#74 2日目の夜(1)
「今日の練習はどうだった?」
夕食の準備をしながら井上先輩が聞いてくる。
今日はあれから両チームと2回ずつゲームをやり、そこで俺は夕食の準備があると体育館を離れた。
結局天王寺先輩のチームには最後まで勝つことは出来ず、風花のチームには1勝1敗の戦績だった。
天王寺先輩には最後まで俺が勝つ事が出来ず、様々な作戦をたてて臨んだ試合の結果もそれと同様のもの。
たとえメンバーを変えても試合結果を変える事は出来なかった。
風花には俺個人ならば勝てる場面が多かったのだが、如何せんそのチームメイトが凶悪だった。
ゴール下に白山先輩と神崎先輩のツートップ、フォワードに3年の高野先輩と東堂先輩という強力なポイントゲッター、それに加えて陰山先輩というトリックプレイヤー。
毎回出てもらっていたこちらの海野先輩と北川先輩の2人はゴール下を早々に押さえられてしまった。
火野先輩と大久保先輩でなら何とか点取り合戦でも戦えたのだが、最終戦、交代で出た3年の広瀬先輩と2年の今井先輩のコンビでは残念ながら手も足も出なかったのだ。
「色々、難しいですね」
「そう…」
先輩は俺のやるべき仕事をきっと俺よりも良く分かっている。
それを踏まえて色々な意味を含ませた答えを返すと、先輩は静かに頷いてくれた。
今日のゲームで成果が無かった訳じゃない。
何となくチームの中の実力差が見えてきたのだ。
例えば、俺チームのフォワードで見てみると、火野先輩に比べて今井先輩や広瀬先輩は見劣りしてしまう部分が多かったといった具合だ。
これを3チーム全部見て、それを踏まえてスタメンやベンチ入りを決めていけば良いのだろう。
「でもまぁ、頑張ってやってみますよ」
「光さんの事、よろしくお願いね」
「はい、もちろんです」
明日からの練習は、今日と違って最初からちゃんと出来る。
火野先輩ではないけれど、今日出来なかった事は明日出来れば良いのだ。
そんな事を考えながら俺はフライパンを振るう。
今日の夕食は、大量の野菜炒めだ。
「ようやく2日目終了か…」
今は他のメンバーが全員勉強をしている時間。
この合宿中唯一油断できる時間だ。
他の時間はいつどこに女子が現れるか分からないからな。
「よし、とりあえずお風呂にでも行こう」
廊下にも、階段にも、浴場へと向かう通路にも、もちろん浴場にも誰もいない事をしっかりと確認しながら進む。
ここで誰かと会ってしまうとまた気まずい事になってしまうからな。
念には念を入れてよく確認しないと。
「よし、誰もいないな」
みんな勉強している時間なので当然なのだが、浴場までの道のりで誰に会う事もなかった。
俺はほっと一息をついて浴場への扉を開け、脱衣所へと足を向ける。
「む…」
服も脱いで準備万端になった時、ふと尿意に襲われた。
トイレは脱衣所の中にある。
改めて服を着ても良いのだが、綺麗に畳んでタオルの下へとすべり込ませてある服をもう1度引っ張り出すのは気が引ける。
「ま、良いか」
少し考えて、俺は結局そのままトイレに向かう事にした。
トイレに入り、用を足して、さぁ出ようとした瞬間、俺の耳に信じられない声が飛び込んできた。
「いや~、今日も疲れたね~」
「でも、たくさんゲームが出来て楽しかった」
――ッ?!
聞こえてきたのは、風花と文香の声。
しかも廊下とかではない、明らかに脱衣室の中から聞こえてきた。
「あれ? 他にも誰か入ってる?」
「あら本当。私たち以外にも時間内に入れなかった人がいたのかな?」
2人だけじゃない、それに続いて聞こえてきたのは宮下さんの声だ。
残念ながら俺の荷物は一番上にバスタオルが乗せてある為、パッと見ただけじゃ俺の物だとは分からない。
さすがにみんなも荷物を漁る気は無いのか、大声で確認するだけだ。
「お邪魔しちゃいますよ~? 良いですね~?」
――ダメです!
と叫んでしまいたいが、そんな訳にはいかない。
叫んでしまったが最後、今の状況をみんなに知られる事になってしまう。
…いや、もしかしたら今ならまだ間に合うんじゃないのか。
ここで俺が声を出して、ここに俺がいるという事実を教えてやれば、わざわざ確認しないですぐに出て行ってくれるんじゃないのか?
どうする?
そうしちゃいます?
「あ~、シャツも汗でべたべた~…」
「…私も」
「今日も頑張ったもんね~」
俺が1人で悩んでいる間にもみんなは談笑しながら入浴の準備を始めてしまった。。
入浴の準備……まぁ、あれだ。それ以上は言わなくても分かるだろ?
「しっかし、いつみても文香は良い体してるよね」
「そんな事、無い」
「ふ~ん、どうせあたしは色々ちっちゃいですよ~だ」
「べ、別にそういう訳じゃ…」
トイレのドアはそこまで分厚くできていないので、みんなの声や色々な音がはっきり聞こえてくる。
つまり、下手をすればこちらの音もあちらに筒抜けになってしまうという事だ。
この状態になってしまった場合、俺がここにいる事がばれてしまうのはとてもマズイ。
俺は息を潜め、必死に考える。
この状況を打破する方法を。
「あれ? 中に誰もいないよ?」
「本当だ。もしかして忘れ物かしら」
「出る時に、確認してみよう」
――出る時に確認か…
ここですぐに確認されないのは良い事なのか悪い事なのか。
とにかくこのまま耐えて、全員が中に入ってからすぐに出ていくしかないか…
「……あ~、ちょっとおトイレ行きたくなっちゃった」
「…風花、女の子がそういう事言っちゃダメ」
「別に良いじゃ~ん。どうせ私たち3人しかいないんだし」
――いますよここに! 俺が!
そう言いながらてくてくと足音が近づいてくる。
まっすぐに、トイレに向かって。
――ってかトイレってここじゃねーか?!
気づいた時にはもう遅い。
足音は目の前までやってきて。
その手がドアノブへと伸び。
迷わず、それを回した。
「…あれ? もしかして、誰か入ってる?」
「ちょっとみんな待って!!」
薄いドアをはさんで風花が首を傾げた瞬間、大声と一緒に天王寺先輩が飛び込んできた。




