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1-3 難破船

「今日は荒れそうだなぁ」


 島民で顔なじみになったジェムさんが暗雲に覆われた空を見上げて呟く。


 離島にきて三ヶ月が過ぎた頃。島には嵐が迫り、強くなった風がざぁざぁと庭の大きな葉を揺らしていた。


「皆さんお家のことも忙しいのに、手伝って頂いてすみません」


「何言ってんだよ、アンナさんが来て俺たちゃほんとに助かってんだぜ?これぐらいやらせろよ」


 日に焼けた肌に白い歯をニコッとのぞかせたジェムさんは、窓に嵐対策の木枠をトントンと嵌めてくれた。


 この島に来てから三ヶ月が経ち、随分と島の暮らしにも慣れた。食べるものにも困らず、小屋には快適な寝具が置かれている。私が小屋で寝ていることがドムさんにバレて、「年頃のお嬢さんが小屋で寝るなんて!」と怒られたこともあったけど。おかげで、息子のジェムさんが領主の屋敷の修理を請け負ってくれた。


 床板を張り替え、土壁を塗り直し、藁葺き屋根を葺き替える。私も手伝っていたら、床の張替えも上手にできるようになってしまった。せっかくだからと領主の屋敷に点在する部屋を順繰りに修理している。屋根の修理は危ないから絶対に駄目だと言われてしまったけど。


 建物を修理し、雑草を刈り、村の人と交流しながら領主の家を立て直していく。三つ目の屋根付きの部屋が直ってジェムさんと満足したのがつい先日。そして今日、毎年この季節になると島にやって来る大嵐が来たのだった。


 離島の大嵐はかなり激しい。海から吹き付ける竜巻のように荒れ狂う風が、色々なものを巻き上げ荒れ狂う。だから、島のみんなは嵐の前には木の板で窓を守るのだそうだ。どうりで放っておいた窓があちこち割れているわけだ。


「アンナさん、飲み水と食べ物は十分かい?」


「はい、もう全部運び込みました。引きこもる準備は完璧ですよ」


「小屋暮らしはどうかと思ったんだけどよ。高床だと水も入らねぇしいいかもな」


「でしょう?」


 気持ちよく笑ったジェムさんは、最後の板を窓に打ち付けると、じゃあくれぐれも嵐の中出歩くなよ、と言って帰っていった。


 小屋に帰って、熱々のハーブティーが入ったポットをテーブルに置く。木箱を使って作ったテーブルには、タニアさんがプレゼントしてくれた鮮やかな古布がかかっている。マグカップは小屋にあった古い金属製のカップを磨いたものだ。お気に入りのテーブルとお茶セットに心が和む。今日のハーブティーは庭で取れた葉やフルーツの皮を使って作ったものだ。タニアさん直伝のハーブティーはとても優しい味がする。ハーブティーを一口飲んでほっとしながら、窓の方へと視線を向けた。


「それにしても、昼間なのにかなり暗いわね」


 木枠の間から見える空は真っ暗で、ゴロゴロと雷の音が聞こえ始めた。次第にびゅうびゅうと強い風が吹き始める。少しして、一気に降り始めた雨がバチバチと強い音を立て始め、屋根や庭木をあっという間に濡らしていった。


「……自然の力って、こんなに大きいのね」


 もちろん今までも嵐を経験したことはある。でも、王都の頑丈な屋敷で経験するのと、小さな小屋で感じるのとでは、肌身で感じる嵐の力強さがかなり違っていた。


 時を追うごとに雨は強くなり、ごうごうと風の音が響きはじめる。時折強風に小屋が揺れた。万が一小屋が崩れたらと思うとゾッとした。でも、私には自分を守る強い光魔法がある。更に、ジェムさんと直した他の部屋もある。


 これでも、皆と比べるとかなり恵まれているのだ。


 ドムさんやタニアさん、ジェムさんは、今頃どうしているだろうか。きっと、畑や水田の様子が気になっているだろう。小さな港では、他の村人たちが、漁をする小舟が流されないよう引き上げて木に縛り付けていた。王都で私達が平穏に暮らしている頃、離島の領民達は、こうして大きな自然の中で生きてきたのだ。


「まだまだ、知らないことが沢山あったんだな」


 幼い頃憧れていた自然に囲まれた田舎暮らし。それは、想像以上に過酷だった。


 それでも、と自分で編んだ干し草のコースターを眺める。


 ちゃんと、生きている感じがする。なんとなく、幸せに思った。


「……あれ?」


 ふと、窓の外に目をやると、何か見慣れないものが見えた気がした。窓に近寄り木の板の間から荒れ狂う外に目を凝らす。


「――っ!?船!?大きい!」


 帆を畳んだかなり大きい船が、荒れ狂う波風に押し流されるように岸に近づいてきていた。進む方向が明らかにおかしい。強い波と風に押され、グラグラと真横に流されている。


 あの船の大きさであれば、二十人近く乗っているだろう。あの辺はゴツゴツとした岩場が多い。激突すれば、船底に穴が空き沈没するかもしれない。


 風雨はますます強くなり、轟々と音を立てて荒れ狂っている。


 私はほんの少し逡巡した後、壁にかけてあったタニアさんのお下がりの雨合羽を手に取った。


「――全身保護」


 光魔法で全身を覆う。これで、多少なにかがぶつかってきても怪我はしないはずだ。魔力はかなり使ってしまうけど。


 意を決して扉を開ける。恐ろしいほどに荒れ狂う風雨が、野獣のように唸りながら私の髪を巻き上げた。


「急がなきゃ」


 暴風にバタつく扉をなんとか閉めて、岸辺へ走り出す。慣れ親しんだ石畳は川のように水が流れていて、敷地を出た場所にある大きな木が、まるで生き物のように大きく揺れていた。


 領主の屋敷から砂浜へと続く小道を駆け抜ける。細い小道を抜けて砂浜に下りると、そこは普段見ている穏やかな海だとは思えないほど、恐ろしく荒れ狂っていた。真っ暗な海から押し寄せる、黒く泡立つ波。それは波打ちながら、地鳴りのような音を立てて砂浜を根こそぎ削り取ろうと押し寄せてくる。


「――っ、あっちは駄目!」


 見ると先程の船は既に岸辺にかなり近づいていた。流されていく方向は、海上からは分かりにくいが、海面のすぐ下に大きな岩が沢山せり出している。このまま押し流されていけば、船が大きく損傷してしまうのは明らかだった。


 自分の手の平を見つめる。私が追放された聖女であることが知られたらまずい。もしかしたら、命を狙われたり、囚われて差し出されてしまうかもしれない。


 ――でも、助けられるかもしれない命をこのまま見捨てるなんて、私にはできない。


「……大丈夫、やれるわ」


 真っ黒に荒れ狂う海からの風と激しい雨を全身に浴びて、私は両手に思いっきり魔力を集中させた。


 手から一気に真っ白な光が放たれる。何本もの光が織物のような軌跡を描き、絡まり合いながら真っ黒な海の中に突っ込んでいった。


 光の網が轟々とうねる海の中を生き物のように突き進んでいく。


「っ、これなら、見つかりにくいし――きっと、助けられる」


 岩だらけの浅瀬に激突する寸前、間一髪で届いた光の網が、大きな船の底を包む。光の網が岩にぶつかった衝撃で、魔力で繋がった自分の身体もふらついた。雨に打たれ、暴風に服も髪もめちゃくちゃに巻き上げられながら、ぐっと差し出した両手を握りしめた。


「――っ、こっち、よ……!」


 無理やり光の網を手繰り寄せるように力を込める。なんて強い力。人の攻撃であれば、ある程度跳ね返して来たのだけれど。自然の力の大きさに圧倒される。


 でも、まだだ。諦めない。波の動きを読み、風向きを利用しながら少しずつ船の方向を変えていく。


「っ、これで、きっと……」


 船は大きく揺れながら、海に張り出していた大岩の横を通り過ぎ、自分のいる砂浜の方向へと流れてきた。ふ、と力を緩める。こちら側は岩の少ない浅い砂の海底だ。浅瀬に乗り上げてしまうだろうけれど、船の大破は防げるはずだ。


 船はぐらぐらと波に押し流され、あっと言う間にこちらへやって来る。そして、やはり砂の浅瀬に乗り上げたのか、やや傾きながらも停まった。甲板から数名が船の様子を確認するように慌ただしく動いているのが見える。少しして、碇が降ろされ、数本のロープが投げ込まれたのが見えた。


「船を固定するのね」


 恐らくこれ以上の船の損傷を防ぎたいのだろう。私は砂浜にあった船掛り用の丸太からロープを手に取り、自分の身体を覆っていた光魔法を解除して波打ち際に近寄った。


 ぐらりと足元がブレる。かなり魔力を使ってしまった反動だろう。まずい、早く帰らなきゃ。そう思いながら暗い海に視線を凝らした。


 荒波に揉まれながら、数人がボートでこちらにやって来る。


「これを!」


「すまない、助かる!」


 ずぶ濡れだが身なりの良い男達数名がボートから降り、私が差し出したロープを受け取る。そして、船からのロープと私の差し出したロープをピンと張るように繋いだ。


「あちら側にも同じ船掛り用のロープがあります!」


 暴風雨と激しい波音の中、声を張り上げて伝える。数名の男達は、険しい表情をしながらも冷静に事を進めていった。


 船を一瞥する。見た感じ、商船だろうか。ただ、随分と訓練されたような――まるで騎士のような動きだ。暴風雨の中もう一つのロープで船を繋いでいると、他の船員も小舟に乗ってやって来た。


 雨風に揉まれながらも、群を抜いてしっかりとした立ち姿の男がいる。多分、彼がボスだろう。その男は、もう一人を引き連れて私の方へやって来た。


「船は大丈夫ですか!?」


「お陰で大破は免れそうだ、そんなことより――っ!」


 男がはっと驚いたように、突然私の手を引っ張った。


「っ、え!?」


 バァン!と耳元で何かが弾ける音がする。


 驚いて振り返ると、バラバラに砕け散った木箱か何かの破片が辺りに飛び散って風に飛んでいくところだった。まさか、これが飛んできたのか。光魔法は解除していたから、直撃していたら大怪我だっただろう。青い顔で、私を守ってくれた男を見上げる。


 荒れ狂う嵐の中、男と目が合う。翡翠のような、深いブルーグリーンの瞳。意志のあるその目が、暗い嵐の中、きらりと光って見えた。


「――怪我は」


「っ、いえ、大丈夫」


「良かった。君の家は?ここにいると危ない」


「あの道を上がってすぐの場所にあるわ。皆さんも一緒に避難を」


「ありがとう、小屋でもなんでもいいから避難させて貰えると助かる」


「二十人ぐらいですよね?」


「十五人だ」


「それなら空き部屋があるわ。少し狭いけど……」


 連れ立って来た道を戻る。強い風に足を取られふらつくと、先程の男が慌てたように私を支えてくれた。恐らく魔力を使いすぎたのだろう。視界が揺れている。


「大丈夫?」


「すみません……あまりにも風が強くて」


 ごまかしつつ、逆に支えてもらって申し訳ないと思いながら、何とか領主の館へと辿り着いた。先程よりも更に風が強まり、敷地にある木々がざぁざぁと大きな音を立てて獣のように荒れ狂っている。


 本当に酷い嵐だ。お互いの顔もいまいち見えない。とにかく自分も早く小屋に帰らないと寒さと魔力の使いすぎで具合が悪くなりそうだった。この人たちが誰だか分からないけれど、雰囲気的に大丈夫だろうと判断してそのまま空き部屋に押し込んだ。それから別の扉を開ける。


「君の部屋はここ?」


「いえ、ここは倉庫よ」


 慌てたようについてきていた男にそう答えながら、少しのタオルと食料品を倉庫から引っ張り出し袋に詰めた。男はびっくりしたようにそれを受け取ると、ガシッと私の手を掴んだ。


「君の部屋はどこだ」


「そこよ!大丈夫、すぐだから、」


「いいから、早く入って……って、小屋じゃないか!」


 驚く男は唖然と私の部屋を見上げた。


「なんでこんなとこに!?」


「普段からここなの!」


「嘘だろ!?」


「いいじゃない!」


 その時、ゴォ、と風が吹いて風に足を取られてふらついた。男は慌てて私を支えると、小屋の階段を私を支えるように登ってくれた。


「早く中へ。恩人に怪我させたくない」


「ありがとう。でも、そこまで恩義を感じてくれなくてもいいのよ?私は大丈夫だから、」


「この状況で何言ってるんだ。こんなにフラフラで……大丈夫だとしても、素直に頼りなよ。怪我するよ」


 きょとんとしてその言葉を聞く。


 王宮を守り、王族貴族も下級の聖女達も守り、国の平和を願って守り続けてきた。筆頭聖女として優れた力を持つ私は、ずっと皆を守る立場だった。


 そんなことに慣れ過ぎていたのだろうか。頼れという男の言葉に、私は思わず笑ってしまった。


「ありがとう」


 そう言って満面の笑みで男に答える。すると、男はなぜかぴたりと動きを止め、不思議なものを見つけたような視線で私を見た。疑問に思いつつ、ここにとどまるのは危険だと男に声を掛ける。


「もう大丈夫、あなたも早く部屋に。怪我しないでね」


「分かった……部屋、ちゃんと鍵かけてね」


「?えぇ、分かった。おやすみなさい」


 そう言って、荒れ狂う風の中、なんとか扉を開けてバタンと閉じる。


「………………鍵、無いけど」


 まぁいいか。もう限界だ。疲れた。


 ずぶ濡れの雨合羽と服を脱ぎ、体を拭いて、ぱっと光魔法で浄化する。潮風と波しぶきでベタベタだった身体がさっぱりすると、途端に眠気が襲ってきた。当たり前だ。こんなに魔力を使ったのだもの。


 乾いた服に着替えると、ふらふらとベッドにもぐる。本当は、避難している人たちにもう少し何かしてあげたかったけど。


 これ以上、何も被害がなく嵐が過ぎますように。


 嵐の音を聞きながらそう願って、私は重たい瞼を閉じた。

早速いいねブクマご評価してくださった方、ありがとうございます!!

めちゃくちゃ嬉しいです。

引き続きじゃんじゃん投稿します!

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