漏らす。


「謝罪は聞き飽きたわ。私の気分を感じ取って動きなさいと言っているでしょう。罰として……こうよっ!」


 バチンッッッ!


 周囲に人がいる中で、金髪の女は容赦なくメイドさんのお尻を叩いた。

 メイドさんは声を殺し、その制裁を耐える。


 バチンッッ!

 バチンッッッ!

 バチンッ!


 女の主人は手を緩めず、それが正しいことかのように、堂々と叩き続ける。

 周囲の人々は群がるような真似はしないが、その様子を横目で見て、嘲笑ったり、見て見ぬふりをしたりしながら通り過ぎていく。


 メイドさんが何をしたのかはわからないが、どう考えても行き過ぎた罰だ。

 頭に滾る血の熱さを感じながら地面を踏みしめ、近づいていく。


 握った拳を叩きつけたい衝動を抑え、辛うじて声を発する。


「おい、そこまですることないだろ。街中で何してるんだよ……」


 女は振りかぶった手を一時停止させた。

 怪訝そうな顔でこちらを振り返る。

 厭らしく引き結んだ唇が開く。


「何、私は自分のメイ奴を躾けているだけよ。他人のメイ奴を気にかけるなんて、一体何の真似よ?」


 自分のメイドさんに対する敬意も、感謝も、微塵も感じられない。メイドさんをただの手伝い役として扱っている。


「理由なんて必要ないだろ。見てられなかった。それだけだ」

「だったら見なければいいでしょ。失せなさい」

「断る。俺はたとえ他人だろうと、メイドを守る男だ」


 ポケットからスキルの紙を取り出した。身体能力、スキル、職業など、俺の力を示すことで、無駄な戦闘を避けることができる。と聞いていた。

 吊り上がった目が一瞬見開かれた。


「へぇ……そういうことね」


 反発でも嫌悪でもなく、ただ相槌でも打つかのように、平坦な声で呟く。


「ごめんなさい、もう少しよく見せてくださるかしら?」

「ああ、構わない。ほら」


 特に疑うこともなく紙を女に差し出した。

 その瞬間……



「――鳥太様っ! ダメですっ!」



 背後でトマトが叫んだ。


 なぜだ? 不意を突かれたとしても、身体能力Sの俺がこんな女にやられることはない。


 いや………………。


 メイドを所持しているということは、この女はスキル所持者だ。

 そして、スキルは対象に触れただけで付与することができる。


 スキルは強化だけだと思い込んでいたが、もしも、バッドステータス系のスキルが存在したら…………?


 思い至ったときにはすでに遅かった。

 金髪の女は、俺の手を握りしめ、口元に不気味な笑みを携えた。

 さらに周囲の店で買い物をしていた執事が一人、こちらに近づいてくる。


「お前…………何をした…………」


 呟いた疑問に対する答えは、体に異変として現れた。


 動きたい方向へ動けず、強引に力を入れると極端に力が入りすぎる。

 まともに動くことができなくなっていた。


 体の自由を奪う、最悪のバッドステータススキル。


 足を踏み出そうとした瞬間、地面に倒れ、近づいてくる執事の足音を聞いた。


「ご主人様、ご命令を」

「片づけてちょうだい」




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