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生贄の巫女 ~偽りの巫女と仮面の守護者~  作者: 雨包おん
第11章 霧の森:虚構の果て
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第64話 希望なき行進



「近道を進む。なに、少し森を横切るだけだ」


 新たな管理神官の一言で、一行は街道から外れて森の中の道を進む。



「巫女様のお具合もよろしくないようだし、あと数日程度の道のりに対して近道を選んで危険を冒す必要はないのでは?」

 オッドーはそう意見したが、管理神官は取り合わなかった。


「怖気づいたのか? お前ら守護神官はただ巫女様をお守りしていればよいのだ。そんなに難しい事ではあるまい。危険など無い。黙って付いて来い。速やかに巫女様を聖都にお連れしろとの命令なのだ」


 オッドーは舌打ちしてそれ以上何も言わなかったが、その物言いに他の守護神官たちも不満そうな表情を見せる。


 だが、そんな新管理神官への不満以上に奉献の徒の空気を重くしている要因があった。



 赤の守護神官は歩きながら、そっと隣で馬に揺られるユオーミを見上げる。


 普段は被っていないマントのフードを深く被り、俯きがちに馬に揺られる彼女は、何事かぶつぶつと呟いていた。その暗い瞳には、何も映ってはいないように見えた。


 赤の守護神官は胸が苦しくなり、声を掛けようと口を開くが、何と声を掛けてよいのか分からず、結局何も言えなかった。


(本当に、あと少しで聖都だっていうのに……。一体、何でこんな事に?)


 事情を知らない者からすれば、何故急に管理神官が交代になったのか不可解でしかない。


 ただ、昨日廃屋で休憩した際、管理神官の様子がおかしかったのだけは確かだ。それが何かの予兆だったのか、答えのない問いがぐるぐると頭を巡り、やがて彼女は考えるのを諦め、最後尾を歩く守護主神官の方にチラリと目をやった。



 オッドーは憤然とした様子で、唇を固く結んで歩いていた。


 今回の事態は、アガナタからすれば、「予想された最悪の事態の一つ」だった。


 吊り橋を渡り、アカネイシア王都を出発したあの日、アガナタから不自然な形で渡された袋。

 その中には、さらに小さな小袋と、彼の字で書かれたメッセージが入れられていた。


 「自分がいなくなった場合」に備え、教団の手に渡る事の無いようにと託された小袋。それを使って実行する最後の計画。そして、計画の代行の依頼。


(そんなもん、自分でやれ! 計画だけ立てていなくなるなんざ、在りえねェだろ……)


 オッドーはアガナタの一方的な依頼に頭に来ていたし、それにも増して悔しかった。


 正直、奉献の徒としてこの旅を始めてから、とんでもない困難の連続だった。何度も死を覚悟したし、実際死にそうにもなった。


 それでも、久しぶりにアガナタと旅をし、彼が少しずつ血の通った表情を取り戻してゆくのが嬉しかった。


 旅路の果てに、ユオーミに理不尽な運命が待ち受けているのは初めから決まっていたし、実際アガナタに「実現不可能な夢は見るな」とも言ったが、それでも、アガナタならきっと何とかするのではないかと、そんな淡い希望も密かに持っていた。


 この旅の先に、彼と笑い合える日々が戻って来るのではないかと、十五年前に止まったままの彼の時間が再び動き出すのではないかと、そんな、バカみたいな、下らない幻想を抱いてしまった。


 数多あまたの困難を乗り越え、仲間たちと築き上げた絆の先に、希望はきっとあるのだと。



 ――だが、旅が終わるよりも先に、彼はいなくなった。


(責任をもって、最後までやれ! 人に丸投げするな、馬鹿野郎!)


 昨日の廃屋での件が関係しているのは間違いなさそうだが、それに対して自身が更迭されるという「最悪」を予想できていたとするのなら、それは恐らくユオーミにとって必要な事だったはずだ。


 それでも、仮にそうだったとしても、アガナタ自身がいなくなっては意味がない。それは、ユオーミの今の様子からも明らかだ。


 やり場の無い思いを抱えるこの状況で、新しい管理神官があの様子ではたまったものではないなと思いつつ、それもあと数日だとオッドーは思い直す。


「問題は、その先だな……」


 神殿における生贄の儀式。そこで大導主たちを相手にクーデターを起こすという、とんでもない作戦の内容を思い出し、彼は深い深い溜息を吐いた。




 新たな管理神官として派遣された男。

 彼は、突如転がり込んできた大役に興奮していた。


 彼の父親はとある町の教会の司教だった。父親は厳格な性格で、神の、ひいては教団の意思に従う事こそを至上命題とし、彼が幼少の頃より、規則を破った際には鞭で打つ等非常に厳しい教育を施した。


 それは、彼の性格を歪めもしたが、同年代の子供たちと比べて飛びぬけて規則に従順な彼は大人から扱いやすく、それ故に褒められることも多々あり、彼の規則信仰を肯定し、強化してゆく事となった。


 大人になった彼は、自分が誰よりも信心深いと自認しており、実際、規律順守の姿勢は見上げたものだったが、融通が利かず、教団内における評判はイマイチだった。そのせいで、彼は、彼自身が望む様な地位を手に入れられず、自らの信仰心が評価されていないと、不満多き日々を過ごしていた。


 そんな中、突然奉献の徒の管理神官の役を命ぜられた。聖都を目前とした状況での管理神官の途中交代という、あまり聞いた事の無い事態ではあったが、管理神官は管理神官だ。


 ついに自分の信仰が認められたのだと、がぜん彼は張り切る。


 そして、任命に当たり告げられた使命。

『巫女様を聖都まで速やかにお連れしろ』


(どうやら、前任者は旅程を遅延させてしまっていたようだな。神聖な儀式を遅滞させるとは神に対する冒涜と言える。これは、心せねば……)


 聖都まであとわずかに迫った状況での管理神官の交代。これはよほどの事だろう。

 この状況下で神の御心に沿う為には、少しでも早く巫女を聖都までお連れし、前任者の遅れを取り戻すしかない。


 ――そう彼は考えた。


(私ならば、できる!)


 未来の栄光に思いを馳せ、微笑みを浮かべながら先頭を足早に歩く彼がふと振り返ると、後続と少し距離が開いていた。


「……遅いぞ、もう少し早く歩け。私から遅れないようにしろ!」


 守護神官たちは巫女の馬に合わせて歩いている。その馬を引く青の世話人は、ユオーミの様子を気にして思わず声を上げた。


「ですが、巫女様が……」

「この奉献の徒は、どうも思い違いをしている者が多いようだな。そんなだから前任は解任されたのではないか?」


 管理神官は嘆息し、青の世話人の前まで戻ると顔を近づけて言い放つ。

「いいか、私は前任者のように甘くは無いぞ。我々の任務は巫女様を速やかに、遅滞なく聖都にお連れする事! それこそが神の御意思なのだ!

 ……なるほど、前任者がメンバーを甘やかして統率できていないから進行が遅れたのだな」


 青の世話人が顔を歪めたが、彼はそれに気づくこともなく振り返り、再び歩き始めた。


 赤の守護神官は顔を引きつらせながらも、チラリとユオーミを見上げ、それから馬を引く青の世話人の肩を軽く叩いた。


「争っても仕方ないわ。悔しいけど、速度を上げましょう」

 そう小声で囁く彼女に、青の世話人は戸惑いつつも、渋々頷いた。


 前方では拳骨の青の守護神官が、横を通り過ぎて先頭に戻る管理神官を不貞腐れたような顔で睨みつけているのが見えた。


「あの馬鹿。……喧嘩とかやめてよね」

 そう呟きつつも、彼女は少し顔を緩める。


「奉献の徒は、運び屋じゃない。巫女様だって荷物なんかじゃない。早ければ良いってもんじゃないだろ。何だアイツ!」

 後ろから僅かに聞こえてきた声に驚き彼女が振り向くと、背の高い方の青の守護神官が眉間に皺を寄せて正面を睨んでいた。


 赤の神官と目が合い、自分の声が思った以上に大きかったことに狼狽すると、彼は自分の口に手を当て、顔を逸らしたまま歩き始めた。


 彼がそんな表情で意見するのを初めて見た赤の神官は驚きつつ、その声がユオーミに聞こえていないかチラリと彼女の顔を覗き、無反応なのを見て安堵する。


(皆、気持ちは一緒だね。それだけが救いだけど……)



 そして、彼らは歩き始める。

 先ほどよりも早いその足取りに、馬上のユオーミの小さな体がグラグラと、されるがままに揺れていた。




 管理神官は溜息を吐きながら、冷静に考を巡らせる。


 奉献の徒は、個人としてではなく役職として存在している。それぞれが与えられた任務を果たすのみだ。


 だというのに、この奉献の徒は何だ?

 これも前任のせいなのだろうが、どうもこのメンバーの間には、一種の連帯感のようなものが強く感じられた。


 顔も名前も知らず、私的な会話さえ禁じられた集団において、そんなものが成立するのだろうか?


 この奉献の徒は何かおかしい。理屈の上では、奉献の徒は他人の寄り集まりのはずだから、もっと互いに壁があるものだと思っていたのだが……。


 なるほど、前任者は規則を破って私的な会話を許可していたのかもしれないな。それなら納得だ。私的な会話を許可し、統率が乱れ、日程が遅延する。……何という職務怠慢。解任されて当然だ。


 巫女を、奉献の徒を甘やかし、旅の進行の遅滞すら厭わぬとは……。これは神聖な儀式を私物化する行為であり、最早神に対する冒涜だ。


 しかし、後釜のこっちとしては迷惑極まりない。正しい意識を持たせるため、厳しく指導せねばなならない。

 ……まぁ、数日の我慢だ。とにかく、少しでも早く聖都に到着せねば。


 そう思いながら彼は振り返り、今度は遅れることなく付いて来ている奉献の徒を確認して満足そうに頷いた。



 一方のユオーミは、表情が抜け落ちてしまったような、まるで人形のような顔で俯きながら馬に揺られていた。力の入っていない体は、早めに歩く馬の揺れに合わせて大きく揺らぎ、それがさらに彼女の様子を魂が抜けているかのように見せる。


 彼女の目に映るものはまるで意味を持たず、ただ、その瞳の表面を通り過ぎてゆくだけだった。


 打ちひしがれた彼女は、理不尽な現実を前に膝を折り、自分を呪う事しかできない。

 誰にも必要とされず、むしろ、自分の行いが大切な人に災いをもたらしたという現実が、この旅で積み上げてきた誇りも、勇気も、生きる意味さえをも無情に突き崩し、蹂躙してしまった。


 ただただ、後悔の念だけが、鎖のようにその小さな少女の体の中を締め上げ、その身を蝕んでいた。

 ふと、その口から零れる言葉。


「ごめんなさい……」


 王様の頼みごとなんて、聞かなければよかった。

 誰かの為に何かをしたいなんて、思わなければよかった。

 自分の人生に意味があると証明したいなんて、思わなければよかった。


 告解の儀で、告解者の言葉に耳を傾けなければよかった。

 彼らの気持ちを、知ろうとしなければよかった。


 湖畔の町で、森になんて入らなければよかった。

 あの兄妹に、出会わなければよかった。


 自分が、奉献の徒の皆に守られているなんて、思わなければよかった。

 彼らの身を削る様な行動に、応えたいなんて思わなければよかった。


 黙って、目を瞑り、俯いて、耳を塞いで、思いに蓋をし、ただ、人形みたいにそこにいればよかったんだ。


 そうだよ。


 あの人に、出会わなければよかった。

 あの人に、本当の名前を呼ばれて、反応しなければよかった。


 お母さんの事を、知ろうとしなければよかった。


 全て、すべて、最初から、何もしなければよかった。


 そうすれば、誰も傷つけなくて済んだんだ。

 だれも悲しまなくて済んだんだ。


 私が、私が悪いんだ……



 かみさま、ごめんなさい。

 わたしは、わるい子です。


 あのひとはわるくありません。だから、ひどいめにあわないようにしてください。

 わたしが、おとなしくいけにえになれば、あのひとを、たすけて、くれますか?


 かみさま、おねがいします。

 いい子でいますから、どうか、あのひとを……


 わたしが、わたしが。

 わるいのは、わたしだから……


 ……だから、あのひとではなくて、わたしのいのちを……




 突然ユオーミが大きく右に傾き、そのまま馬から転げ落ちた。


「巫女様!!」

 咄嗟に反応した赤の守護神官が抱きとめたため、怪我こそしなかったが、受け止めた彼女が驚くほどユオーミの体は熱かった。


 彼女の目は虚ろで、体は小刻みに震え、何事が呟いているが聞き取れない。

 見た事の無い彼女の様子に、赤の神官は胸を締め付けられ、泣きたい気持ちになる。


 ユオーミの顔は赤く、弱々しく浅い呼吸を繰り返している。


 一体この子が何をしたというのか。ただ生贄にするだけでは足りなくて、執拗に彼女を苦しめようとするその運命に、神に怒りを抱きながら、その少女を抱きしめる。


「巫女様! 大丈夫ですか!?」

「アガナタ……さん?」


 朦朧とした意識の中でユオーミが呟いた名前に、赤の神官は一瞬驚く。

「……巫女様、しっかりして下さい! 私は赤の神官ですよ」


「大丈夫か!!」

 ユオーミの落馬を見て駆けつけるオッドーや世話人たち。


「すごい熱だ。頭を冷やさなければ! すぐにテントを設営するぞ。誰かそこの湖で水を汲んで来い!」


「何をしている! ようやく順調に進めると思った矢先だというのに……」


 騒ぎに気付いて管理神官がやって来るが、皆に矢継ぎ早に指示を出す守護主神官を見て驚き、大声を上げた。

「貴様、護衛のお前が何故指示を出している! 自らの役割から外れてはならん!! 神聖な……」


「やかましい!!」

 オッドーの鬼の形相の一喝に管理神官は肝を冷やし、後ずさる。


 彼は冷や汗をかきながら、自分を無視して指示を出す守護主神官とその指示に従う奉献の徒、そして、その中心で赤の神官に抱かれ、光の無い瞳で虚空を見つめる巫女を睨みつける。


「くそっ、定められた役割から逸脱するとは……。さらにそれを指摘されても気にする様子さえない! この者達はどうしてこうも信仰心が無いのだ!? くそっ。……て、天罰が下るぞ!」


 そして、彼らの不敬に顔を歪め、両手を強く握りしめる。頭に血が上ってゆくのを感じながら、震える拳で彼は心に誓う。


(私が、正しく導いてやらねば! これは、私に与えられた試練なのだ!!)



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