#56 大切な時間
「文香!」
「ん!」
流れるようなパスが風花から文香へ。
べストなタイミングでパスを受けた文香はそのままシュート。
綺麗な放物線を描いて飛んだボールは,静かにネットを揺らす。
「ナイスシュート!」
文香がチームに加わり,風花がガードとして活躍している今,目の前の相手はもう敵ではなかった。
風花のパスはまだ万全ではないものの,こちらの意図した所にタイミング良く来てくれる。
そのパスを受けて,文香のシュートも面白いように決まる。
その陰に隠れる事で,俺のシュートも何とか決まり,得点が伸びる。
攻撃がリズムに乗れば,守備にも良いリズムが生まれる。
急に決まりだしたこちらのシュートに焦った相手の不用意なパスは,俺と文香で次々にカットしシュートまでは行かせない。
そうなるとだんだんとパスをもらう為に相手センターがゴール下から離れる場面が多くなってくるので,リバウンドでもこちらが勝つようになってくる。
「くそ! もうやってられっかよ!!」
そんな攻防がしばらく続き,最後に痺れを切らしたのは相手の方だった。
「おら行くぞ! こんなのに付き合ってても時間のムダだ!」
「お,おぅ」
捨て台詞を吐きながらコートから出ていく3人。
俺たち3人はそんな彼らを見て笑顔でハイタッチを交わした。
「よっしゃ!」
「私たちの勝ちだね!」
「楽勝だった」
しばらく3人で勝利の余韻を楽しんだ後,最初に口を開いたのは風花だった。
「…色々,ありがとうね。2人共」
「別に。私は何もしていない。決めたのは,風花」
「そうそう。そんなに感謝されるような事は何もしてないよ」
もちろん本心からの言葉だったが,風花はううん,と首を横に振る。
「私が変われたきっかけは,やっぱり2人のおかげだよ。だから,ちゃんとお礼を言わせて欲しい」
「風花…」
「ありがとう,ハル君。今日のハル君のプレイを見なかったら,私はきっと今でもぐずぐず言って2人を困らせていたと思う」
そう言って俺に頭を下げた風花は,今度は文香の方を向く。
「文香も,ありがとう。文香がちゃんと言ってくれたから,私も決心がついたよ。文香が言ってくれなきゃ,きっと私はまだみんなに甘えていたと思う」
「………」
ありがとう,と深く頭を下げる風花を,文香は何も言わずに優しく抱き寄せる。
「え? 何? いきなりどうしたのさ」
「良く,頑張った。これからきっと,風花は強くなるよ。一緒に,頑張ろう」
「あ……うん。一緒に頑張ろう,文香」
そう言って抱き合う2人を見て,俺にはこの先の光景が鮮明に見えるような気がした。
いつかきっと,チームのエースガードとエースシューターとして大舞台で活躍する2人の姿が。
――さすがに,その時にはもう俺はいなくなっているよな。
そこまで考えて思い出す。
そうだ,こんな時間がいつまで続くのかも誰にも分からない。
極端な事を言えば,明日にも俺は部活に戻れる可能性だってあるのだ。
「………」
いついなくなってもおかしくない,今だけのイレギュラー。
そんな俺だからこそ,彼女たちの為にしてやれることもきっとある。
これからは,もっと今を大切にしよう。
こうしてみんなでいられる時間を,大切に―――
「せっかくだからハル君も一緒だ~!」
「ちょ,待て待てコラ!」
「全く,あなたって子は…」
「えへへ~。だって3人の方が楽しいじゃん」
「そういう問題じゃないだろ!」
「………」
「文香も何とか言ってくれよ!」
「…別に」
「おい!」
「あっはは~」
「……ふふっ」
「くっ…はははっ」
肩を組んで笑いあう俺たちを,綺麗な月が静かに照らしていた。




