7.怪人“女衒もどき”退治
ある休日、稲塚薫は昼に違法民泊を借りた。そして一階の窓に檜倉に造ってもらった開錠装置を取り付け、二階で電灯のリモコンの電池を外すと、外に出て近くで待った。
これから違法民泊のオーナーか誰かが現れて、家に入るダイヤル錠の解除ナンバーを変える為の作業をするはずだった。もし仮に、そこで窓に取り付けた開錠装置に気が付かれたら、別の作戦を考えなくちゃならない。
“今頃…… 白鳥さんは、あいつとデートしているのだろうな”
待ちながら、彼は三城と白鳥愛のデートシーンを思い浮かべて暗い気持ちになっていた。そして、だからこそ強い怒りを意欲に変えられてもいた。
その日、彼は白鳥と三城がデートをし、その締めくくりにこの場所を利用するという情報を得ていたのだ。その情報を教えてくれたのは天野である。
「きっと、そろそろ三城先輩は白鳥さんを“売る”と思う。白鳥さんがデートするって言っていたら教えて欲しい」
と、彼の方から頼んだのだが。
根拠として、「商店街で二人が親密そうにしていたからだ」と言うと、彼女は「呆れた。尾行したの? ストーカーじゃない」と言って肩を竦めた。「誤解だよ」という彼の言葉は信じてもらえなかったが、それでも彼女は結局は協力をしてくれた。
彼が待ち合わせの振りをして違法民泊を見張っていると、やがて男がやって来た。部屋の中に入ったが直ぐに出て来る。そしてそれから解除ナンバーを変更したようだった。
その短時間で、窓の開錠装置を取り外したとは思えない。恐らく、気付かなかったのだ。彼はにやりと笑った。
――これで忍び込める。
男が去ると、彼は家の裏手に周り、開錠装置に取り付けていた紐を引っ張った。回転式の鍵が呆気なく開く。前もって実験はしていたが、彼はホッと安心する。やはり檜倉は優秀な技術者だ。周囲を確認し、窓を開けると、彼は予め用意しておいた鉄パイプを手に持ち、そこから家の中に忍び込んだ。
鉄パイプは工事現場などを探して手に入れた。もちろん三城達を襲う為の武器だ。バットやバールなども考えたが、普通に売っている商品を武器に使うと、販売元を特定されて犯人がバレる可能性があるという話を聞いていたので避けたのだ。慎重過ぎるかとも思ったが、恐らくそれくらいの方が良いのだろう。
忍び込むと彼は靴を脱いで、リビングに付いてしまった足跡をハンカチで消し、それから二階へと上がっていった。そして、寝室に入ると、クローゼットの中に隠れ、靴を履き、いつでも暗視ゴーグルを装着できるように額の上に被る。
……これで、後は三城や白鳥がやって来るのを待つだけである。白鳥が薬で眠らされた後で、三城や、その他の男達をやっつける。もしもデートの予定が変更になって、白鳥がやって来ないのなら、天野から連絡が入る事になっていた。天野が相手なら、電話をかければ白鳥はデートの中止も教えてくれるだろう。
時間が流れていく。
緊張もしていたし、変化のないクローゼットの中という事もあったのかもしれないが、稲塚にはそれは随分と長い時間に感じられた。その間、あの憎らしい三城を鉄パイプで殴打する事をイメージして彼は暇をつぶした。今頃、彼にとって女神や天使にも等しい白鳥と、犯罪者…… 否、女衒もどきの醜い怪人である三城がデートをしている。そう思うだけで残虐なイメージを喚起する為の怒りが彼の中に尽きる事なく溢れ出て来た。
“絶対に、白鳥さんを護ってやる!”
やがて辺りが暗くなり始めた。部屋の中の様子が分からなくなる。天野からの連絡はまだない。きっと三城と白鳥のデートは続いているのだろう。
不意に物音が聞こえた。玄関を開ける音がする。
――来た。
鉄パイプを握りしめ、暗視ゴーグルをさすった。ポケットの中には、檜倉に用意してもらった電灯のリモコンがある。ベッドの上にオリジナルが転がっているが、電池は抜いてあるから機能しない。
部屋の外から明るい笑い声がした。三城と白鳥が楽しそうに冗談を言い合っている。稲塚はクローゼットの戸の隙間から外を見る。ドアが開き、三城が部屋に入って来た。何度も来ているのだろう。迷わず電灯のスイッチを押すと灯りを点け、それから流れるような足取りで雨戸を降ろした。これで外からこの部屋の中は見えない。
白鳥は三城の後に直ぐに続いて入って来ていた。彼女はデート用だろう可愛い白のふんわりとした服を身に纏っていた。彼女にとてもよく似合っている。
彼女は真っ先に雨戸を降ろした三城の行動にちょっと戸惑った顔を浮かべた。三城は敏感にそれを察したのか、
「ここ、隣の家から中が丸見えなんだよ。ちょっと嫌だろう? だから、見られないようにしたんだ」
そう説明した。白鳥はそれで簡単に納得したようだった。頷いている。今から自分に加えられる性的暴行を隠す為である事も知らずに。
“純真無垢な彼女を騙して……”
と、それを見て稲塚は歯ぎしりをした。
「さて、」と言ってそれから三城はベッドに腰を下ろした。そして、ポケットの中からジッパー付きビニール袋に入った錠剤を取り出し、それを無造作にベッドの上に放った。
「これだよ」と彼は言った。
彼は薄っすらと笑っていた。穏やかな表情だが、妙に演技臭い。少なくとも稲塚にはそう感じられた。
きっと前もって、彼女にそのドラッグを飲むように説得していたのだろう。
「飲んでも大丈夫なんですか?」
と、無邪気な顔で白鳥は尋ねる。
「もちろんさ。依存性はなくて、健康被害もない。心地良くまどろむだけ。疲れも取れるし、一時間くらいですっかり抜ける」
その説明で稲塚は察した。その錠剤は脱法ドラッグなんだろう。今から彼女に飲ませるつもりなのだ。
ほんの少しの罪悪感も感じてないだろうその三城の態度に、彼は心底腹が立った。本当ならこの時点で鉄パイプで殴ってやりたかったがなんとか堪える。
警戒心ゼロで、白鳥はベッドの上に座る。そして、三城がベッドの上に放り投げたジッパー付きビニール袋を手に取って、中から錠剤を取り出した。
「飲んで」
と、三城が言うと彼女は少しもまったく疑わずに頷き、それを口に入れた。完全に彼を信頼し切っている。
“ちょろい”
とでも言いたげに三城の顔が歪んだが、白鳥は気が付いていないようだった。
稲塚の怒りが更に膨らんだ。鉄パイプを握りしめる。それから十分くらい過ぎただろうか、談笑していた白鳥がうつらうつらとし始めた。
「……クスリが効いて来たみたいです」
と、彼女は言った。
そして、そのままドサリとベッドに倒れてしまう。三城は彼女の頬を軽く叩くと、
「やっぱ、最初だから意識をなくしちまったか。まぁ、何度か楽しむつもりだから、この方が都合が良い」
そう独り言を言った。そして、服の上から手始めだとばかりに胸を揉む。
稲塚は思わずクローゼットを飛び出して、鉄パイプで三城に殴りかかりそうになったが、そこで声が聞こえた。
「おい、客のもんに手を付けるなよ」
見ると、ドアのところに筋肉質の男が二人いた。一人はスキンヘッドで、もう一人は金髪のロン毛だった。ニタニタと気色の悪い顔で笑っている。
「いいだろ、別に、胸くらい」
三城はそう返した。
「いいや、ダメだね」
首を横に振りながら、二人はベッドに近付いていく。
「経験ないんだろう? その娘? 全部、やらせろよ。それ込みの料金だ」
チッと舌打ちすると、三城は眠っている白鳥から離れて場所をゆずり、それからクローゼットの中にいる稲塚に背を向ける形で座り込んだ。彼の目の前に宿敵の無防備な後頭部が見えている。
“いい感じだ”
ニヤリと彼は笑った。
二人の男は三城の代わりに白鳥に近付いていく。ベッドの上に乗っかった。
稲塚が我慢できたのはそこまでだった。
彼は電灯のリモコンを取り出し、部屋の灯りを消すと、暗視ゴーグルを装着してからクローゼットを開け、鉄パイプを振り上げて、まずは目の前にいる三城の後頭部を思い切り殴打した。
悲鳴も上げずに、三城は倒れた。意識を失ったようだ。
思わず、彼は笑みを作る。
ある種の快感を覚えた。
部屋の中が突然真っ暗になって、二人組は、混乱しているようだった。スキンヘッドの方が手探りでベッドの上に転がっている電灯のリモコンを見つけてスイッチを押した。が、電池は抜いてあるので、もちろん部屋の灯りは点かない。同時に金髪のロン毛が「誰だ?」と声を上げた。稲塚はロン毛の頭を狙って鉄パイプを振ったが、腕で防がれてしまった。しかし、それでも充分にダメージになっているようで、「いてぇ!」と声を上げてロン毛は腕を抱え込んだ。
それで頭部が無防備にさらされる。
稲塚はそこに向けて鉄パイプを振り下ろした。“入り”が甘かったと感じたので、念の為、彼は続けて顔面に鉄パイプを当てた。鼻血が噴出して仰向けにロン毛は倒れる。それで動かなくなったが、スキンヘッドに彼の位置を知られてしまった。スキンヘッドは即座に彼にタックルをして来た。
体格は相手の方が上だ。抑え込まれてしまったらやられてしまう。咄嗟の判断で彼は相手の脇腹に蹴りを入れると横に転がってスキンヘッドの手から逃れた。その時、暗視ゴーグルがわずかにずれて彼も視界が真っ暗になる。
“まずい!”
危機感を覚えた彼は、慌ててスキンヘッドがいそうな辺りに鉄パイプを振った。滅茶苦茶に振ったので、何度か壁にこすったが、スキンヘッドにも当たっていた。暗視ゴーグルを戻すと、血だらけになったスキンヘッドが倒れていた。
顎が砕けている。が、死んではいない。息をしていた。
そこで彼の耳にパトカーのサイレンが聞こえて来た。
“天野さんが通報したんだ!”
と、彼は思う。スマートフォンで白鳥に連絡を取り、返信がなくなったら、警察に連絡してくれるように前もって頼んでおいたのだ。彼が失敗した時に、白鳥を護れるように。
“ちょっと早いよ、天野さん!”
と、彼は心の中で呟いて、急いで逃げる準備をする。その時、彼は白鳥の様子をチラリと見て、眠っている彼女の顔にロン毛の鼻血がかかっているのが目に入った。汚物で彼女が汚れている。それくらい無視しても良かったのだが、彼はどうしても我慢ができず、ティッシュペーパーでそれを拭き取ってから部屋を出た。
警察官の幸村は犯行現場で頭を掻いていた。
通報のあった違法民泊施設であると思しき民家に乗り込んでみると、若い高校生だろう女性が深く眠り込んでいて、その周りにはやはり高校生だろう若い男達が倒れていたからだ。男達は顔から血を流している。何か棒状のもので殴られたようだ。玄関の前に鉄パイプが捨てられてあったから、恐らく凶器はそれだろう。
これは傷害事件である。
だが、通報の内容は「女の子が薬物で眠らされて、乱暴されそうになっている」というものだったからまるで違う。
「こいつら、悪い噂のあるクソガキどもですよ。他のグループと敵対していたみたいだから、そいつらに襲われたのですかね?」
後輩がそう言った。
「ん? ああ、そうかもしれませんね」
と、彼は気のない返事をした。実は彼は気が付いていたのだ。女の子の顔にかかった鼻血を拭き取った跡がある。抗争相手が、そんな真似をするだろうか?
通報内容によると、三城という男子高校生は、今までに何度も自分の恋人の女の子を他の男に抱かさせて金を取っていたらしい。もし仮にそれが本当だったとして、今回の被害者の女の子を好きな男がいたとしたなら、彼女を必死に護ろうとするのじゃないだろうか?
……もちろん、単なる想像に過ぎないのだが。
その可能性を彼は疑ったが、それ以上は調べるつもりはなかった。
彼の想像通りなら、どうせ二回目はないだろう。悪意のある犯行じゃない。見逃してやっても問題はない……
そう判断したのだ。
判断したのだが……




