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2-9 茶会

「先日は本当に慌てましたわ……」


 美しい庭園にあるガセボで、静かに紅茶のカップを置いたオリビア様が疲れたようにそう呟いた。


 ハイラス元老院議員やイザーク殿下に会ったあの日から、数日経った今日。私はオリビア様のお屋敷でお茶をご馳走になっていた。


「でもいいじゃない!クロヴィス殿下とイザーク殿下がアーシェさんを取り合う姿……私も見たかったですわ!」


「まさかクロヴィス殿下がそんな情熱的なことをなさるなんて……」


 グレース様とエミリー様がキラキラとした目で私の方を見ている。


「やめてください……そんなのじゃないですから」


「えぇ?そんなんじゃないって?じゃあ何かしら」


「むずかしいですわ。『そんなの』以外に理由が全くわからないですし」


「そういえば『そんなの』って何でしたっけ?」


「うふふ、何かしらアーシェさん?」


 グレース様は派手な扇を広げてニヤニヤと笑った。そんなのとは……それは……となんて返して良いか分からず赤くなって口ごもる。


 そんな私をオリビア様はじーっと見た。


「アーシェさん……あなた、そんな強気な雰囲気なのに照れ屋さんなのね」


「やめてください……」


「うふふ、ごめんなさいね。可愛らしかったものだからつい」


「オリビアが真っ赤に照れるのも私好きよ?」


「ぐっ……やめなさいグレース」


 今度はオリビア様が真っ赤になって扇で顔をパタパタ仰ぐ。うふふふと笑うグレース様はご機嫌だ。


「それにしてもグレース……今日すごく素敵じゃない」


「そうでしょう?」


 そう言うとグレース様は胸を張った。ゴールドの大人っぽいドレスがお日様の下できらりと輝く。


「わたくし、こんな体系でしょう?美人でもないし、とにかく迫力で勝負しないとすぐに負けると思っていて。だからとにかく流行りを追いかけていたのだけど……自分に合う服を着るとこんなに気持ちの良いものだとは思わなかったわ!」


 ふくよかなマシュマロのような体つきのグレース様は、色白で滑らかな肌がとても綺麗だ。その美しい肌と馴染むあたたかみのあるゴールドの生地がとても似合っている。


 そんなグレース様の言葉に頷いたエミリー様は、少しきつめの顔を嬉しそうに綻ばせた。


「わかるわ……自分に合うものって素晴らしいわよね。私は靴を変えただけだけれど、全てのものに優しくなれたような気がするわ」


「今日のエミリーは言葉も顔も癒やし系ね!普段は常に怒ってそうな雰囲気なのに」


「はっきり言うわねグレース」


「うふふふ、ごめんあそばせ?」


 キャッキャと笑う二人はとても嬉しそうだった。それを見て私もほっこりして、幸せな気持ちでお茶を口に運ぶ。


「ちょっとアーシェさん、もう少し偉そうにしたら?」


「えっどういうことですか?」


「全部あなたのアドバイスのお蔭なんだから」


「そんなの……」


 紅茶のカップをそっと置いてから、三人を見回した。


「元から三人共魅力的だからですよ」


「いやいや、だから、」


「だってオリビア様は気高くて照れ屋で、実は人情に厚くて可愛らしいですし」


 オリビア様がピタリと止まった。それを横目にグレース様とエミリー様の方を見る。


「グレース様は勢いがあって明るくて、太陽のようで私まで元気になりますし。エミリー様は繊細で頑張り屋で、みんなのことを良く見ていますよね。三人がこうして仲がいいのは、きっとそういうことなんだろうなって」


 本当は、少し羨ましかったのだ。トルメアでは、筆頭聖女になってから、多くの人とは友人のように付き合ってこれなかったから。


「だから、今日は誘って頂いて嬉しかったんです。一緒にお買い物してお茶をするって、本当に仲間に入れてもらったみたいで」


 そう言ってから、少し恥ずかしくなって俯いた。誤魔化すようにもう一口紅茶を飲んでから顔を上げると、グレース様とエミリー様がはぽかんと私の方を見ていた。


「…………何でしょう?」


「いや……いいのよ。クロヴィス殿下が夢中になるのもわかるなって身に沁みていただけだから」


「え?」


「私達が仲がいいのは、正直言って輪から弾き出された者同士だったのだけど。アーシェさんがそう言ってくれると、嬉しいわ」


「輪から……ですか?」


「いいのいいの、大丈夫よ。細かいことはいいわ。とにかく、あなたは噂や見た目だけで人を判断しない素敵な人だってことよ」


 くっくと笑ったグレース様は、隣に座るオリビア様を見てニヤリと笑った。


「あらやだ、見て。オリビアが真っ赤になって照れてるわ」


「かわいい〜!」


「おやめなさいあなたたち!はしたないでしょう!?」


「うふふふふ」


 オリビア様は真っ赤になって扇の中に隠れてしまった。


「楽しそうだね、オリビア。何をそんなに照れてるの?」


「――っ!?リチャード!?」


 オリビア様が素っ頓狂な声を上げて扇の中から出てきた。それからまた真っ赤に戻ってリチャード様からぷいっと顔を背ける。


「ち、ちょっと世間話をしていただけですわ!」


「ふうん?それでそんなに真っ赤になるの?」


「っ、な、なんでもありません!」


「ふふ、ほんとかなぁ。後で教えてね、アーシェ嬢」


 リチャード様はオリビア様に優しく微笑みながら、その隣りに座った。ポンポンと頭を撫でるその仕草が甘くてこっちまで照れてしまう。視線を外してエミリー様とグレース様を見ると、エミリー様はぽっと頬を赤らめて同じように明後日の方向を見ていて、グレース様は盛大にニヤついていた。


「でも、突然どうしたのですか?今日はご訪問の予定は無かったと思うのですが……」


「あぁ……アーシェ嬢が来ていると聞いたからね。この間のことについて話したくて」


 そう言うとリチャード様は顔を曇らせた。


 何かある。そう思いながら視線で続きを促した。リチャード様はメイドが持ってきた紅茶を一口飲むと、難しい表情で顔を上げた。


「アーシェ嬢、君はもうハイラス元老院議員に目をつけられてるんだね」


「えぇ……むしろ帝国に来てすぐに、トルメアを追われたお尋ね者の聖女だろうと拒否感を露わにされました」


「そうか……」


 リチャード様はそれを聞いてより顔を曇らせた。


「アーシェ嬢、君も知っている通り、ハイラス元老院議員は反皇太子派だ。恐らくこの先も君の弱みにつけ込んでクロヴィス殿下に反発してくると思う」


「そうですね……」


「それから……ここだけの話だが、ハイラス元老院議員には、後ろ暗い噂がある」


 その言葉に、ぴり、と緊張が走った。オリビア様が少し眉をひそめて使用人たちを下がらせる。静かになったガセボで、周囲を確認したリチャード様は声量を落として静かに言った。


「――皇太子の呪いだなんて、そんな噂おかしいと思わないか」


 その言葉に、ひっとエミリー様が息を呑んだ。グレース様が心配そうにエミリー様の肩に手を置く。それを気遣いつつ静かに話の続きを待つ私に、リチャード様は少し頷いてその先を続けた。


「証拠は無い。でも、調査をしている宮廷騎士団の中では、クロヴィス殿下を失墜させようとする反皇太子派の仕業じゃないかと言われている」


「反皇太子派……」


「皇太子と親身な関係にあった者が原因不明の病に――つまり、皇太子の呪いにかかっている。裏を返せばそれは、皇太子の勢力を落とすことにもつながる。被害を受けなくても、クロヴィス殿下から距離を取るには十分な理由になる」


「確かに、それはそうね」


 オリビア様が扇の向こうで顔をしかめた。


「でも、反皇太子派はハイラス元老院議員だけではないでしょう?大きな声では言えないけれど、クロヴィス殿下以外で王位に近お方には、クロヴィス殿下の姉君の生まれたばかりのご長男と、叔父にあたるイザーク殿下よね。そちらも考慮が必要ではないの?」


「うーん……クロヴィス殿下と姉君は仲が良いし、イザーク殿下はあまり権力に興味を持ってないからなぁ」


「イザーク殿下は人生を謳歌してらっしゃるタイプですからね」


 グレース様が面白くなさそうな顔でそう言った。この国に来てから、イザーク殿下はニコニコとしてあちこちフラフラ遊び歩いているとよく聞く。なるほどなぁと頷いてから、もう一度リチャード様の様子を見た。


 リチャード様はもう一度紅茶を飲むと、真面目な顔になった。


「どちらにしろ、ハイラス元老院議員は君を利用してクロヴィス殿下を失脚させようとすると思う。どんな手を使ってくるのかは分からないが……オリビアとこうして仲良くなってくれたんだ。俺も最大限に協力するよ」


「ありがとうございます、リチャード様」


 差し出された手を握って握手を交わす。リチャード様は騎士団長らしい爽やかな笑顔で頷いた。


 それから程なくして、お茶会はお開きになった。オリビア様に見送られ、上品な茶菓子の手土産を手に帰りの馬車に揺られる。カタカタと揺れる馬車の窓から、大きな宮殿が見えてきた。


「――ねぇ、メリッサ」


「はい」


 ずっと近くに控えていたメリッサに声を掛ける。メリッサは変わらない表情で私の方に顔を向けた。


「ハイラス元老院議員は今宮殿の中にいるのかしら」


「はい。今日は元老院議会の開催日です。恐らく本宮殿の中にいらっしゃるはずです」


「そう……できれはその近くをうろついてハイラス元老院議員に偶然出会いたいのだけど、どこがいいかしら」


 メリッサは一瞬固まったあと、すぐにきっちりと返事をした。


「それでしたら、中央図書室ですね。そこでしたら周りが全て会議室に繋がっているので、かなり多くの要人とすれ違うはずです」


「ありがとう。このまま真っ直ぐにそこへ連れて行ってくれる?」


 メリッサはそう言った私のことをじっと見ると、ほんの少し口角を上げた。


「畏まりました」


「ありがとう。それで、どうして笑ってるの?」


「さすがアーシェ様だなと」


「……お兄様には怒られたけどね」


 気になることがあるならさっさと突っ込んで行って確認しよう。私は思いの外せっかちだった。


「お供致しますアーシェ様。私達は『囮』ですものね」


「まぁ、頼もしい」


 メリッサのほうに上品に笑いかけると、メリッサも仄かに笑ったようだった。


 水面下で、私やクロヴィスを引きずり下ろそうとする何かが蠢き始めたのを感じる。なら、尻尾を掴むのなら今だ。こちらも動いて、捕まえに行こう。


 私は、一つ心を落ち着かせるように呼吸をしてから、窓の外に見える大きな宮殿を見上げた。


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