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第36話 予約された昼休み

本編第22話「便利すぎる世界」の裏側です。

昼休み、ルミエールはノアールを学食へ誘おうとします。

 昼休みのチャイムが鳴った。


 教室の空気が、一気にゆるむ。


 椅子を引く音。


 廊下へ向かう足音。


 昼食の包みを開く音。


 ルミエールは、すぐにノアールへ声をかけるつもりだった。


(お昼は、先に声をかける)


 けれど、その日の授業は実験だった。


 使った器具を戻し、机の上を整えているうちに、少しだけ遅れる。


 振り向いた時、ノアールの席はもう空だった。


(間に合わなかった)


 ルミエールは、すぐに教室を出た。


 行き先は、たぶん売店。


 ノアールがひとりで昼休みを過ごそうとするなら、そこへ行く気がした。


 廊下は、昼休みの生徒たちで混み始めている。


 ルミエールは、人の流れを避けながら売店へ向かった。


 角を曲がると、売店の前に列が見えた。


 その端に、ノアールがいる。


 パンを買おうとしているところだった。


 その時、少し先にいたソレイユが、ノアールに気づいた。


「ノアール」


 ノアールが振り向く。


 ちょうどその時、ルミエールも売店の前に着いた。


 ソレイユが、ちらりとルミエールを見る。


 ルミエールは胸の中で、そっと息をついた。


(間に合った)


 まだ、ノアールはパンを手に取っていない。


 ルミエールは、二人の前で足を止めた。


「学食、席を予約してあるの」


 そう言って、スマホを軽く示す。


 ソレイユが明るく続けた。


「一緒に食べよう」


 ノアールは、すぐには答えなかった。


 売店の列を見る。


 それから、ルミエールとソレイユを見る。


「……でも、私――」


「大丈夫」


 ルミエールは、それだけ言った。


 長く説明すれば、ノアールはもっと迷う気がした。


(迷う時間を、少なくしたい)


 スマホには、学食の予約画面が開いている。


 三人分の席と、昼食の注文。


 朝のうちに入れておいたものだった。


 学食へ向かう途中、ノアールは落ち着かない様子だった。


 ルミエールは少しだけ歩く速度を落とす。


 ソレイユも、それに合わせた。


 学食に近づくと、昼のざわめきが聞こえてくる。


 けれど、ノアールが知っている学食とは違う。


 カウンターの奥に、いつものおばちゃんたちはいない。


 代わりに、ロボットが静かに動いている。


 列も、食券の機械もない。


 生徒たちはスマホの画面をかざして、淡々と食事を受け取っていた。


「便利でしょ」


 ソレイユが笑う。


 ノアールは、うまく笑えないようだった。


 ルミエールは、その横顔を見た。


(便利でも、安心とは限らない)


 でも今日は、列に並ばず、誰にも押されず、席に座れる。


 それが大事だった。


「ここで」


 ルミエールは、受け取り口でスマホをかざした。


 すぐに、注文していた食事が出てくる。


 ノアールも同じように、画面のQRをかざした。


 静かに動くロボット。


 すぐに出てくる昼食。


 ノアールは、それをじっと見ていた。


 席も、もう取ってある。


 窓際の、少し落ち着いた場所。


 三人で座れる席だった。


 ソレイユが先に座る。


「ここ、いいね。明るい」


 ノアールは少し迷ってから、椅子を引いた。


(座れた)


 ルミエールも席についた。


 周りの生徒たちは、誰も特別に驚いていない。


 まるで、この学食は最初からこうだったみたいに動いている。


 ノアールだけが、まだ少し取り残されたような顔をしていた。


「ノアール、食べられそう?」


 ソレイユが聞いた。


 ノアールは小さくうなずく。


「……うん」


 ルミエールは、あまり見すぎないように食事に手をつけた。


 ソレイユは、いつもの調子でスープを一口飲む。


「これ、おいしい」


「ソレイユは何でもおいしそうに食べるわね」


「だって、おいしいものはおいしいもん」


 二人の会話を、ノアールは黙って聞いていた。


 けれど、食べる手は止まっていない。


(このくらいでいい)


 無理に話させなくていい。


 同じ席で昼を食べる。


 今は、それで十分だった。


 昼食を終えて、三人は席を立った。


 昼休みは、まだ少し残っている。


 ルミエールは、ノアールの様子をそっと見る。


 朝より、少しだけ顔色が落ち着いている。


(断られたら、今日はここまで)


 無理に進める必要はない。


 けれど、もし少しでもできるなら。


「少しだけ、図書室で勉強しない?」


 ノアールは、すぐには答えなかった。


 ルミエールは待った。


 ソレイユも、横で何も言わない。


 やがて、ノアールが小さくうなずいた。


「……うん」


「じゃあ、行きましょう」


 図書室の前で、ソレイユは手を振った。


「私は一年の方に戻るね。あとでね」


「うん」


 ノアールが小さく返す。


 ソレイユは満足そうに笑って、廊下の向こうへ戻っていった。


 図書室は静かだった。


 窓際の机に、二人で座る。


 ルミエールは英語と数学のノートを開いた。


「ここは、こう覚えるといい」


 短く説明する。


 ノアールは、黒いシャープペンを握り直した。


 金色の文字が、昼の光を受けて静かに光る。


 ペン先が、紙の上を進んだ。


(少しずつでいい)


 ルミエールは、それ以上急がなかった。


 分からないところだけを、短く。


 ノアールが書けるところは、待つ。


 昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。


 ノアールは、最後の式を書き終えてから、シャープペンをペンケースにしまう。


 その手つきは、朝より少しだけ落ち着いていた。


(午後も、この調子でいけたらいい)


 ルミエールは、静かにノートを閉じた。

読んでいただきありがとうございます。

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