#5 最悪の出会い
「ここか…」
真新しい第二体育館の扉の前。
先生に案内されたのは良いが,目の前にある扉が開けない。
――ここを開けたら,もう後戻りは出来ないぞ。本当に良いのか,俺。
何度も何度も自分に問いかけた。
学園長室では迷わず首を縦に振ったが,いざここまで来てみると最後の勇気が出てこない。
扉の向こうからは,甲高い声が聞こえる。
『今,第二体育館は女子バスケと女子バレー,それに,卓球部が優先的に使っている』
学園長はそう言っていた。
ほとんどが女子とはいえ,男子だっていない訳じゃない。
それにこれからは授業や行事で何度も使う場所だ。
――なのに,なんだこの今にも女子風呂を覗きに行くかのような罪悪感は…
少し扉から離れて深呼吸。
吸って,吐いて,吐いて,吐いて,吸って,吐く。
そんな事をいていたものだから,俺は全く気が付かなかった。
体育館二階の窓から,一人の女子生徒が俺の様子を観察していた事を…
「……ん?」
何度か深呼吸をしているうちに,ある違和感を覚える。
今まで絶え間なく聞こえていた声が,急に聞こえなくなった。
何かあったのかと思い,自然と扉に手が伸びる。
体育館にしては軽い扉は,少し力を入れただけで簡単に開いた。
そして…
『…………』
扉の向こうでは,なぜか練習を中断していた女子達が,じっと俺を待ち構えていた。
当然のことながら,そこに男子の姿はない。
右から左,どこを見ても,誰を見ても,女子。
というより,ちょっと女子人数多くないか?
男子なんて片手で数えられるくらいしかいなかったぞ?
「あ,えっと…」
臆するな,俺。こういうのは最初が肝心なんだ。
意を決して口を開こうと顔を上げた瞬間,ふと,一人の部員と目が合った。
「…………」
「…ん?」
何度か目を瞬かせてみても,どうやら人違いでは無いらしい。
ばつの悪そうな顔で俺から目を背けたのは,中学時代の同級生である平林文香だった。
平林は当時女子バスケ部のキャプテンを務めており,俺とはポジションも近かったため部活の時にはよく一緒に練習をしていたものだ。
結局,三年間一度も同じクラスになることがなかったせいで部活を引退してからはほとんど会う機会も無かったが,まさか同じ高校に進んでいたとは驚きだ。
「…あなたが新しいマネージャーさん?」
と,知り合いを見つけて少し安心していた俺に声をかけてきたのは,部員たちの中心にいた生徒。
バスケ部にしては身長の無い彼女は,他の部員より頭一つ小さいながらも,妙な威圧感を持っていて,周囲にその小ささを感じさせない。
緩いウェーブのかかった少し茶色がかった髪に,整った顔立ち。
組んだ腕の上には,身長とは似つかないほど良く育った―
「初対面の人をそんなにじろじろ見るのはちょっと礼儀知らずじゃなくて?」
「す,すみません…」
声に驚きすぐに視線を上へ戻す。
危ない危ない。
もう少しでマネージャーどころの騒ぎじゃなくなる所だった。
「もう一度聞くわ。あなたが新しいマネージャーさん,とうことでよろしいのかしら?」
「あ,はい。学園長に言われて,今日から女子バスケ部のマネージャーになりました,木嶋遥斗です。よろし――」
くお願いします,までは言えなかった。
彼女はいきなり距離をつめ,人差し指で俺を制したのだ。
突然の事態に何が何だかわからない俺に,その部員は告げる。
「生憎ですが,私の部に男なんていらないんです。今すぐ,ここから出て行ってください」
表情を変えないままにピンと伸ばした指で額を押され,俺は思わずたたらを踏んでしまう。
されるがままに数歩後ろに下がった俺の目の前で,体育館の扉が音を立てて閉まる。
「え? ……えっ?」
呆然とする俺をよそに,体育館の中からは何も無かったかのように部活の声が響き始めていた。