2、銀翼竜の咆哮
そんなある日の出来事だった。
ライドが里にいつもの様に帰ると、里は炎に包まれ、女子供は殺され、晒され、その中で冒険者達が竜の肉を口にしていた。
竜の肉は、人族の間では高級で美味でステータスの向上にもってこいだと言われていた。
当然それは実績を伴った話だった。
「おぉ~ようやく本命が帰って来たぞ!」
「魔法部隊は早く位置につけ!」
「ほら! 何やってんだ、盾はいっそいで前に出ろよ」
「弓職は構えとけ~」
「回復職はちゃんとMP回復させとけよ~」
「いっくぞ~」
ライドは初めて見る人族が何を言ってるのか理解が出来なかった。
周りの竜達は怒り狂い咆哮と同時にそれぞれが《獣技》を発動させ人族に襲いかかる。が、その牙が爪が人族に届く前に魔法の集中砲火を浴びせられ弱った所を矢で射られ、大剣を携えた男の一振りにとどめをさされ無惨に血を撒き散らし地面に叩きつけられて行く。
魔法の集中砲火と矢の雨を掻い潜っても、大きな盾を持つ男に豪快に《獣技》を弾かれ大剣の餌食となる。
「お前達兄弟には助けられてばかりだったな……」
「エンライ? 隊長?」
「お前は生きろよ!」
そう言ってエンライはライドの肩を叩くと潔く人族に襲いかかるが、他の竜達と同様に大剣に散って行った。
「エンライ!」
ライドが溢れる涙を拭い叫んだ時には、全ての竜が朽ちていた。
「何なんこれ! マジで経験値ウハウハなんだけど!」
「マジヤバイ! マジでこれヤバイって! リーダー!!」
「だろ! この里を見つけた“ウエンディ”には感謝しろよ?」
冒険者の面々は、一体だけ残り咆哮するライドの事など気付かない様に“ドロップ”と倒した竜に言い放つと、竜の身体をクリスタルが破砕するように分解しアイテムに姿を変えて言った。
“ドロップ”を告げられない竜は解体され肉として処理された。
その姿を見てライドの中で何かがブチキレた。
次の瞬間、ライドを包む空気が震えると、動きは加速し大きな盾を構える男の身体を弾き飛ばし、次々に魔法を唱えていた奴等の目を潰して行った。
或いは、もっと早くそうしていたら結果は違っていたかもしれない。
しかし結果もステータスとは異なり、タラレバは数値では表せられない。
冒険者達はライドの咆哮を無視していた分けでは無かった。
ライドの《獣技》《空間擬態》が無意識に発動され、存在を認識する事が出来なかったのだ。
或いは、黒死竜エルドラも《獣技》の発動を受けて逃げるライドの姿を捉えて無かったのかも知れないが、それも今となっては本人に聞かない事には分からない。
冒険者達は、認識する事の出来ない何者かの襲撃を回避する事が出来ずに次々にライドの攻撃を受け傷ついて行く。
「何だ!? これは!?」
「リーダー、トラップの類いでは?」
「そんなのどうでも良いが、ドロップ処理は終わったな!?」
「はい! 全て回収しております!」
「こんな致命傷にもならないゴミトラップに付き合う必要はねーよ! 帰還だ!」
「“転移 王都グラングラン”」
ローブを着て杖を構える魔法職の一人がそう言い放つと、一人一人の足元に紫色に輝く魔方陣が現れたと思ったら、一瞬にして全ての人々が消えた。
冒険者が消えたその後には、仲間の血で染まった里と、焼け残ったライドの家を含む数軒の建物と、母が残してくれた夕食がテーブルの上に残されていた。
家の前は血で染まっているが、建物の中は一切荒らされた様子が無く、父が、祖父が残した家を必死に守ろうとしてくれた母の強さが窺えた。
「……絶対に許さない」
「俺は絶対に、奴等を許さない」
ライドは、残された夕食を残らず平らげると、外に出て一晩中泣いた。
その日は、満月の夜だった。
まん丸に満たされた月に向かって朝が来るまで、感情を抑える事無く泣き続けた。