第47話 猫型ロボットと静かな録音準備
猫型ロボットたちが加わり、LUMISORA☽の音は少しずつ形になり始めます。
けれど、可愛いだけではステージには立てません。
ルミエールは、ノアールの声を真ん中に置くために、音の配置を整えていきます。
翌日の放課後。
地下スタジオには、昨日より少しだけ早く明かりが灯っていた。
ルミエールは一人で端末を開き、三体の猫型ロボットの設定を確認していた。
黒猫型ロボットはドラム。
白猫型ロボットはDJ。
ピンクのリボンをつけた猫型ロボットはベース。
見た目は可愛い。
動きも愛らしい。
けれど、そのまま使うにはまだ強すぎる。
昨日の黒猫ドラムは、少し前へ出すぎていた。
白猫DJは、音を飾りすぎる。
ピンクのベースは、楽しそうに弾くわりに癖が強い。
それぞれは悪くない。
むしろ、個性はある。
ただ、今のLUMISORA☽に必要なのは、ロボットが目立つステージではなかった。
ノアールの声を、真ん中に置くこと。
そのために、ロボットたちは後ろから支える。
ルミエールは画面に表示された音量バランスを調整した。
ドラムは少し控えめに。
DJの電子音は、サビ前だけきらめかせる。
ベースは低く、安定して支える。
「……これで、少しは落ち着くわね」
独り言のように呟いた時、地下スタジオの扉が開いた。
「おまたせー!」
ソレイユがギターケースを抱えて入ってくる。
その後ろから、ノアールも少し緊張した顔で入ってきた。
「早いね、ルミエール」
「調整していたの。昨日のままだと、猫たちが主張しすぎるから」
ソレイユは黒猫ロボットの前にしゃがんだ。
「私はあれも好きだったけどなあ。すごく元気で」
「ライブならいいけれど、録音では少し抑えた方がいいわ」
「録音?」
ノアールが聞き返す。
ルミエールは頷いた。
「今日は、ちゃんと録る前の準備をしましょう。いきなり本番ではなく、音の位置を決めるの」
「音の位置……?」
「誰の音を前に出すか。どの音を後ろに置くか。聞いた時に、一番届いてほしいものを決めるのよ」
ノアールは少し考えるようにマイクを見た。
ルミエールは、その視線を追った。
「今回、一番前に置くのはノアールの声」
ノアールの肩が少しだけ強張る。
「私の声……」
「ええ。ソレイユのギターも、私のキーボードも、猫たちの音も、全部あなたの歌を支えるために入れる」
ソレイユが明るく頷く。
「うん。私、今日は暴れすぎないようにする!」
「ソレイユは勢いがあるから、そこは残していいわ。ただ、歌を追い越さないようにね」
「了解!」
ソレイユは元気よく返事をして、ギターを構えた。
ノアールはマイクの前に立つ。
昨日より自然だった。
けれど、まだ手元の歌詞カードを少し強く握っている。
ルミエールは、それに気づいたが、何も言わなかった。
緊張してもいい。
怖くてもいい。
立てているなら、それで十分だった。
「まずは、ライン録りの練習をするわ」
ルミエールはミキサーの前に座った。
「スピーカーから音は出さない。みんなのヘッドホンの中だけで音を鳴らすの。外は静かなままだけど、耳の中では演奏が全部聞こえる」
ソレイユが少し楽しそうに笑う。
「なんか秘密基地みたい」
「実際、秘密基地に近いわね」
ルミエールが言うと、ノアールも少しだけ笑った。
その表情を見て、ルミエールは少し安心する。
笑える余裕がある。
それなら、今日は進められる。
三人がヘッドホンをつける。
黒猫ロボットがスティックを構えた。
白猫ロボットの耳が小さく光る。
ピンクリボンの猫型ロボットがベースを抱え直す。
ルミエールは端末でテンポを指定した。
昨日より少し遅め。
ノアールが歌詞を追いやすい速さ。
「いくわよ。まずは一番だけ」
カウントが流れる。
スタジオの中は静かなまま。
けれど、ヘッドホンの中に音が広がった。
黒猫のドラムが、落ち着いたリズムを刻む。
白猫のDJが、星の粒のような音を少しだけ散らす。
ピンクのベースが、低く足元を支える。
そこに、ソレイユのギターが明るく重なる。
ルミエールはキーボードを入れた。
主張しすぎない。
でも、歌が迷わないように道を作る。
ノアールが息を吸った。
最初の一音は、少し小さかった。
けれど、音程は外れていない。
二行目に入るころ、声が少し前へ出た。
昨日より、歌詞を置きにいっていない。
自分の声で歌おうとしている。
ルミエールはミキサーを見ながら、ノアールの声を少しだけ上げた。
ロボットの音を下げる。
ギターを少し左に振る。
キーボードは後ろへ。
音の中に、ノアールが立つ場所を作る。
一番を歌い終えたところで、ルミエールは再生を止めた。
「ここまで」
ノアールはヘッドホンを外す。
「……どうだった?」
ソレイユがすぐに言う。
「よかった! 昨日より歌いやすそうだった!」
ルミエールも頷く。
「声が前に出てきたわ。特に二行目から良かった」
「二行目?」
「ええ。最初は探っていたけれど、途中から自分で音に乗れていた」
ノアールは少し照れたように歌詞カードを見た。
「自分では、よく分からない」
「今はそれでいいわ。録った音を聞けば、少しずつ分かるようになる」
ルミエールは録音した短いデータを再生した。
ヘッドホンではなく、今度は小さな音量でスピーカーから流す。
ノアールの声が、地下スタジオに響いた。
まだ完成ではない。
けれど、昨日より輪郭があった。
ソレイユは嬉しそうに両手を握る。
「ノアール、ちゃんと主役の声してる!」
「主役……」
ノアールが小さく繰り返す。
ルミエールは、その言葉に少しだけ注意を向けた。
褒めすぎると、ノアールは逃げる。
けれど、事実は伝えた方がいい。
「主役というより、この曲の中心ね」
「中心……」
「ええ。無理に強く歌わなくていい。あなたの声がある場所に、他の音を合わせていくから」
ノアールはしばらく黙ったあと、小さく頷いた。
「……それなら、少し分かる気がする」
その返事で十分だった。
ルミエールは次の設定へ移る。
「今度はサビ前まで行きましょう。白猫、電子音を少しだけ増やして」
白猫ロボットの耳がぴこっと動いた。
ソレイユが笑う。
「返事したみたい」
「返事機能は入れないわ。歌の邪魔になるもの」
「そっか。確かに、演奏中にしゃべられたら困るね」
ノアールが小さく笑う。
「今のままでいいと思う。音で返事してくれるみたいだから」
黒猫ロボットが、タイミングよくスティックを一度鳴らした。
ソレイユが嬉しそうに笑う。
「うん。これで十分可愛い!」
その笑い声が、スタジオの空気を少しやわらかくする。
ルミエールは端末を操作しながら思う。
こういう余白が必要なのかもしれない。
完璧に整いすぎた場所では、ノアールは緊張する。
少し変で、少し笑えて、でも真剣に音を作れる場所。
LUMISORA☽には、そのくらいが合っている。
何度か録って、止めて、聞き直す。
黒猫のドラムは安定してきた。
白猫のDJは、派手すぎる音を減らすと、曲に透明感を足してくれるようになった。
ピンクリボンのベースは、癖を少し残した方が面白かった。
完全に平らにすると、可愛さが消える。
ソレイユのギターは何度か勢い余ったが、そのたびにルミエールが笑って止めた。
「今のはソレイユが主役になっていたわ」
「ごめん、楽しくなっちゃった」
「楽しいのはいいことよ。少しだけ後ろに下がって」
「はーい」
ノアールは二人のやりとりを聞きながら、少しずつマイクの前で肩の力を抜いていった。
その姿を見て、ルミエールは確信する。
やはり、猫型ロボットを入れてよかった。
音に厚みが出るだけではない。
場が明るくなる。
ノアールが一人で背負っている感じが薄くなる。
でも、人間のメンバーが増えた時のような遠慮は生まれにくい。
これなら、ノアールを中心にしながら、ステージを広げられる。
最後に、サビまで通して録った。
ノアールの声は、まだ揺れる。
でも、途中で止まらなかった。
歌い終えたあと、ノアールはゆっくり息を吐いた。
「……最後まで、歌えた」
「ええ」
ルミエールは録音停止ボタンを押す。
「今日はそれで十分よ」
ソレイユはギターを下ろしながら、猫型ロボットたちに向かって拍手した。
「みんなもお疲れ!」
黒猫ロボットがスティックを一度鳴らす。
白猫ロボットの耳が光る。
ピンクリボンの猫型ロボットは、また少し得意げなポーズをした。
ノアールがそれを見て、ふっと笑う。
「本当に、返事してるみたい」
「音と動きだけで十分ね」
ルミエールが言うと、ソレイユも頷いた。
「うん。この子たちは、演奏で返事するんだね」
その会話に、ノアールがまた笑った。
ルミエールは、保存した録音データに名前をつける。
仮録り二日目。
猫型ロボット参加版。
まだ事務所へ出せるものではない。
MVを作るには、もっと音を整える必要がある。
ステージで見せるなら、ロボットの動きも演出に合わせなければならない。
それでも、昨日より確実に進んだ。
三人の音に、ステージの輪郭が生まれた。
ルミエールは端末を閉じる前に、今日のメモを残した。
ノアールの声は、少しずつ前へ出ている。
猫型ロボットは有効。
ただし、主張は控えめに。
ソレイユは楽しさを残しつつ、歌を支える位置へ。
自分は全体を整える。
書き終えて、ルミエールはマイクの前に立つノアールを見た。
ノアールは、黒猫ロボットにそっと手を振っていた。
昨日、ロボットを怖がっていた子が。
今日は、少しだけ笑って手を振っている。
それだけでも、この一日は無駄ではなかった。
「今日はここまでにしましょう」
ルミエールが言うと、ソレイユが少し残念そうにした。
「もう?」
「続きは明日。無理をすると、明日歌えなくなるわ」
ノアールも頷いた。
「うん。今日は、これくらいでいいと思う」
その声は、昨日より落ち着いていた。
地下スタジオの灯りを落とす前に、ルミエールはもう一度だけステージを見た。
マイク。
ギター。
キーボード。
三体の猫型ロボット。
そして、真ん中に立つノアール。
まだ小さな形。
でも、確かに形になり始めている。
扉を閉めると、廊下の静けさが戻った。
ルミエールの耳には、まだノアールの歌声が残っていた。
今度は、昨日より少し前へ進んだ音だった。
今回は、猫型ロボットたちと一緒に、LUMISORA☽の音を整えていく回でした。
可愛いだけではなく、ノアールの声を支える存在として。
地下スタジオで、少しずつステージの形が見え始めます。




