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2-5 悪役令嬢

誤字報告ありがとうございました!

「治った……!!」


「光魔法で保護しただけなので、完全に治るまでは消化にいいものを食べてくださいね」


 王宮騎士団の診療所。この日、早速宮廷騎士団を訪れた私は、具合の悪い騎士達を光魔法で治療していた。しばらく胃の調子が悪かったという騎士のトーマス様は、嬉しそうに胃を擦った。


 光魔法の使い手は、祖国トルメアでもかなり少ない。適正のある血筋が少ない帝国では、光魔法の使い手はいないに等しかった。


「俺もこんな怪我をして、しばらく左手は使えないと思ってたんだよ。治療してくれてありがとう、アーシェ嬢」


 隣りにいた騎士のリチャード様が、嬉しそうに治療した腕を持ち上げる。今朝ちょうど怪我をしてしまったというリチャード様は、宮廷騎士団の騎士団長様だ。


「私はただ傷口をくっつけただけですわ。これから完全に治癒させるのはご自身の身体の力ですから。しばらく不自由だと思いますが、頑張って下さいね」


「もちろんだよ、ありがとう。アーシェ嬢は優しいね」


「勤めですから」


 優しく目を細めるリチャード様ににこやかに答える。リチャード様はまた経過を診て欲しいと言って、治療を終えた騎士たちをぞろぞろと連れて訓練に戻っていった。


 ターゲットが私に接近してくるように、光魔法をどんどん使って目立っていこうと治療をしているけれど。それでも、こうして感謝されるのは、単純に嬉しかった。


 トルメア王宮を守る光の壁。治療に奔走する若い聖女達。それらを守り育ててきた私は、結局のところ、こうして光魔法を使うのが好きなんだろう。


 帝国でも役に立てることがあって良かった。すこしホッとしながら、次々とやってくる騎士を治療していく。


「クロヴィス殿下ばかりか、宮廷騎士団まで誘惑してるのかしら」


 その声に振り向くと、金の縦巻きロールのお嬢様と、波打つ赤毛の細身のお嬢様、更に派手なフリフリのドレスを着たダイナマイトボディのお嬢様がこちらを睨みつけていた。まるで絵に書いたような出で立ちに神がかった意図を感じつつも、さっと立ち上がって頭を下げる。


「オリビア様、エミリー様、グレース様、はじめまして。トルメア国より参りましたアーシェ・フェルメンデと申します。本日は治癒の任を果たすため参りました」


 そう言って挨拶をすると、三人はギョッとした顔になった。恐らく私が名前を知っているのに驚いたのだろう。もちろんこの帝国の貴族の顔と名前を全て覚えることはできなかったけど、宮廷に出入りしている令嬢の顔と名前は全て把握済みだ。だって明らかに絡まれる未来が見えていたのだもの。


 想定通りのトラブルに見舞われて心の中で苦笑いをする。とにかく、穏便に済まそう。私は努めて無害な笑顔を振りまきながら顔を上げた。


「オリビア様、先ほどオリビア様のご婚約者のリチャード様を治療しましたが、怪我の調子がよくなったと喜んでらっしゃいました。これでオリビア様が好きな乗馬に一緒に行けると、とても喜んでらっしゃいましたよ」


「なっ……」


 オリビア様はとたんに真っ赤になった。そうか、結構気にしてたんだな。そう微笑ましく眺めていた時に気が付いた。エミリー様が、変わらず難しい顔をしている。もしかして――


「あの、エミリー様……良かったら足を診させてもらえませんか?」


「え?」


「今お痛みありますよね?」


 椅子に座ってもらって靴を脱いでもらう。左の足には靴擦れ。それから、足の形が悪かった。


「ここ、お痛みありませんか」


「――っ、なんでわかるの!?」


 エミリー様の両足の親指が付け根から内側に傾いていた。この出っ張り具合だと結構痛いんじゃないだろうか。


 靴擦れを軟膏と光魔法で保護し、親指の形に矯正をかける。でも、これだけでは足りないだろう。


「エミリー様、この親指の痛みは靴の形に気を付けねばなりません」


「靴の形……?」


「はい、先細りでかかとの高い靴は確かに見た目が美しいのですが、足にはかなり負担のある形です。エミリー様の場合は、もう少し足に合った靴がいいと思います」


「でも、この形が今の流行りでしょう?」


 可愛らしい靴を履くために頑張っていたようだけど、きっと本当に辛かったのだろう。少ししゅんとしてしまった年頃のご年齢のエミリー様は、可愛らしいかかとの高い靴を見て眉尻を下げた。


 その気持はわかる。きっと可愛らしい自分でいたいのだろう。


「エミリー様、これは私の個人的なおすすめですが、足のお痛みにも気を使った靴のほうがただ流行を追い求めるよりも美しくいられるのではないですか?」


「どういうこと?」


「足が痛いと歩き方もおかしくなりますし、痛みを我慢していると辛い表情になるでしょう?治療して足の痛みが和らいだエミリー様は、今は和らいだ癒やしのある表情になりましたわ」


 エミリー様の手を取りにこりと微笑むと、エミリー様はぽっと頬を赤らめた。先程までツンとしていたが、ずいぶん可愛らしい方のようだ。微笑ましく思いながら話を続ける。


「靴の選び方ですが、少し足先にゆとりがあるものが良いはずです。オーダーメイドの靴もいいかもしれませんね。帝国には優れた靴屋がたくさんありますので、よかったら……」


「ねぇあなた」


 突然目の前が沢山のフリルでいっぱいになった。顔を上げるとグレース様の迫力のあるお顔が間近に迫っていた。


「この後お時間あるかしら?」



 小一時間後。私は帝都の靴屋にいた。三人はとても楽しそうにオーダーメイドの靴を作っている。店主へいろいろと説明し終えて、怒涛の時間が少し落ち着いた私は、ほっと一息ついて椅子に腰掛けた。


「アーシェ様はご自分のスタイルをお持ちですね」


 そばに控えていたメリッサがぽつりとそう呟いた。変わらず硬い無表情だけど、少しは打ち解けてくれたのだろうか。


「そうなのかな。でも、確かに自分のやりたいようにはしてるのかも。だから、気が強い女だって嫌がられちゃったけどね」


「トルメア第二王子ですね」


「あら、良く知ってるのね」


「アーシェ様についての資料に書いてありました」


 メリッサを見上げる。メリッサは、無表情で私を見下ろすと、視線を靴作りしている三人の方へ向けた。


「……お気を悪くしたらすみません。クロヴィス殿下に近い方は全て調査することになっていますから」


「そうよね……」


 ほう、とため息を付く。偉そうな事を言っておいて、格好悪いなと苦笑いをした。婚約破棄の件はクロヴィスには言っていなかったけど、きっともう知ってるんだろうな。


「そういえば、ローラちゃんは?」


「…………あちらです」


 振り返ると、店の外で物凄く仏頂面をしていた。あまりの徹底ぶりにさらに苦笑いが深まる。


「本当に嫌われちゃったわね。付き合わせてしまって申し訳ないわ」


「いえ……ローラ様はかなり強力な探知型の魔法使いですので、あちらで広範囲に護衛をなさっているはずです」


「そうなの?」


「はい。ローラ様の魔法のスタイルだと小回りの効く護衛には向かないので、屋内や護衛する本人の近くにはあまり向かないと思います。……性格は基本馴れ合わない性格なのであんな感じですが、根は可愛らしい方ですよ」


「そうなのね」


 とてもわかり易い説明だった。気持もスッキリして、嬉しくなってメリッサに笑いかける。


「ありがとう、メリッサ。お陰で気にしていたことが一つ解決したわ。一緒にいてくれて心強いわ」


「――っ、いえ……その、逆に私は護衛対象近くでの接近戦しかできませんし……」


「メリッサは接近戦タイプなのね。とにかく、近くにいてくれて助かるわ。私は攻撃は殆どできないし、この国のこともまだ良く分かっていないから」


 そう言って苦笑いすると、メリッサほんのり動きを止めた。若干驚いているのだろうか。メリッサは、一拍置いて静かに答えを返した。


「サポートする隙もないほどしっかりしてらっしゃいますが……」


「そんなことないわ。案外抜けてるのよ。すぐ色んなことに突っ込んでいくから危なっかしいってお兄様には言われていたわ。だからメリッサが近くにいてくれるだけですごく安心するのよ」


 そう言って微笑むと、メリッサはほんのり目を開いた。あまり表情は変わらないものの、驚いたようだった。


「……安心する、ですか」


「え?えぇ……だめだった?」


「いえ……」


 ふい、とメリッサは視線を外した。


「…………言われたことがなかったので」


「そう?しっかりしてるし、安心感あるけど」


「……ありがとうございま「アーシェさん!!!」


 大きな声に驚いてそちらに顔を向けると、やっぱりフリルだらけのドレスが目に入った。グレース様が興奮したように息荒く私に迫ってくる。


「靴のオーダーは完璧よ。さぁ、次はドレスショップよ!」


「えっ、ドレスもですか?」


「当然じゃない!」


 そうして勢いに引き摺られるようにやってきたのは帝国でも高級な部類の服飾店だった。ドキドキしながら門をくぐる。


「で!?あたくしたちが美しくなるなら、何を考えてドレスを選べばいいのかしら!?」


「わ、私が選ぶのですか?」


「もちろんよ!」


 グレース様が鼻息荒く私の手を握る。


「靴と同じように、きっと流行以外にも考慮すべき点があるのよね?」


「え、えぇ……なるほど、わかりました」


 そういう事が知りたかったのか。私は取り急ぎ近くにあったドレスを二着手に取った。


「例えば……これはどちらを選びますか?」


 胸元からふんだんにフリルが使われたドレスと、少し控えめなフリルのドレス。同じような色のそれをグレイス様に見せる。グレイス様はぱっと顔を明るくして大量のフリルが付いたドレスを指差した。


「これなら、今流行のフリルよね!?」


「なるほど……そうですね、確かに今この国ではフリルが流行っています」


 そう肯定してからグレイス様を鏡の前へ連れて行き、手にした二着のドレスをかわるがわるグレイス様にあてがった。


「ただ、胸元から全てにこのような大きなフリルをあてがうと……体がずいぶん大きく見えませんか?」


「確かに……」


「一見、胸にフリルがあるドレスのほうが可愛らしくみえるのですが、それが『私達を美しく見せるか』はよく検討しなければいけません。私達はドレスを美しく見せるためのマネキンではなくて、ドレスによって美しくされる令嬢であるべきでしょう?」


「ドレスじゃなくて……!自分を……!美しく、魅せる……!!!」


 グレース様がカッと目を見開いた。少し圧を感じてたじろぎつつも、落ち着いて別の一着をグレイス様にあてがった。


「ご自分の肌の色や骨格に合わせて、美しく見えるものを選ぶと良いと思います。例えばこちらはどうですか?」


「着てみるわ!!!」


 顔を輝かせたグレイス様はドレスをひっつかむと試着室の方へ消えていった。


「あの……」


 振り返ると神妙な顔をしたエミリー様がいた。エミリー様は少し言い淀んでからきゅっと手を握ると必死な様子で私に言った。


「あ、ありがとう、アーシェさん。足、本当に痛かったのよ。さっきオーダーメイドする時に一緒に買った出来合いの靴を履いてきたけれど、形を選んだからかあまり痛くないわ。思っていたより可愛いし。それに、これなら皆に優しくなれそう」


「それは良かったです」


「……わたくしたちに助言ができる者はあまり多くないですからね」


 その後ろからオリビア様がポツリとそう言った。


「わたくしたちは帝国の中でもかなり上位の貴族の娘。その辺の令嬢が安易に意見をできるような立場ではないわ。その分見逃している事も多いのでしょうね」


 はぁ、とため息を吐いたオリビア様はクルクルの縦巻きロールを揺らして私に軽く頭を下げた。


「先程は嫌な態度を取ってごめんなさいね、アーシェさん」


 まさか頭を下げられるとわ思わず、慌ててオリビア様に頭を上げてもらう。


「とんでもありません、むしろ当然です。どこぞの国の令嬢がひょっこり皇太子殿下に付いてきたんですから、調子に乗ってんなと思うのが普通です」


「あなた結構ズバッと言うのね」


「ごめんなさい、性格です」


「ふふ、いいの、悪くないわ」


 オリビア様はにこりと若干悪い笑みを浮かべた。


「なら正直に言うわ。あのクロヴィス殿下が属国の良くわからない令嬢を寵愛なさってるだなんて、何かの間違いな気がしたのよ。何かの情けや、仕方ない事情でもあるんじゃないかしらって。だから、それに甘えてる女ならちょっと試してやろうと思ったのよ。……でも、違ったわ。きっと寵愛も真実なのでしょうね。クロヴィス殿下が惹かれるのも分かるわ」


「オリビア様……」


「勘違いしないで。これはわたくしの美学よ」


 そう言うとオリビア様はビシッと扇を私に突きつけた。


「ということであなた、わたくしの取り巻きになりなさいな」


「はっ!?」


「アーシェ様、お友達になってねって言う意味ですよ。オリビア様は素直じゃないので」


「お黙りエミリー」


 エミリー様にからかわれたオリビア様は、真っ赤になってぷるぷるとしながら扇をひろげてその影に顔を隠してしまった。


 かわいい。ツンとした血統書付きの猫みたいだ。思わずにやけて見つめていると、おやめなさいと怒られてしまった。


 その時、カランと店の扉が開いた。振り返ると、青白い顔をしたマダムが付き人と共に店に足を踏み入れたところだった。


 マダムは付き人に促されながら生気の無い様子でふらふらと店の奥へ入っていく。


「……あの方は?」


「ロマネリコ家の奥様ね。あなたはもう知ってそうだけど、ロマネリコ卿はこの国で一、二を争う権力者よ。そして夫婦仲が良いことでかなり有名なのだけど……そのロマネリコ卿が、倒れられて」


「ご病気ですか?」


 そう問いかけると、オリビア様も、黙って聞いていたエミリー様も何か言い辛そうに口を閉じた。二人はちら、と意味深に目配せをしてから、軽く頷いて私に身を寄せた。オリビア様が難しい顔で扇で口元を多いながら私の耳に顔を寄せる。


「……気を悪くせずに聞いて欲しいのだけど。ロマネリコ卿は流行りの奇病にかかってらっしゃるようなの」


「流行りの奇病?」


 それで何故気を悪くするのかと首を傾げると、オリビア様は一拍置いて静かに言った。


「眠ったまま、起きないのよ。……死んだ皇太子の呪いだと言われていたわ」


「は……?」


「そんな中クロヴィス殿下が生きて帰ってきたから、より混乱を極めているわね」


 疑問だらけの顔でオリビア様をまじまじと見つめる。オリビア様は少し申し訳無さそうな顔になった。


「分かってるわよ、下らない盲信だって。それでも、原因のわからない奇病にどうしても怪しい噂が独り歩きするのよ。ちょうどクロヴィス殿下が海に出たまま行方不明になった頃から蔓延し始めたしね……」


 病気の蔓延や異常天候が続くと、根拠のないまじないや噂が生まれたりする。それは、帝国に関わらず、よくある事だった。それは理解できる。


 ――でも、おかしい。何故、ちょうどいいタイミングで奇病が発生し、そして都合よくクロヴィスに関わる噂になるのか。


「……ロマネリコ卿を診させてもらうことってできますか?」


 そう告げると、目が合ったオリビア様はニヤリと笑った。


「ふふ、あなたならそういうと思ったわ。いいわ、任せておいて」


 悪い笑みを浮かべながら腕を組むオリビア様は、まるで演劇に出てくる悪役のようだった。

 

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