#20 今後の方針(2)
「失礼しま~す」
明るい声と共に,目の前の扉を叩く。
毎日見ている物と同じはずなのに,どこか異質な雰囲気を醸し出している扉だ。
周りから向けられる視線が刺さる。
後ろを通り過ぎる人がひそひそと何かを呟くだけで,額に嫌な汗が滲む。
何を話せば良いのだろうか。
どうやって話を繋げれば良いのか。
頭の中が混乱してまとまらない。
ここに来るまでに覚悟は決めたはずなのに,まだ頭が拒否反応を示している。
そんな俺をあざ笑うかのように,扉が開く。
「白山先輩いますか~?」
「………どうしてこうなった…」
3年の教室の前で頭を抱える俺の横で,風花が無邪気な声をあげた。
事の発端は数分前。
屋上での話し合いの最中に起こった。
『白山先輩に聞けば良いんじゃない?』
『はぁ?』
『…うん,私もそれが良いと思う』
風花の何気ないこの思いつきに平林もすぐに同意。
おい,ついさっきまで他の部員がどうこう言っていたじゃないか。
なのに先輩の所には平気で行けと?
ちょっと待ってくれよ…
『じゃあ善は急げだ。行くよ,ハル君』
『いやいや,ちょっと待っ…』
俺の反論など聞く耳持たず,風花はずるずると俺を引きずって3年生の教室へと向かった。
「…何か用か?」
白山先輩はすぐに現れた。
風花の隣に立っている俺を見て少し表情を曇らせたが,何事も無いように話しかけてくれた。
さすが副キャプテン,人間が出来てらっしゃる。
「彼が白山先輩に話をしたいって」
「……ほう?」
と,思ったらなんかものすごい迫力の笑顔を向けられた。
――そ,想像以上に怖いぞ。
白山先輩はセンターだけあって背が高い。
平林も十分に長身だが,先輩はさらに大きい。
……というか,間近で見たの初めてだから今気づいたけど,俺より背が高いよこの人。
顔のパーツも整っているし,きっと美人なのだろうけど,切れ長の目から鋭い眼光で睨まれるとそんな事を考える前に恐怖が来る。
まぁ,そっちの方の人には大人気なのだろうけれど。
天王寺先輩程では無いにしろ胸も大きくてスタイルも良い。
よくよく考えてみると,うちの女子バスケ部って意外とレベル高いんだな。
……基本的に嫌われているのが残念な所だけどさ。
「それで,私に話とはなんだ?」
「あの,えっと,部活の事なんですけど」
「ふむ」
「キャプテンの天王寺先輩は,今の部活をどうしたいのか知りたくて」
「どうしたいのか……ね…」
ふむ,と顎に手を当てて考え,ちらりとこちらの様子を伺いながら先輩はゆっくりと口を開いた。
「……光は,チームを強くしたいと思っているよ。私たちは3年で,今年が最後だからね。何としてでもインターハイに出場したいのさ」
俺の質問の意図が分かっているのか,先輩は肝心な部分を隠す。
俺は少し考えてから思い切って切り出した。
「…そのためなら,他の部員はどうなっても良いんですか?」
「別にそこまでは言っていないさ。……私はね」
「…そう…ですか……」
『私は』とわざわざ付け足す辺り,天王寺先輩は本当に他の部員がどうなっても構わないということなのだろうか。
「話はそれだけか?」
「え? あぁ…はい……」
「そうか。じゃあまた部活で会おう」
考える暇なく先輩は話を切り上げ教室に戻ってしまった。
ドアを閉める直前になぜか意味深な笑顔を向けられたような気がするが,その意味もさっぱり分からない。
「…帰ろっか」
「…そうだな」
屋上で待つ平林には,残念ながらあまり良い報告は出来そうにない。
俺と風花は肩を落として教室を後にした。
――――――――
「あら,珍しく楽しそうな顔してどうしたの?」
「いや,井上の言っていた事が少し分かったような気がしてな」
「私の言った事?」
「とぼけるな,木嶋の事だ」
「あぁ,今のお客さんは彼だったの」
「少し話をしただけだが,なかなか鋭そうな奴だ。これからきっと忙しくなるぞ」




