#71 大きな間違い
「ありがとうございました!」
風花のチームとの対戦は、本当にぎりぎりだった。
タイミング的にも勝てたのは運が良かっただけだ。
次の相手は天王寺先輩。
同じようにやっても負けてしまうだけだ。
どうすれば…
「…ハル君、ちょっと良い?」
頭を抱えていた俺に声をかけてきたのは天王寺先輩。
「ど、どうしました?」
「…さっき、私の言った事本当に分かってる?」
「えっと…」
突然どうしたというのだろう。
さっき言われた事といったら、紅白戦をしっかりやれという事だろう。
「…分かっている、つもりです」
「……そう、なら良いのだけれど」
実際に言われた訳では無いが、ベンチ入りのメンバーの件も含めて俺は頷く。
その準備は出来ているつもりだ。
それでも、そんな俺に先輩は最後に冷たく言った。
「もし、次の私との試合で今みたいな試合をするようなら、こっちにも考えがあるからね。
よく、覚えておいて」
「…えッ?」
それってどういう事ですか? とは聞けなかった。
先輩が俺の返事を聞く前に背を向けて行ってしまった、というのも原因の1つだが、それ以上に俺を躊躇わせたのは今の先輩の声音だ。
先輩は、俺に対して本気で怒っていた。
原因はさっぱり分からないが、そういう声をしていた。
今の試合の中で何か気に障る部分があったのだろうか。
俺の態度が悪かったのだろうか。
いくら考えても俺には分からない。
そんな中で時間だけが過ぎていく。
結局、どこか納得がいかず悶々とした気持ちのままで、次の試合が始まってしまった。
「よ、よろしくお願いします」
「………」
最近ずっと楽しそうな顔しか見ていなかったせいか、久しぶりに間近で見る先輩の本気の顔は妙な迫力があった。
まるで猛獣の前に裸で座らされているような、そんな緊張感。
「……行くわよ」
「は、はい」
合図と同時に先輩が動く。
俺もそれについていこうとして――
「……馬鹿…」
最後まで何も出来ないまま、俺のチームは天王寺先輩のチームに一方的に敗れたのだった。
「休憩!」
『はい!』
とりあえず紅白戦が1周した所で1度休憩になる。
周りのチームメイトは各々好きなように休憩をしているが、俺はどうにも休む気にはなれなかった。
ずっと気になっているのは、やはり天王寺先輩の言葉だろう。
先輩は試合中もずっと不機嫌で、俺の事など見ようともしていなかった。
一体なぜ……
「よ、見事にボコボコにされたな」
「あぁ、火野先輩…」
適当にボールで遊んでいると、コップを2つ持った火野先輩が声をかけてきた。
「ほら、お前も飲め。疲れたろ」
「いえ、僕は…」
「いいから、飲め。そんで座れ」
「は、はい…」
言われるままにコップを受け取り、その場に腰を下ろす。
すると、先輩もすぐ隣にドカっと腰を下ろした。
「お前、何であたしが試合に出なかったか、分かるか?」
「え? …いえ、ただの気まぐれとかじゃないんですか?」
「ば~か。いくらあたしでもそんなモンで試合に出ない訳ないだろ」
「それじゃあ…」
考えたって、分からない。
天王寺先輩と同じだ。
分かる訳がないじゃないか。
俺は人の心が読める訳じゃないんだ。
なのに、どうしたって分からない問題を俺に投げつけて何がしたいんだ。
「……分かりませんよ、そんな事…」
「…そっか……」
先輩は俺の返事を聞いてフッと息を吐く。
そして、
「ったく、なんであたしがこんな役回り押し付けられんだよ! お前のせいだぞ、馬鹿」
俺はそんな理不尽な言葉と一緒に綺麗にチョップをくらった。
「えッ? ……えッ?!」
「お前は本当に馬鹿だな。分からなけりゃ聞けば良いだろ」
「…?」
「だーかーらー。お前はあたしが麗奈に譲った時に何も疑問に思わなかったのか?」
「え? いや、まぁ…」
あの時は、先輩方だけで話がついたみたいだったから、それに従ったまでだ。
なのに、何でそこに関して怒られているんだ?
「そもそも、お前はその前に1個重要な間違いをやってんだぞ。それには気づいたか?」
「…?」
どうしよう、先輩の言っている事が全く分からなくなってきた。
けれど先輩は構わず続ける。
ただ、真剣な表情で。
何かを諭すように、ゆっくりと。
「…お前、何であたし達の事何も知ろうとしないで、いきなりメンバーを決めようとしたんだよ」
「あ……」
「その後だってそうだ。あたしは確かにお前に聞いたぞ、なのになんで周りのやつに流されたまま、適当にメンバーを決めたんだよ」
「……」
先輩に言われて、俺は初めて気づいた。
そうだ、俺はこのチームのメンバーの事、まだほとんど何も知らないんだ。
2年生も3年生も、ほんの少し一緒に練習した事があるだけなのに、プレイスタイルや性格を勝手に決めつけていた。
どうせ全員フォワードだと、誰が出ても一緒だと、最初に心のどこかで思ってしまった。
だから、先輩が勝手に決めるならそれでも良いと納得してしまった。
気付くチャンスはいくつもあったんだ。
最初の話じゃないが、火野先輩がなぜ引いた。
本当はあそこで引くような人じゃないのに、やけにあっさりと。
不思議に思わなかった訳じゃないが、本当に気まぐれかと思った。
漠然と、出たくないんだな、程度の認識だった。
でも、あれは先輩なりの俺へのメッセージだったのか。
いつもと違うぞ、と。
それに気付け、と。
もしあの場で俺が気付いていたら、先輩に何か一言でもかけていたら、結果は変わったかもしれない。
なのに、俺は気付けなかった。
そう考えていけば、天王寺先輩の言った事も分かる。
あの人は、そんな考えではメンバーの選考などもってのほかだと言いたかったのだ。
勝手にイメージを押し付け、初めから色眼鏡で選手を見る。
そんな人間が、チームの事など本気で考えられる訳がない。
案の定、俺はついさっきまで自分のチームさえも本気で考えられていなかったのだから。
「…すみませんでした、先輩」
「ん、分かればいいんだよ。それに、謝んなきゃなんないのはあたしじゃないだろ?」
「はい。……はい!」
「よし、良い顔になった。その顔なら、次からあたしも出てやる。天王寺先輩にはもう負けてらんないからな」
「はい! じゃあせっかくなので先輩から教えてください。ポジションと、得意なプレイを」
「あたしからか?!」
そして、俺はまたチームへと戻る。
今度こそ、失敗しないように。
本気でみんなと向き合うために。
――そんな俺たちを、離れた所から天王寺先輩たちは見ていた。
「あら、彩芽さんも中々やるわね」
「あぁ、伊達に2年生のまとめ役をやっていないな」
「この休憩明けが、本当の始まりみたいね…」
そして、休憩が終わる。
第2ラウンド、開始だ――




