2-21 集合
「ふんぬおぉぉぉぉ!!!」
「もう!もっと右だってばお兄ちゃん!」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
「うるさい!静かにやって!」
青空には三角の塔の屋根がグラグラ揺れている。それを遠目に見上げながら、塔のある広場の端に落ち着いた。
イザーク殿下とリチャード様は拘束されて連れて行かれた。辺りには事後処理を行う沢山の騎士やクロヴィスを守る護衛たち。ごった返した人の中、クロヴィスがあちこちに指示を出している。
その姿を横目で見ながら、オリビア様の腕にかけた光魔法の具合を確かめる。既に血は止まっていて、最後の仕上げに丁寧に軟膏を塗り、包帯を巻いて優しくピンで留めた。
「これで傷跡はほとんど目立たなくなると思うわ」
「えぇ……ありがとう」
「…………」
泣き崩れるでもなく、絶望する表情も見せないオリビア様は、手当が終わるとすっと立ち上がった。後ろにはオリビア様の家からの迎えの者が顔を青くして立っている。
「……オリビア様」
「だから言ったでしょう、オリビアと呼び捨てて頂きたいと」
ぴしゃりとそう言うと、オリビア様……オリビアは、困ったように笑って顔を上げた。
「なんて顔をしてるいるのですか、皇太子妃となるお方が。たかが臣下の令嬢の男が一人や二人捕まったぐらいです。毅然としてくださいな」
オリビア様はそう言って強気な表情で微笑んだ。いつもと変わらぬ悪役令嬢のような迫力のある立ち姿。
でも、その中に隠しきれない悲しみが見えて。私は思わずポロリと涙をこぼした。
「っ!?ちょっと、アーシェ様!?」
「なによ……」
「何を泣いてらっしゃるんですか!たかがこれしきで……」
「いいのよ、恥じることなんて何もないもの」
止まらなくなった涙をポロポロと流す。
どうしようもなかった。リチャード様が犯した罪を考えれば、もはやオリビア様の婚約者でいさせることも、罪を赦すこともできなかった。
それでも、どうしても悔しさが拭えない。今でも目に浮かぶのは、リチャード様の横で頬を染めるオリビア様のツンとした赤い顔。ずっと、素敵な関係だと思っていたのに。もっと良い結末が無かったのかと、唇を噛む。
「アーシェ様、ほんとうに私は大丈夫だから、」
「大丈夫なわけないでしょう!」
涙を流しながらオリビア様の手を取る。オリビア様は少しきつめのアーモンド型の目を丸くして私を見つめた。その顔を見て、私は耐えきれず、みっともなく更に涙を流した。
「……友達がこんな風に傷付いたら、悲しいに決まってるわ」
「――っ、やめてよ、」
ふわりと目を丸くしたオリビアは、私の手をぎゅっと握って。それから、その目にいっぱいの涙をためた。
「ひとまえで、泣くなんて、みっともない真似、したくないのよ!」
「いいじゃない!私も一緒に泣くわ!」
「〜〜〜っ、馬鹿じゃないですこと!?」
オリビア様はそう言って、溢れるように涙を流した。
暫くして、オリビア様のお父様が迎えに来た。二人は私に会釈をすると、静かにその場を去っていった。
「……大丈夫だよ」
ぽん、と肩に手が乗った。いつの間にか私の後ろに来ていたクロヴィスが、私の肩を抱き寄せてぎゅっと抱いてくれた。
「オリビアの父上はやり手の大貴族だ。良い関係の貴族も多いし、皇家もアーシェを守ってくれたオリビアに感謝している。この後のことも支援するし、悪いようにはならないよ」
「……うん」
「アーシェ?」
クロヴィスは顔を曇らせた私の顔を覗き込んだ。その優しい顔を、罪悪感に苛まれながら見上げる。
「……私の囮作戦で、二人も傷つけてしまったわ。リチャード様が怪しいのは、分かっていたのに」
そうポツリと言うと、クロヴィスは静かに私を見下ろした。それから、ぽんぽんとあやすようにわたしの肩を優しく叩いた。
「囮作戦を考えたのは、アーシェと俺だ。責任は、俺にも同じだけあるよ。それに、ハイラスもオリビアもどちらも国への責任感が強い二人だ。国のためになる行動をしたのだから、どっちかっていうと、俺たちは二人を褒めてあげないとね」
「うん……そうよね」
クロヴィスが私の頭をゆるく抱き寄せるように撫でる。それが、あまりにも優しくて。私はまた目に涙が滲みそうになるのをこらえながら、クロヴィスにそっと寄りかかった。
「それでも……もっと、うまくできたんじゃないかって、思っちゃって。……ごめんなさい、弱気なことを言って。なんだか、聞いてほしくて」
気持ちを立て直せないまま、申し訳なく思ってクロヴィスを見上げる。
クロヴィスは、そんな私をじっと見下ろしてから、一拍置いてふわりと笑った。
「――やっとアーシェが俺を頼ってくれた」
「え?」
「あんまりにもアーシェが男前だから自信なくしてたけど。アーシェが頼ってくれて嬉しいなって」
「そ、そんなの!いつも頼ってるわよ!」
「そう?」
「そうよ、今日だって……」
間近で私を見下ろすクロヴィスを、ぎゅっと胸元を掴んで見上げる。きょとんとした顔をしたクロヴィスに、目を合わせて言うのがどうしても恥ずかしくて。私はぷいっと視線を外すと、ボソリと呟いた。
「た……助けに来てくれて、ありがとう。来てくれるって、信じてたけど……その……か、かっこ、よかったわ」
やはり、夫婦を目指すのであればきちんとこういう事は言わねばならないだろう。恥ずかしすぎるけれど。表現には全く自信がないが、きっと言わないよりはマシなはず。そう思って、なんとか言葉を紡ぎ出した。
が、反応がない。
何故だ。何か間違っただろうか。不安に思ってクロヴィスを見上げると――クロヴィスは呆けた赤い顔で私を見下ろしていた。
「!?」
「っ、だから、不意打ちやめろ」
「そ、そそそんな大層なこと言ってないでしょう!?」
「これだからアーシェは……」
「なによ!?」
「ほっほっほ、仲睦まじくて良いことですな」
突然背後から聞いたことのある老人の声がして、振り返ってギョッとした。
「ドムさん!?」
「やぁ、アーシェお嬢様。お元気そうでなによりですじゃ」
「なんでこんなところに!?」
「あー……何から話そうかのぉ」
ドムさんは困ったようにそう言うと、後ろを振り返った。
そこにはフードを目深に被った男がいた。
「…………誰?」
「誰とは酷いぞ、アーシェ」
ぱさ、とフードを外した男をみて、私はわっと声を上げた。
「お兄様!!!やっと会えましたわ!今までどうしてらっしゃったのですか!」
「いや……それ俺のセリフだからね!?」
そう言うとお兄様はくわっと目を見開いた。
「やっとこさ帝国にたどり着いて、さぁこれからだと思ったら……新聞見てギョッとしたよ!一体どうなったらこうなるんだよ!?」
ばさ、と目の前に新聞が突き出される。そこには大きな文字で、『号外!皇太子殿下に逆プロポーズ!追放聖女アーシェ・フェルメンデの素顔に迫る!』『クロヴィス殿下としか踊らない!令息も頬を染める殺し文句が流行の兆し』『クロヴィス殿下も射止めるのに必死!?男気あふれるかっこいい聖女、アーシェ・フェルメンデの魅力とは?』などなど、ギョッとするような言葉が並んでいた。
「なんですかこれは!?」
「だーかーらー!聞きたいのは俺の方!お前離島に隠れてたはずだろ!?なんで……どうなったら帝国の皇太子妃っていう展開になるの!?」
「あー……確かに?」
「確かにじゃなくて!」
食いつくお兄様を面倒に思いながら、これまでの経緯を思い出す。つまり……
「離島でのんびりしてたら、なんか偉そうな人を拾って……それがクロヴィスだったのよ」
「えぇ……?本当に……?」
「ほんとうじゃな」
横でドムさんがコクリと頷いた。
「ほんとうじゃな、じゃないよぉぉぉ」
お兄様は頭をわしわしと掻き毟った。
「俺がどんなに心配したことか……」
「お兄様……」
「お前がまた色んなことに首突っ込んであちこちのボスになってんじゃないかって心配で心配で」
「そっちの心配なのねお兄様……」
「まぁ、あながちその心配は間違ってないかもね」
私の隣でクロヴィスがにこにこと綺麗な顔で微笑んだ。お兄様はハッとしてクロヴィスを見ると、ギギギギギ、と私の方にぎこちなく顔を向けた。
「……もしかして」
「なに?」
「ク、クロヴィス、皇太子殿下……?」
「そうだけど……?」
お兄様はあんぐりと口を開けた後、ガバッと地に膝をついた。
「とんだご無礼を……!」
「いや、ちょっと待ってよお兄様、まさか気付いてなかったの?」
「こ、こんな雲の上の方にさらっと会えるとは思わないだろう!?」
「えぇ……」
「その……顔を上げてください、お義兄さん」
「おに……!?」
お兄様はぽかんとした表情になった。クロヴィスはそんなお兄様に綺麗に微笑むと、土下座スタイルのお兄様の前に膝をついた。
「えぇ、もう私にとってアーシェは大切な家族です。その兄上ですから、私にとってはお義兄さんですよ、エリック殿」
「クロヴィス殿下の……お義兄さん……」
「えぇ、そうです。その……私こそご家族の許可無くアーシェを婚約者にしてしまい申し訳ごさいません」
「とっ……とんでも、ごさいません!」
「では、私たちの婚約を認めてくださいますか?」
クロヴィスがきれいな笑顔でそう言うと、お兄様はにこりと顔を上げた。それから、ほんの少し真面目な顔でクロヴィスをじっと見てから、もう一度口を開いた。
「えぇ。――殿下が、妹を本当に大切にして下さるのなら」
「……もちろんですよ」
「本当に?」
「本当です」
「……私は妹の為なら刺し違えてでも貴方を止めます」
突然何か言い出したお兄様にギョッとする。いくらなんでも言いすぎだ。
慌てて止めようとした時、クロヴィスがさっと手を出して私を止めた。
「アーシェ」
「っ、なんで!?」
「黙って見てて。必要なことだから」
そう言うと、クロヴィスは静かにお兄様の方に向き直った。
「アーシェは、私の隣を選んでくれました。必ず、大切にします」
「……うちの子、なんでも首突っ込むから大変だけど、大丈夫?」
「そこが可愛いんじゃないですか」
「ほんとに?」
「えぇ。おせっかいなところも、自分に無頓着で人のことばっかりなところも」
「ふふ……なるほど、わかりました」
お兄様はふっふっふと気味悪く笑うと、私の方にニヤついた顔を向けた。
「良かったな、アーシェ」
「良かったな、じゃありません!」
ぱこん!とお兄様の頭を叩く。
「不敬よ!」
「いいだろ、俺はお義兄様だぞ!」
「調子に乗らないでよ恥ずかしい!」
「はははは、元気だなぁ」
お兄様とすったもんだしていると、別方向から他の声が聞こえてきた。
金の髪に明るいエメラルドグリーンの目。皇帝アイゼン・アストロワは、帝国の紋章が刺繍された豊かな生地のフロックコートを纏いそこに立っていた。流石のお兄様も、さっと頭を垂れる。
「エリック殿、ありがとう。本当は茶でも飲んで交流を深めたいところなのだが、いきなりで悪いが本題だ。――レオナルドは帝国にいるのか」
「はい、なんとかトルメアから連れ出し、現在帝都にいます」
「そうか。では、迅速に動こう。トルメアがこちらの動きを把握し切る前に処理が必要だ」
皇帝陛下はそう言ってから、顔を別の方向へ向けた。
「此処から先の動き方はどうする?――賢者ドム」
「賢者ドム!?」
ギョッとしてドムさんの方を見ると、ドムさんはほっほっほと楽しそうに笑った。
「まだそんな風に呼んでくださるとは、若かりし頃に戻ったようですわい」
「久々に手紙をもらってびっくりしたよ。また会えて嬉しいよ、ドム」
「こちらこそですわい」
ドムさんは島で見たそのまんまの顔でニコニコと笑っている。流石のクロヴィスも知らなかったのか、渋い顔をしていた。
「……まんまと騙されたな。まさかあんな離島に賢者ドムがいるとは」
「嘘はついてませんぞ?ドムは本名ですし、島で農業をして暮らしているのも真実ですじゃ。ただ、過去の話をしなかっただけで」
「俺とアーシェが帝国に帰ると知った上で父上に手紙を書いたんだろ」
「ほっほっほ、いゃあ、クロヴィス殿下に隠し事はできませんな」
クロヴィスのじっと探るような視線を受けながら、ドムさんは愉快だとばかりに笑った。それをクロヴィスはじっと見つめた。
「…………全部、分かっていたのか?」
「まさか。……驚きましたよ、帝国でもこんな酷い有様だとは」
穏やかな表情の中に剣呑な光が宿る。それに気づいてはっと息を呑んだ。ドムさんはそんな私を見てふっと空気を和らげた。
「まぁ、焦らずとも良いでしょう、アーシェお嬢様。まずは、レオナルド殿下を目覚めさせてはどうですかな?」
「レオナルド殿下はどんな状態なの?」
「あぁ、帝国の者達と同じじゃよ。ずっと眠り続けている」
「――つまり、アーシェが解読した術は大聖女の禁術なんだな」
クロヴィスのその言葉に驚いて振り返る。ドムさんはそれを聞いて、静かな視線をクロヴィスに向けた。
「……そこまで分かっているのであれば話は早いですな」
「あぁ。それならアーシェがトルメアの黒幕から命を狙われているのも納得できる」
ぴり、とした空気が辺りを覆う。クロヴィスも、ドムさんも……そしてお兄様まで、穏やかではない雰囲気を纏っていた。
「レオナルド殿下はある場所で匿っています。目覚めにはアーシェの力が必要です。ご協力いただけますか?」
「当然だ。すぐに向かおう。場所は――っ、」
「クロヴィス!」
倒れ込むクロヴィスを慌てて支える。
途端に慌ただしくなる宮殿の広場。
吹き始めた新しい風が、不揃いな落ち葉を巻き込んで、広場の端でくるくると回っていた。
さぁ、ついにみんな集合しましたよ!
「っしゃあぁぁぁ!宰相ぶっ潰しに行くぞぉぉぉ!」と勢い付いて下さった読者様も、
「オリビア幸せになって欲しい……」と涙を流して下さった優しいあなたも、
残り7話!最後まで行く末を見守ってくださると嬉しいです!
(8月16日(金)午後に完結予定です!!)
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