#85 本気の勝負(3)
「もう1本止めますよ!」
大内先輩がスリーを決めた後ももちろんオールコートでのプレスは変えない。
小さな綻びは一気に大きくする。
「そう何度も…!」
リターンパスを出すのは変わらず海野先輩。
今度は落ち着いてコートを見て,マークを上手く切った火野先輩へとパスが通る。
「走れ!」
パスを受けるや否や全力で自陣へとドリブル。
それを追うようにして北川先輩もすぐに飛び出す。
オールコートでのディフェンスは,こうした縦に大きく抜かれた場合の対処がどうしても弱くなってしまう弱点がある。
本来なら抜かれない事を前提にしているのだが,今回は出来るだけこちらのコートでボールを止める為にかなりの前傾守備をしているので,こうして後ろに抜かれてしまってはどうしようもない。
火野先輩と北川先輩の息の合った速攻で簡単に決められてしまう。
「ドンマイです! 気を取り直して行きましょう」
大丈夫,この失点はまだ想定内だ。
まだ慌てるタイミングじゃない。
ここで相手が同じ戦法で来られると少し厳しかったが,天王寺先輩にはそのつもりは無いらしい。
変わらずハーフコートのディフェンスだ。
「…木嶋。そろそろ約束の時間だが,どうする?」
リターンパスを受け取り,攻撃に移ろうとした所で白山先輩に声をかけられた。
ちらりと時計を見ると,残り時間は4分弱。
それに加えて,先ほどの奇襲が成功したのでこちらには予定外にも4点分のアドバンテージがある。
「…分かりました。じゃあこの攻撃から行きましょう」
危険な賭けになるかもしれないが,ここまで良い条件が揃っているのだ,やらない手はないだろう。
俺が頷くと,先輩はにやりと笑って俺の肩を叩きゴール付近の定位置へと移動する。
念のため他の味方にも軽く手振りで伝えておく。
最初から決めておいた合図で,この攻撃から行きます,と。
「さぁ,もう好きにはやらせないわよ」
ハーフラインを越えた所で天王寺先輩が詰めてきた。
先ほどまでの隙はもうない。
次のドライブインはきっと止められてしまうだろう。
でも,もうそれも関係無い。
そもそも俺がドリブルで攻めようと思っていたのはあの1回きりだし,その役割は十分すぎる程こなした。
「そうですか。じゃあ頑張ってください」
「は…?」
やる気十分の先輩に対して,わざと他人行儀に答える。
俺の返答に天王寺先輩が怪訝な表情で首を傾げる。
それはそうだ。
俺だって目の前にいる,今まで自分とマッチアップしていた人間に突然そんな風に言われたら同じ顔をする。
だが、そうなるのも仕方ない。
「だって」
不意にコートの空気が変わる。
合図も無しに突然ゴール下から1人の選手が上がってくる。
彼女を見ていたディフェンスはその突拍子の無い動きに付いていこうか一瞬だけ迷い、止める。
いくらマンツーマンだからと言っても、ついていく限度があると思ったのだろう。
それほど普段では考えられない動きだった。
「もうここは俺の場所じゃなくなるんで」
「え?」
呆然とする天王寺先輩の前で、俺は『彼女』にパスを出し、右サイドへと移動する。
同時に右サイドに展開していた東堂先輩が少しゴール寄りの位置に移動。
火野先輩は戸惑いながらも目の前に現れた俺をマーク、北川先輩は近くに来た東堂先輩を怪訝そうに見る。
そして天王寺先輩は、自信満々にトップ位置でボールを持つ『彼女』を見た。
「なんで、あなたが…」
戸惑いを隠さず口を開く先輩。
だが『彼女』はそんな問いは無視。
スッと腰を落とし戦闘態勢に入る。
どんなに異様な光景だったとしても、こうなれば天王寺先輩だってやるしかない。
そして、いつも通りの表情と調子で『彼女』は言う。
「さぁ、始めようか。光」




