2-4 護衛
「おはようございます」
爽やかな朝。目を開けると、そこには若い、でもとてつもなく無表情なメイドがいた。肩で揃えられた群青の髪が、きちんと着こなされたメイド服の上で行儀よく揺れている。
「クロヴィス殿下よりご指示を頂き、アーシェ様の専属護衛兼メイドとなりましたメリッサでございます。宜しくお願い致します」
「よ、宜しくメリッサ……」
メリッサは無表情なまま頷いた。
「早速ですが朝食をどうぞ」
見ると、完璧に朝食が準備されていた。テーブルにつくと、すかさず香り高い紅茶がティーカップに注がれる。パンはこんがりと焼けて温かく、ベーコンはカリッと、目玉焼きはトロッとしていて、添えられたサラダが瑞々しく朝日を跳ね返している。パンを手に取ると湯気の上がる熱々のスープが差し出された。
「ありがとう。すごい、完璧ね」
「お褒め頂き光栄で御座います」
メリッサは無表情で完璧な礼をした。心なしか、その表情は硬い。気になりつつも、静かに朝食を終えて、ちらりとメリッサの様子をうかがう。
「えぇと……メリッサ?私はただの属国の令嬢だから、ここまで畏まらなくてもいいのよ?」
「そういう訳には参りません。クロヴィス殿下よりアーシェ様は大切な客人だと直接伺っております」
「そう……ありがとう」
「いえ…………加減がわからず、申し訳ございません」
そうしてメリッサは深々と頭を下げた。不思議に思って首を傾げていると、ニコニコ顔のカーラがお召し替えの時間ですよ、とやってきた。三人でクローゼットへ向かう。
ばん!とクローゼットの扉を開け放ったメリッサは、キッと私の方を振り返った。
「アーシェ様はどのようなドレスがお好みですか?」
「そうね……この国の今の流行はどんな感じなの?」
そう問いかけると、メリッサはサッと複数のドレスを手に取った。
「こちらのような、スカートにフリルを流れるようにあしらったアシンメトリーのドレスが最も流行しています。ただ、ここ一ヶ月ほどは透ける素材を幾重にも重ねてふんわりさせたタイプも流行ってきています」
「色合いは花のように軽やかな黄色や水色をお召になる方が多いかもしれませんね。ここにあるものは既製品ですが、どれも皇家御用達の最高級のものですよ」
追加でカーラさんがニコニコと説明してくれた。皇家御用達の最高級のドレス……二十着ほどのドレスを前に苦笑いをする。
「どこかでクロヴィス殿下にお礼をしないといけないわね。よし……今日はこれにしようかな」
手に取ったのは控えめなフリルが入った紺色のドレス。一応アシンメトリーだし、大きく流行からは外れていないだろうと鏡の前で身体にあてがう。
「シンプルなものを選ばれるのですね?」
「私は綺麗なドレスじゃなくて、ちょっとでも私を綺麗に見せてくれるドレスを選ぶことにしてるのよ」
靴はあったもの全てに足を入れ、最もしっくりときた歩きやすく品の良いものを選んだ。髪をまとめて、肌に馴染む細長いイヤリングだけを付ける。外すなと言われたネックレスは、目立たないようにドレスの下に入れた。
「まぁ!シンプルですが、お似合いですね。なんていうか……上品というか、アーシェ様らしいというか」
「だって、これから魑魅魍魎がはびこる本宮殿に乗り込むんだもの」
背筋を伸ばして貴族らしい笑顔でニコリと微笑んだ。
「装いは武器であり知性だというのがフェルメンデ家の教えなの。己が何者なのかを一目で表せるものだもの。クロヴィス殿下が準備してくれた武器を存分に使って、目的を果たすのが私の使命」
貴族名簿も頭に入れた。最近の動きも数週間分の新聞で把握済みだ。これ以上の深い情報を得て怪しいやつをあぶり出すなら、あとは突っ込んでいくしか無い。
「アーシェ様……楽しそうですね」
「もちろんよ」
カーラににやりと笑う。もう引きこもり生活はおしまいだ。
「こういう時こそ楽しむのが私のスタイルよ」
別に華やかでおしゃれな美女ではないけれど。フェルメンデ家の、そしてトルメアの元筆頭聖女の名にかけて、無様な真似だけは見せまい。
――正直に言えば、緊張しているけれど。
私を逃がしてくれたお兄様や後輩たち。そして、ここまで連れてきてくれたケビンさんたちやクロヴィスのために、できる事は精一杯やろう。もう一度そう覚悟を決めながら、鏡の中の自分に喝を入れた。
私が聖女として目立った動きをすれば、きっと目的の人物が私の所に寄ってくる。帝国の何処かにいるはずのトルメア第一王子レオナルド殿下と、それを追いかけるお兄様。それから、宰相の手の者や、クロヴィスを貶めようとする者。
全部、一気に片付けてやるわ。
「おぉ、なんか強そ……今日も綺麗だね、アーシェちゃん」
「あれ、ケビンさん」
振り返るとケビンさんと、もう一人女の子がいた。どちらも宮廷魔法使いのローブを着ている。
「すごい、この格好だと一気に偉い人ね!」
「ふふふ、そうでしょう?俺実は偉いから」
にやにや笑ったケビンさんは威張ったように腕を組んでふんぞり返った。久々にふざけた様子のケビンさんを見て思わず吹き出す。そんな私の様子を見て、ケビンさんはほっとしたように笑った。
「元気そうで良かったよ、アーシェちゃん。紹介するね、俺の妹のローラ。同じ宮廷魔法使いなんだ。アーシェちゃんが出かける時とか、時々広範囲の護衛を担当するから。広範囲の護衛だからあまり近くにはいないけど、よろしくね」
「そうなのね!ありがとうございます、宜しくお願い致します、ローラ様」
ケビンさんとは気安い仲として関わっているけれど、流石に属国の令嬢が帝国の貴族令嬢に気安く話しかけたら駄目だろう。しっかりと丁寧に頭を下げる。
ケビンさんと同じくるくるの茶色い髪の毛を二つに結んだローラ様は、ムスッとした顔で私のことを見ていた。
「…………よろしく」
「ちょっとローラ」
「なによ、挨拶したじゃない」
ふんっという鼻息が聞こえそうなほどの仏頂面だ。おや、嫌われたかなとケビンさんの方を見ると、ケビンさんも困ったようにローラ様を見ていた。
「昨日ちゃんと説明したよね?」
「……仕事はちゃんとするわ」
「そういう問題じゃない」
「えぇと……ごめんなさい。ケビンさん、大丈夫よ。そりゃあ突然やってきたトルメアの、しかもお尋ね者の護衛なんてローラ様も嫌よね」
「いやそういう訳にいかないから……あと、ローラに様つけなくていいよ、アーシェちゃん。ローラとか、ローラちゃんって呼んであげて?護衛なのに様つけてたらおかしいでしょ」
「でも……」
「いいって言ってるでしょ。ローラって呼んで」
よりムスッとしてしまった。これは困ったと思いつつ、少し考えてからその可愛らしい魔法使いの顔を覗き込む。
「護衛ありがとう、ローラさん。とりあえずお仕事だし、いったんさん付けでいい?」
「いいわよ……仕事だから。でも可愛くないから『ちゃん』付けにして」
「ローラちゃん?」
結局ムスッとしたままだけど、納得してくれたようだった。ひとまず一歩進んだ事にホッとしつつ、にこりと笑みを浮かべる。
「ありがとう、ローラちゃん。お仕事が終わったらきちんと立場に応じた口調に変えるわ。嫌な思いさせて申し訳ないけど、宜しくね」
「……ローラ、返事」
「さっきよろしくって言った」
ぷいっとそっぽを向かれてしまった。ケビンさんの思いため息が聞こえる。雰囲気がヤバい。ここはちょっと空気を入れ替えるかと、息を吸い込んだ。
「よし!!!」
「うわっ!びっくりした、何アーシェちゃん」
「ふふ、ごめんなさいケビンさん。ここでモタモタしてても勿体ないなと思って。ね、そろそろ行ってもいい?」
「うん……そうだね。ごめんね、アーシェちゃん」
「いやいや、申し訳ないのは私の方だから……ということで、さっさとやること終わらせちゃいましょ!えぇと、メリッサもついてきてくれるの?」
「勿論で御座います」
背後を振り返ると、既に完璧に準備を整えたメリッサがいた。服装までメイド服ではなく黒っぽいシンプルなワンピースになっている。
「わっ、いつの間に着替えたのメリッサ」
「先を見て動くのが私の勤めです。お気になさらず」
「……準備できたなら行こ」
ぶすっとしたローラちゃんがスタスタと歩き始める。慌てて続く私と、真顔のメリッサをケビンさんが心配そうに見送ってくれた。
なんだか濃いキャラの人が揃ったな。私は変わった護衛たちの様子をうかがいつつ、久々に出る離宮の外の天気の良い空を、目を細めて見上げた。
ついに!専属護衛がつきましたよ!!!
「えっこんだけ?」と若干不安になった読者様も、
「きっと他にも対策が……」とクロヴィスさんに厚い信頼をおいてくださった稀有な御方も、
この先を見守ってくださると嬉しいです……!
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