2-8 花と闇
クロヴィス視点です。
「お前よくこれで我慢してるな」
深夜の執務室。報告を受けて黙って頷く俺に、ケビンは怪訝な様子でそう問いかけた。
アーシェの食事に毒が盛られ、毒見をしたメリッサが倒れた。皇太子の周囲ではよくあること。アーシェも俺も、それは覚悟済みだった。
それでも、アーシェを危険に晒しているのは変わらない。いや、むしろ俺よりもずっと不安定な立場のアーシェの身の回りでいろいろなことが起こるのは、至極当然のことだった。
「……なぁ。影にきっちり護衛はつけてるけどよ……なんでアーシェちゃんの周りの目に付く警備がほぼメリッサだけなわけ?」
「見えないところで精鋭の護衛をつけてるだろ。現に何人も排除している」
「そりゃあそうだけどさ。あの影の護衛達はそれなりに距離取って隠れてるし、今のところ捕らえたのもザコばっかりだ。大体味方のフリして近づいてくるやつに対しては若干手薄だろ?今日はローラもいたけどローラはほぼ探知型でずっといるわけじゃないし、メリッサは近距離攻撃しかできないし。そりゃあガチガチに固めてたら囮で釣れるもんも釣れなくなるけど、お前にしちゃあ随分思い切った…………」
そう言ったところで、ケビンがハッと顔を上げた。
「………………お前、何隠してる」
「何も?」
探るようにこちらを見ているケビンに飄々とした態度でそう答える。
「船の中でアーシェと何度も話し合ってたの、ケビンも見てるだろ?囮作戦は俺もアーシェも合意の上だ。少なくとも島にいた時よりずっと厳重だし、何かあったらすぐに知らせが来る体制だ。俺の魔力結晶も持ってるし、大体アーシェ自身が最上位の光魔法の使い手で、島にいたときよりもずっと警戒心を持っている。囮とはいっても影に俺直属の護衛もつけてるし、酷く危険ってわけでもない」
「まぁ、そうだけど……」
ケビンはじぃーっと俺を見た。
「なーんか怪しいんだよな」
「何がだよ」
「お前、どっちかっていうと、やり過ぎぐらいにアーシェちゃんを守りたがるほうじゃん?」
その言葉を受けて、ちらっとケビンの方を見た。疑い過ぎだと肩を竦める。
「俺はむしろこの状態が長く続くほうが危ないと思ってる。アーシェも同じだ。だから、さっさと俺を船ごと暗殺しようとしたやつを釣り上げて排除したい。攻撃は最大の防御だって言うだろ?」
「うーん……それはそうかもだけど」
ケビンは深い疑いの目で俺を見つめた。
「…………お前にしちゃ説明が長くて逆に怪しい」
「…………」
ケビンは俺にじっとしとした疑いの目を向けた。
「それに変な話聞いたんだよな〜」
「……なんだよ」
「お前が、妙に早起きで勝手に支度済ませてるとか、湯浴みを一人でしたがるとか」
「あぁそれ。ただ離島の生活が抜けないだけだよ」
「ふーーーん」
ケビンは執務机を回り込み、俺のすぐ横にやってきた。トンッと机に手をついたケビンは、俺に顔を近づけた。
「…………なぁ」
「なんだよ」
「脱げよ」
「は?」
「お前なんか服の下に隠してんだろ」
「隠してない。あと気持ち悪いからやめろ」
「いいからいいから」
ニヤニヤしながらケビンが伸ばす手をゾッとしながらぺしっとはたき落とした。
「ひどいっクロヴィス様っ」
「いや、だから気持ち悪――」
カタン、と音がしてその方向へ顔を向ける。
ジョセフが驚愕の表情で、大きな手で口を覆っていた。
「……ジョセフ?」
「――っ、み、見て、ません」
「いや、ちょっと待て」
「俺は見ていません!!!」
「本当にやめてくれ」
最悪だ。天井を仰ぐ俺を、ケビンはけけけっと意地の悪い顔で笑い飛ばすと、ジョセフに言った。
「なぁジョセフ。こんな不本意な誤解生むぐらいなら、さっさと見せたほうがいいと思わない?」
「なにが、ですか」
「胸元だよ。クロヴィスの」
「ム、ムナモト!?」
「だからふざけるなってケビン」
「――ふざけてんのはお前だろ」
ケビンは笑みを消して真顔になった。
「見せろよ」
「…………」
無言でケビンを見返す。でも、その表情にもう誤魔化しきれないなと、重く息を吐き出した。
ぷちん、と胸元のボタンを外してマグノリアの花の印を二人に見せた。途端に、二人の目が丸くなる。
「お前……本気でやりやがったのか。ほんと、思い切ったことするよな」
「別に、遅いか早いかの違いだろ」
「いや、だってまだ調査完了してないだろ?アーシェちゃんなら大丈夫だと思うけど、万が一ってこともあるし……」
「アーシェ以外と印を交わすつもりはないからいいんだよ」
そう言うと、ケビンは驚きと呆れが入り混じった顔になった。
「ほんと……振り切り方が激しいよなお前。秘術が失敗してたらどうするつもりだったんだよ。まぁ……そんだけ立派に咲いてたら何も言えねぇけど」
その言葉を聞いて思わずニヤける。今日もマグノリアの花は美しく花開いていた。
「クロヴィス……その顔やめてもらっていい?むかつく」
「お前も恋人つくったら?」
「クソ皇子」
「ははっ」
思わず笑い声を上げてしまった。すぐ横にはケビンの呆れた顔。そして、その向こう側には、半泣きのジョセフがいた。
「えっジョセフ……?」
「――っ、良かったです、クロヴィス様……」
ジョセフはそのいかつい顔を歪め、目にいっぱいの涙をためた。
「離島じゃなくても……ここでも、クロヴィス様の幸せそうな顔が、見れ、ました……っ!」
「ジョセフ……」
「っ、私はっ……!クロヴィス様も、アーシェ様も、守り抜きます……!!」
ぐいっと乱暴に涙を拭いたジョセフは、酷く歪めた顔でそう言った。その姿を有り難く思いながら、礼を言う。
「ありがとう、ジョセフ」
「俺には?クロヴィス」
「ん?あぁ、ありがと、ケビン」
「軽くね?ほんと……心配かけさせんなよ」
ケビンの笑い方は軽かったけれど。それでも、本当に心配をかけたことが分かって、素直に謝る。
「……ごめん」
「ふん、お詫びの品は俺のことが大好きな美女ね」
「…………どこにいるの?」
「酷くね?」
深夜の執務室にカラカラと軽い笑いが満ちた。
外は、新月の闇。ランプに照らされた執務室が、やけにくっきりと浮かび上がるようだった。その何も無い窓の外を何気なく眺めながら、一息ついて問いかけた。
「……それで、どうなったの?」
「…………毒を盛った実行犯ですが、」
また静かな表情に戻ったジョセフの声は、いつもよりも硬い響きだった。
「――実行犯は、城の地下の倉庫で死んでいました。致死性の高い毒で、即死です」
「……本当は、殺せたっていうことだね」
そう静かに答えると、ケビンが難しい顔をした。
「…………つまり、アーシェ嬢を狙ったのは、暗殺じゃなくて揺さぶりってこと?」
「…………」
真夜中の静けさが部屋を覆う。
殺すつもりのない毒。島の近くで難破した船。殺したいようで、殺したくない。酷く傷つけようとする意図を感じるのに、傷つけきれずに、中途半端にどろりとまとわりつく殺意。不明瞭な目的が、ヘドロのように足元に溜まっていく。
「どうする、クロヴィス」
「……やることは変わらない」
胸元に気高く咲き誇るマグノリアの花に手を這わせ、見えない敵を射抜くように顔を上げた。
「俺は下衆な奴らを放ってくほど甘くはない」
ざわりと空気が揺れる。
墨の中にいるような夜の闇に、誰かの足音が聞こえた気がした。
後半戦、不穏なことばっかりです。
「ちょっと!?クロヴィスさん、早く解決して甘々な話増やしてよ!?」と不安さが加速した甘党なあなたも、
「わかったぜ!犯人は!おまえだ!!!」と名推理が炸裂しているあなたも、
残り20話!引き続きお付き合いくださると嬉しいです!
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読んでいただいてありがとうございました!
また遊びに来てください!




