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第十九話 防御壁(エグラ)の性能

 トマトから忠誠を誓われた後、体内に感じる熱が防御スキルであることは自然とわかった。


 過去現在のデータからトマトが調べてくれた結果、スキル名は『防御壁エグラ

見えない防御壁の形は、平面や球、円柱など様々で、その効果や持続時間もメイドさんによって異なる。


 説明を聞いた俺は真っ先にルッフィランテの門へ向かった。門番のクシィなら、ルッフィランテで最大ダメージを出せる。

 口元がにやけているのは、メイドさんに殴られたいわけではなく、スキルという未知の能力にワクワクしてるからだ。


「というわけで、検証に協力してほしいんだけど、どうかな?」

「もちろん、喜んでお受けしますよ」


 他の子に仕事を託し、メイド服の白いエプロンを外す。動作がいちいちカッコいい。


「いつもの戦闘場で行いましょう。持続時間は水時計を使って測ります。いま持ってきますので、少々お待ちください」

「わかった、よろしく!」


 水時計というのは砂時計みたいなものかな……という予想通り、クシィは漏斗が二つついた形状の物を持ってきた。

 この世界には”現在の時刻”を知らせる時計はないけど、経過時間を測る時計はあるようだ。


 庭を突っ切って戦闘場に到着。

 クシィは時計を構えた。

 スキルの発動の仕方はなんとなくわかる。

 体内の熱を右手に移すようなイメージだ。


「鳥太様、スキルを発動するのは初めてだとお聞きしましたので、先に注意点をお伝えしておきます」


 俺の手に視線を落としながら、真剣な声音で言う。


「スキルを手のひらに発動した状態を『セット』と言います。『セット』しておける時間はスキルの種類に関わらず一分程度ですので、実践で一度セットしたら付与するしかありません。タイミングが重要です。セットした手のひらを動物に触れると、その動物は一定回数あるいは一定時間、スキルによる特殊効果を得ますので、鳥太様はどこでもいいのでご自身の体に触れてください」


「スキル発動中敵に触れた場合は、スキルの強化を奪われるのか?」

「ええ。タイミングが完璧に合えばそのようなことも可能です。私は何度か敵のスキルを奪い戦ったことがあります」

「さすがだな……」

「いえいえ、相手はまったく戦闘訓練を受けていない貴族でしたから。たまたまです」


 と言ってるけど、相手の呼吸を読めるクシィならではの技術だろう。力技しか持たない俺にはたぶん無理だ。


「では、そろそろ始めましょうか。最初は軽い攻撃から徐々に重い攻撃へ変えていきますが、危険を感じからすぐに教えてください。防御スキルと言ってもメイドのスキルですので過信しませんように」

「わかった、その代わり俺がストップをかけるまで遠慮はいらないよ」


 こげ茶色の髪が縦に振れたのを確認し、俺は手のひらで自分の太ももを軽く叩き、スキルを付与した。


 体が不思議な熱に包まれていく。

 クシィは素早く反応し、何度も練習したのかと思えるほどスムーズな動きで、時計をひっくり返し、攻撃に転じた。


 拳が一直線に飛んでくる。


「――――――はっ」


 短い気合の声。拳が胸に当たると、すかさず指先が弧を描く。


 次は斬りつけるような攻撃だ。しかしまだ加減しているのか、胸の皮膚に指先で撫でられた程度の感触だけが残った。

 いまのところノーダメージ。


 目を合わせたクシィは、コンマ数秒溜め、拳を撃ち出した。

 さっきよりも高威力の攻撃なのか? ダメージがないからよくわからない。

 続けざまに、みぞおちが叩かれ、スナップの効いた拳が顎を弾く。

 滑るような重心移動で懐に飛び込んでくると、ゼロ距離から勢いのある拳。


 背筋に微弱な振動が伝わった。

 相当な威力だということはわかるが、腹部には彼女の拳の形がわかる程度の圧迫感しかない。……おかしい。手加減されてる様子はないけど……。


 クシィは微かに眉を持ち上げた。

『まだまだ余裕』と表情で答えると、さらにクシィのギアが上がる。

 中威力の足技。腕を蹴りつけられ、直後、足がクルンと動き、首筋に跳ね上がる。

 すかさず軸足を交代したクシィから、反対側の脇腹を蹴り上げられる。ここまでノーダメージ。


 ついに、クシィの本気スイッチが入った。

 絶妙なねじりを加えた足が肩口に落とされる。全体重が乗っている。けど……


 そろそろお互い違和感を抱き始めてるのか……。

 メイドのスキルは執事に比べて微弱だったはずだ。Dクラス執事に匹敵するクシィの蹴りを防御なしで受け切るのは、どう考えても微弱じゃない。


 数歩距離を取ったクシィが、長く息を吐いた。


「鳥太様、本当に無理はされていないのですね」

「ああ、今のところまったくダメージはない」


 やせ我慢では絶対に出せない余裕を声に乗せると、クシィは頷いた。どうやらまだ本気じゃなかったようだ。


「いきます。危険と判断したら避けてください」

「あ、ああ……」


 ――――。


 一歩、二歩、三歩。


 バレリーナのステップのように運んだ足が、少しずつその歩幅を広げ、加速度的に鋭さを増していく。

 そして四歩……五歩目。


 踏み切った足が芝を抉り、ナイフのように飛び出した足が斜めの回転と共に、脳天へ振りおろされた。

 恐怖をかみ殺し、その攻撃を受け止める。


「――――クッ」


 と声が漏れた。が、

 恐るべきことに、クシィの全エネルギーを乗せた攻撃は、頭皮を撫でられたような感触と単純な重みだけを残した。この防御性能は異常だ。


 クシィと俺に四クラスほどの差があるとはいえ、本来なら俺は今の攻撃で死んでる。トマトから得たこのスキルはまさか……。

 仮に、あらゆる物理攻撃を通さないスキルだとしたら、一昨日俺が戦った『透明化』より強い……。


「信じられません……。鳥太様、本当にトマトから得たスキルなのですよね? メイドのスキルがこんなに強いなんてことはありえないのですが……」

「俺の方が驚いてるよ、どうなってんだコレ……」


 メイドの忠誠心によって効果は変化すると聞いていたけど、話に聞いていた上限を超えてるだろう……。


「鳥太様、忠誠を誓うとき何か特別なことをされたのでしょうか……? トマトの忠誠心を数倍に高めたと言われれば、この性能も納得できますが……」

「ええ……と、俺は普通にしたつもりだけど」


 脳裏に昨晩のあれこれが思い出される。


 トマトに風呂で背中を流してもらったアレか……? いや、忠誠心とは全く関係ないよな。

 けどひょっとしたら、あの緊張感で、トマトに何か異変があったのか……?


「鳥太様、いまの反応で大体わかりました。私の口からは何も申しませんが……。スキルの威力が上がったのはよかったと思います」

「え、わかったのか」

「ええ、大体は」


 どこか剣のあるクシィ。

 なぜだろう。と、ちょうどこのタイミングで、体に纏っていた熱が霧散した。

 スキルの持続時間が切れたようだ。

 視界の隅にあった水時計の底に、最後の一滴が落ちる。


「てことは、持続時間は三分か」

「ええ、執事のスキルに比べると短いですが、その分効果が強力です。フィルシーさんに報告して、トマトにカードを更新してもらいましょう。このスキルを項目に追加すれば、お仕事は格段にやりやすくなると思います」


 カードというのは俺のステータスを書いた紙のことか。

 ディルタアに見せたら鼻で笑われて破かれたアレだ。このスキルを載せれば効果が出るのか……?


「鳥太様、念のためにもう一度試しましょうか?」

「そうしてもらえると助かるよ。たしか使用制限は一日でリセットされるんだっけ?」

「いえ、正確には深い睡眠を三時間以上とることでリセットされます。いまからお休みになっていただければ、午後にもう一度試すことができますよ」


 働きもせず昼間から二度寝するのは……と思ったけど、スキルの性能を早く試したい気持ちが勝った。


「それじゃ午後も頼むよ。眼球にも防御が付与されているか確かめたい。それと、熱のダメージに対して有効かどうか。蓄積ダメージに限度があるかどうかも確かめたいな……」


 って、ゲーム脳なオタクか俺は……。


 クシィは驚いた目で俺を見つめた。


「鳥太様、たったいま発動したスキルについてそこまで深くお考えなのですね! 驚きました、私にはない発想力です!」

「え、ま、まあね!?」


 元の世界ではバリアという概念があって……と言えるはずもなく素直に頷いておく。


 そういえば防御「壁」と聞いたが、バリアのような壁ではなく、全身をぴったり覆う形だ。

 ひょっとしたら強度が高い理由はそこにあるのかもしれない。


「ではそろそろ行きましょうか」

「ああ、そうだクシィ」


 実は、言おうと思っていたことがあった。


「クシィに頼んでよかった。おかげでたった三分間だけど、いろいろわかったよ」


 正直最初は、無抵抗で攻撃を受けるだけならクシィ以外の戦闘メイド、クシィの代わりに門番をしているメイドさんでもいいと思っていた。

 けどクシィに頼んで、その認識は間違っていたと気付かされた。


 俺の安全を目視で確認しながら、段階的に技の威力を上げ、皮膚の固いところや体の急所を斑なく攻撃し、打撃や刺突、斬撃など、多彩な攻撃を試してくれた。他のメイドさんにこんな真似はできない。


「本当に、ありがとな」


 改めて礼を言うと、茶色の髪が揺れ、美顔がスッとそっぽを向いた。


「いえ……私はそんな……。鳥太様は本当にずるいですね……」

「…………?」


 意味がよくわからなかったが、クシィは庭を後にして歩き出した。

 どこか機嫌の良さそうな表情を浮かべながら。




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