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1-4 商団の男

「――――ん……」


 眩しさに目を開ける。打ち付けた板の間から、明るい日差しが差し込んでいた。ぼんやりとする頭でむくりと起き上がって、外の様子を窺った。


 あちこちに付いた水滴が、キラキラと陽の光を反射している。空は青く澄んでいて、高く登った日が眩しかった。


「――――………………寝坊した!!!」


 しまった。朝と言うにはもう遅いだろう。お客さんがいるのに、朝ご飯どころか水すら出していない。私は慌てて身支度を整えると、小屋を飛び出した。


「アンナさん!」


「あれ、ジェムさん」


 何故か小屋の外にジェムさんがいた。周りには船から避難してきたと思われる三人の男。寝起きの頭で状況が読みきれないままその輪に近寄る。


「アンナさん……無茶すんじゃねぇよ。びっくりしたじゃねぇか」


「えっ?……あ、昨日のこと?」


「そうだよ。この人たちから、昨日アンナさんが海岸にいたって聞いたよ。一緒に船をロープに繋いで、全員ここに避難させたんだって?びっくりしたよ。まさかあんな酷い嵐の中出ていくなんて……」


 そういうことか。確かにあれだけ大きい船が停泊していたら、多少距離があっても朝になれば離島の皆も気がつくだろう。


 心配そうな顔をしているジェムさんに苦笑いを返す。


「ごめんなさい。嵐に揉みくちゃにされた船が窓から見えたものだからつい……」


「気持ちはわかるけどよ……気を付けてくれよな。アンナさんみたいな華奢な子、すぐ波に攫われちまうよ」


 ドムさんやタニアさんにもかなり心配をかけてしまったようだ。後で謝りに行こうと思いつつ、もう一度ジェムさんに謝る。それから、ジェムさんと一緒にいた三人の男たちに目を向けた。


 金の髪の男と、くせっ毛の男。それからずいぶんとガタイのいい男の三人だった。少し疲れが見えたが、やはり身なりが綺麗だ。ほんのり警戒しつつも、穏やかに声をかける。


「すみません、疲れてしまってすっかり寝坊してしまって……」


「いや、こちらこそ危険な目に合わせてしまいすみません。お陰で助かりました。船は浅瀬に乗り上げ一部壊れましたが、大破は免れました。乗組員も全員無事です」


「それは良かったです」


 そう言って微笑むと、金髪の男は丁寧に頭を下げた。


「自己紹介が遅れました。私は商団のリーダーのクリフです。この度は助けて頂きありがとうございました」


「ご丁寧にありがとうございます。この離島の領主の屋敷の管理人を務める女官のアンナです」


 立派な自己紹介に、思わず淑女の礼をしそうになりながら、丁寧にお辞儀を返す。昨日も思ったが、随分とちゃんとした人達のようだ。服装こそかなりラフだけど、生地の雰囲気からかなり上流階級であることがわかる。


 微笑むクリフさんのその表情も、有無を言わせないほど穏やかだ。見るからに害が無さそうで――それがむしろ只者ではないように感じた。


 何だこの人。妙な違和感を感じる。なんだか怪しい――そう思ってから気がついた。


 翡翠のような、深いブルーグリーンの目。昨日嵐の中見つけたその色を思い出して、あっと声を上げた。


「あなた、昨日の人ね!」


「えっ、あぁ、そうだよ。そうか、あの嵐じゃ顔まで分からないよね」


「ごめんなさい、すぐに分からなくて。昨日は助けてくれてありがとう」


「いや、それ俺達の台詞だから……見たところ元気そうで良かった。怪我はしてない?」


「えぇ、良く寝たしピンピンしてるわ」


 にこやかに返答しながらクリフという男の顔を観察する。サラサラのブロンドヘアに、離島の海のように輝く青緑色の瞳。よく見るとめちゃくちゃ顔が整っている。こんな甘めで優しげな男に微笑まれたら、王都のご令嬢はあっという間に黄色い声を上げるだろう。


 あまりの綺麗な顔に若干引きつつも、後ろにいるもう二人の男にも視線を向けた。クリフさんの後ろには、人懐っこそうな笑みを浮かべた柔らかなブラウンヘアの男。それからやたらとガタイのいい、巷で言うゴリゴリマッチョな男がいた。どちらも同じ位の年齢だろうか。クリフさんは、後ろの男二人を振り返りつつ、また私に声をかけた。


「こっちの男はケビンで、商団の副リーダー。それから、このいかついのがジョイ。アンナさんが昨日ロープを渡してくれたのはこいつだ。嵐がひど酷過ぎて覚えていないだろうけど……」


「ケビンさん、ジョイさん、昨日はありがとうございました。本当に酷い嵐でしたね」


 そう声を掛けると、人懐っこそうなケビンと言う男がにこやかに答えた。


「アンナさん、感謝しなきゃいけないのはこっちだから。本当にひどい嵐だったね……部屋に泊めてくれなかったらと思うとゾッとするよ。本当にありがとう!でも、危険な目に合わせてごめんね?」


「いえ、皆さんが無事で良かったわ」


 にっこりと笑みを返す。


 クリフさんと、ケビンさん。そして一応微笑んでるけど物静かそうに黙っているマッチョのジョイさん。三人共、人当たりが良さそうで――――そして、きっと偽名だ。直感だが、私はそう結論付けた。


 きっと、悪い人たちではない。でも、多分この人達は本当は商団の人達ではない。恐らくもっとずっと上流階級の人達だ。根拠はないが、王都で聖女として揉まれた経験が、私にそう訴えかけていた。


 身分を偽るほど上流階級の人達なら、絶対に追放された聖女だとバレないようにしなければ。ほんのり冷や汗をかきながら、私はにこやかな笑みを浮かべた。


「とりあえず、朝ご飯食べる?何か出すわよ」


「いいの?ありがとう。実は何も食べていなくて腹ペコなんだ」


「もちろんよ。困った時はお互い様でしょう?」


 敢えて低姿勢過ぎない態度で、支援する姿勢を見せた。王都で顔を見たことがないのだから、この人たちは他国の人間だろう。であれば、こうして対等な雰囲気を出すことで、余計な気遣いや――私達を従わせるような動きを封じるのが正解だ。万が一侵略のような勘違いを生んでしまうと国際問題になる。この人たちにとっても、この態度が一番いいだろう。


「他の人達は?まだ休んでる?」


「あぁ、他の者は海岸で船の状態や荷物の確認をしてるよ」


「じゃあ砂浜で朝ご飯にしようか」


 にこやかに同意するクリフさんと目が合った。


 ほんのりこちらの様子を探っている。やっぱり、私の動き方を見ていたようだ。でも、合わせてきたところを見ると、この関係性に同意してくれたらしい。


 とりあえず良かった。そんなことより、お腹がすいた。私はもう限界とばかりに食料庫を開けた。


「運ぶの手伝ってくれる?」


「もちろん、むしろありがとう」


 そうして私達は食べ物を山盛りに入れた籠を手に持ち、浜辺へ向かった。ジョイさんは籠を三つも四つも運んだ上に飲み水まで肩に担いでいる。


「本当に力持ちなのね」


「ジョイは筋肉バカだからね~」


「ただちょっと口下手なんだけどね」


「……どうも」


 ケビンさんとクリフさんにからかわれて、ジョイさんはほんのり頬を染めて、なんとも言えない返事をした。仲良さそう。個性的な三人が面白くてふふ、笑うと、三人は何だかホッとしたように、同じように笑った。


 爽やかな風が大きな緑の葉を揺らし、水たまりがキラキラと陽の光を跳ね返している。砂浜では、穏やかな波が気持ちよく打ち寄せ、柔らかな波音を立てていた。


「みなさんご飯ですよ〜!」


 そう呼びかけると、船の周辺で作業していた人達が嬉しそうにぱっと顔を上げた。クリフさんが一番近い男に声を掛ける。


「船の中にいるやつらにも声かけてきて。いったん食事にしよう」


「ありがとうございます!」


 船員が待ってましたと嬉しそうに船の方へ走っていく。浅瀬に乗り上げてしまった船は、船底の一部が海面から少し出てしまっていた。ジョイさんとケビンさんが他の人に呼ばれて深刻そうな顔で船に戻っていく。真面目な表情で船を見つめるクリフさんに、少し心配しつつ声を掛けた。


「まだ航海できそう?」


「どうだろうね……大きい船だから、自重で船底に損傷がでているみたいだ。あれをどうやって修理するかだよね」


「船の修理って難しそうだものね。でも、岩に激突していなくて良かった。この辺りは海面の下にも岩がある場所が多いから」


 本当にあちら側に激突していなくて良かった。心の中で胸をなで下ろしながら、クリフさんをもう一度見上げる。


「クリフさんも朝ご飯どう?流木に腰掛けて海を見ながらのご飯も美味しいよ」


「ありがとう、じゃあお言葉に甘えてもいいかな」


「もちろん」


 ケビンさんとジョイさんはまだ戻らず、二人で流木に座る。若干の気まずさを感じながら、籠から朝ご飯を取り出した。


「本当に簡単なものばかりだけど……揚げた白身魚のマリネと、香草を練り込んだパンと、フルーツとハーブティー。お魚とパンは朝にしてはちょっと味が濃いめだけど、遅い時間だしお腹空いてるかなって」


「実はめちゃくちゃお腹空いてたから嬉しい」


「それは良かったわ」


 ざぁざぁという波の音を聞きながらパンや魚を頬張る。私も昨夜から何も食べてなかったから腹ペコだ。手づかみで食べるパンは温めていないから少し硬いけどとても美味しい。


 少し前なら、知らない人とこんな風にお行儀悪くご飯を食べるなんて考えられなかった。島の暮らしに慣れてしまえばどうってことないけれど。ただ、身分の高そうな男の横でそうやって食べるのに若干気が引けた。


「あの……大丈夫?テーブルも何もなくて」


「ん?あぁ、問題ないよ。それよりすごく旨い」


「ほんと?」


「うん、この魚が本当に旨い」


「良かった、この島に来てから何度もレシピを研究したの。ずっと好きだった料理だから」


 褒められて嬉しくて顔が緩む。王都でも好きだった揚げた魚のマリネ。遂に上手に再現できた時には飛び上がって喜んだ。


「……あの屋敷にはずっと一人で?」


「えぇ、そうよ。この島に来たのは少し前だけど。特に同居人はいないわ」


 隣に座るクリフさんに上機嫌で返事をする。


 クリフさんはじっと私の方を見ていた。


「――君は、」


「クリフ!」


 船の方に行っていたケビンさんが走って帰ってきた。その様子は少し暗い。


「……どうした」


「あらかた船の状況確認が終わった。ざっくり報告を受けたけど、思ったより船の損傷が大きい。修理すれば航海はできそうだけど……数日じゃ、まず直らない」


「…………必要な部品と修理までの工程を書き出してスケジュールを組み立てて。無理な予定は立てるなよ。焦って沈没なんて馬鹿なことにならないようにね」


「分かった」


 ケビンさんはそう言うと、チラッと私の方を見た。


「えーと、アンナちゃん、」


「いいわよ、別に。部屋は空いてるし」


 そうあっけらかんと答えると、クリフさんが眉をひそめた。


「……あのさ。もうちょい警戒しなよ。素性も良く分からん男たちを何日も泊めるって、」


「だってあなた達、悪いことできないでしょう?」


 クリフさんが言い終わらないうちに、そう即答した。本当に身分の高い者は、危ない橋は渡らない。特に、品位に関わる下劣な真似は絶対にしない。きっとこの人達はそういう人だ。しかも恐らく他国の人間。であれば、なおさらだ。


 明言はしなかった。きっと答えに困るだろうから。そう思ってそれ以上何も言わずにこりと無害そうな顔で笑うと、クリフさんはパチパチと瞬きをしてから、ニヤリと笑った。


「わかんないよ?」


「そしたら追い返した挙げ句、あなた達にそっくりの似顔絵を書いて、王都の友達にばら撒いてもらうわ。酷いことされたって」


「君そんな絵上手いの?」


「今度見せてあげるわよ」


 にやりと笑い返すと、クリフさんは、ふ、と少年のような笑みを浮かべた。


「楽しみだ」


「えっ、まさか本気で?」


「見せてもらえるまで帰らないからな」


「なんてこと」


 はは、と笑い合う。ちょっとした探り合い。でも、なんだかそれが少し楽しかった。


 横で聞いていたケビンさんが何故かキョロキョロしながら変な顔をしている。


「あの……クリフ?」


「なんだよ」


「…………なんで普通に笑ってんの?」


「いつも通りだろ」


「いや……えぇ?」


 困惑するケビンさんを謎に思いながら、私はまぁいいかと、うーんと背伸びをした。


「とにかく、あの部屋は自由に使っていいから。食料はこの島では自給自足と物々交換だから、魚釣りや果物採るのとかは手伝ってね。後は……私はこれから鍵買ってこようかな」


「……は?」


 クリフさんが目を丸くして私を見た。


「まさか……鍵、ついてなかったのか」


「あ」


「信じられない……年頃の女性が」


「だってこの辺、人に会うことなんて殆どなかったんだもの」


 そんなことより食う寝るを満足にできるまでに必死だったのだ。明後日の方向を向きながら、居心地が悪くなって誤魔化すように立ち上がる。


 善は急げ。さっさと鍵を買いに行こう。村にあるかしら。


 そんな私の背後から、クリフさんが「鍵。頑丈なやつ」とケビンさんに怖い声で言っているのが、爽やかな波の音に混じって聞こえた。

 

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