#48 憧れ
「いやはや,皆さんにはほんとご心配をおかけしまして,すみませんでした」
「良いのよ気にしなくて。体調はもう大丈夫なの?」
「はい! お陰様で,ばっちりです」
「じゃあ,練習も今日から再開できる?」
「うん! ここ数日運動出来なかったからもう体は鈍りっぱなしで。早く思いっきり動きたいよ~」
風花が復活し,屋上はすっかり以前の明るさを取り戻していた。
箸を動かす手もみんなどことなく楽しそうだ。
「ハル君も,私がいなくて寂しかったでしょ~」
「ん? あぁ,そうだな。やっぱり練習でもここでも,ムードメーカーがいないとな」
「えっ? あ,そうなの……」
「どうかしたか?」
「べ,別に何でも無い!」
「……?」
俺は正直な気持ちを話したのに,なぜか頬を膨らませてそっぽを向かれてしまった。
一昨日の練習といい,やっぱり女子の考えは良く分からん。
「ハル君…」
「ハル…」
他の2人もジト眼でこちらを睨んでくる。
「な,何か……」
『別に,何でも』
……や,やっぱり女子って難しい。
「じゃあ今日も昨日と同じパスゲームから始めよう。目標は200回で」
練習は今日も昨日の続きから。
ただ,今日は風花が入ったので14人に増え,両チーム7人での挑戦だ。
「ハル君,そっちが一段落したら今日も入ってもらって良い?」
「はい。分かりました」
練習開始から数十分後,先輩からまたお呼びがかかった。
丁度こちらも休みなしでずっとやっていたので,次に失敗したら一休みいれようと思っていた所だ。
俺が中にいる時には自由に休憩と個人練習で良いだろう。
「じゃあここでちょっと休憩にしよう。俺はまた中に入ってくるから,その間は個人練習にしよう」
『はい!』
いつもながら背中がくすぐったくなるくらい良い返事だ。
そんな返事に背中を押され,俺はまたコートへと入った。
「ねぇ風花,ハル君って本当にバスケ上手かったんだね」
ハル君がコートに入った後,愛莉が声をかけてきた。
「ん~? どうしたのいきなり」
「風花が休みの時,同じように先輩に呼ばれてコートでプレイした事があったんだ。それを見て私たちみんなビックリしちゃったよ。あの天王寺先輩と互角に戦っていたんだから」
「へ~」
珍しく興奮気味に話す愛莉だったが,実はもうハル君が凄い事は知っていた。
楓高校との練習試合よりも前に,文香が中学時代の試合を見せてくれた事があったのだ。
私が見たのは,3年生の総体。
決勝では惜しくも負けてしまったけれど,ハル君のプレイはその時からほとんど完成していた。
高レベルにまとまったドリブルとパス。
それに裏付けられた視野の広さとゲームの組み立て方。
仲間が一番輝けるタイミングでパスを出し,シュートを決めさせる。
それは,間違いなく3年間で培ってきた信頼のなせる技だ。
決勝ではその良さがほとんど機能せず負けてしまっていたが,周りのレベルがもう一段上だったら結果は分からなかっただろう。
それくらい,彼は凄いポイントガードなのだ。
今だって,中学時代と変わらないプレイをしている。
「………?」
でも,何だろう。
確かにドリブルやパスの技術も凄いけれど,何か重要な事を見落としているような気がする。
何か……
「…あれ?」
そこで,ふと気が付く。
ハル君のプレイは,中学の時と変わっていない。
私が見たあの試合と,同じ動きをしているのだ。
「あっ…」
それが何を意味しているのか気づいた私は,思わず息を飲んだ。
あの時のプレイは,3年間培ってきた信頼があってこその物だと思っていた。
でなければ,あんな風に仲間を活かすプレイは出来ないと思っていた。
でも,違う。
彼は,出会って一月足らずの相手とも同じようにプレイが出来るのだ。
「仲間を…活かす……」
仲間を活かすガード。
それはまるで,昔自分がずっと追いかけていたスタイルのようだった。
あの頃流行っていた漫画を読んで,こんな風になりたいと憧れた主人公のようだった。
彼のプレイは,あの主人公そのものだ。
もしかしたら,同級生の彼も当時同じ漫画を読んでいたのかもしれない。
私と同じ選手を,追いかけていたのかもしれない。
私がずっと前に立ち止まって横道にそれてしまった道を,彼はずっと歩き続けていたのか。
「悔しいなぁ…」
もう今さら戻る事は出来ない道を目の前で見せられて,私はそう呟く事しか出来なかった。




