2.噂のブラックフェイス
「なんだったんだ、あの野郎は?!」
火田が苛立たしげな顔でそう呟いた。警棒で殴られた所為で腫れている顔を、タオルで冷やしている。痛みで更に苛立ちが増しているようだ。
安アパートの一室。
彼らは念の為、足が一番つかなそうでいつでも捨てられるアジトを選んでミーティングをしていた。食卓の上には、マンションに届けられたインドカレーセットが並べられてある。もちろん、先の黒い男が突入の為に頼んだ注文の品だ。
肥った男がそれに手を伸ばそうとして、火田に睨まれた。彼は顎と後頭部にガーゼを貼っている。黒い男に顎を強打され、その後、後頭部を打たれて昏倒したのだろう。
「あいつ、ブラックフェイスかもしれませんよ」
矮躯の男がそう言った。
「ブラックフェイス~?」と、火田はまるで文句を言うような口調で声を上げた。
「なんだそりゃ? それって黒人への差別用語だろう?」
「いえ、黒人は関係ないです。ただ、黒いヘルメットを被っているからそう呼ばれているだけで。まあ、都市伝説みたいなもんです。犯罪者を狩っているダークヒーローがいるっていう。さっきのあいつが本物なのか、成り切って良い気分になっているだけの変態野郎なのかは分かりませんが」
「なんだ? そんなふざけた奴に俺らはやられたって言うのか?」
そう言いながらも、彼は一応は調べてみようと思ったらしく、スマートフォンを取り出して画面をタップした。
そして、
「ああ? 動画が上がっているぞ?」
と声を上げる。検索してヒットした上位に“噂のブラックフェイスか?”というタイトルの動画があったのだ。タップしてみると、彼の仲間の三人が、件の黒い男と闘っている映像が流れた。あっさりやられている。
「おおい! あいつら、撮影されちまっているじゃねーか!」
それを聞いて、矮躯の男が彼のスマートフォンを覗き込んだ。まずいかもしれないと思ったのだろう。彼も自分のスマートフォンで検索をかける。
「さっきのマンションの方の“煙”もニュースになっていますね。ただ、今のところ、ブラックフェイスと結び付けている報道はないようですが」
先にブラックフェイスに突入されたマンションの名義は火田とは別人にしてある。警察の相手はその名義人に任せてあるのだが、「うちは悪戯でドローン攻撃を受けただけの被害者だ」とひたすら訴えて誤魔化しているはずだった。
「くそう! 注目を集めたら動き難くなるぞ?」
愚痴を言ってから、火田は少し考えると続ける。
「おい。さっき攻撃して来たドローンから奴が何者なのか割り出せないか? あれ、明らかに違法改造か軍事用だったろう?」
改造にしろ、裏ルートの輸入にしろ、可能な人間は限られている。当たっていけば、ブラックフェイスの正体が分かるかもしれない。
矮躯の男が応える。
「いや、止めた方が良いですね。警察も探っている可能性が高いですから、かち合ったら疑われます」
“チッ”と火田は舌打ちをした。
そこで肥った男が声を上げた。
「うわぁ! どんどん再生回数が伸びていますよ。ブラックフェイスの動画。バスりまくっていやがる。あいつ、巧くやりやがったなぁ」
それを聞いて、「は? “あいつ”?」と火田は彼を見る。
「おい、田子多。その動画の主をまるで知っているみたいな口調じゃねぇか」
どうやら田子多というらしい彼は目を丸くして応える。
「ええ、まぁ。うちのネットワークと多少は付き合いのある奴ですよ、この動画主のみょんちゃんは」
「どんな奴なんだ?」
「下っ端ですね。あまりこの業界には詳しくないと思います。動画だって今まではそんなに回ってなかったはず。だから、まぁ、知らないで火田さんの手下が映っている映像を使っちゃったのでしょうが。誰かから買い取ったのかな?」
それを聞くと、火田はにやりと笑った。
「ほほぉ。そりゃ、面白い。で、今、その動画はどれくらい回っている?」
「一万を超えていますね。今もどんどん増えているから、どれくらいいくかなぁ?」
それと同時に矮躯の男がスマートフォンを眺めながら言った。
「SNSでバズっているみたいだから、下手すれば100万回くらいいくかもしれませんよ?
あ、調子に乗って、“ブラックフェイスの正体を探れ!”なんて動画も出しやがった。しかも、マンションの件に触れていやがる。くそ! 目撃者がいたみたいです」
田子多と矮躯の男は、それで火田が益々不機嫌になると思ったようだったが、何故か逆に彼は機嫌良さそうに笑っている。
「なるほどなぁ。そこまでやられちゃ、流石になんらかの落とし前をつけてもらわなくちゃならんな。そのみょんちゃんとやらに」
田子多が尋ねる。
「金を要求しますか? どうせこの動画で稼げるでしょうし」
「いいや」とそれに火田。
「むしろ反対に金はくれてやろう」
「は?」と、その予想外の言葉に二人は疑問府を伴った声を上げる。
「ただし、そのチャンネルは俺らが貰う。それだけの事はやったんだ。当たり前だよなぁ?」
……火田達のグループは反社会団体だ。ただし、暴力団ではない。トクリュウ…… 匿名・流動型犯罪グループに近いが少し違う。SNSを中心に幅広いネットワークを使って仕事をしているから、協力している中には彼らが犯罪を行っていると知らない人間もおり、コミュニティ全体の人数は膨大なのだが、中核にいるのは十数人程度で、中核メンバー以外には滅多に犯罪の証拠を漏らしたりもしない。
新世代の、全く新しい形態の闇の組織である。
「――ところで、あの白鳥って女の方はどうでした? 警察に通報したりはしなかったようですが」
そう田子多が尋ねた。
「ああ、ありゃ多分関係ないな。そもそも俺らはあいつにまだ何もしていない。ただ酒を勧めただけだからな。偶然、あいつの襲撃と重なったんだろう。女からあの場所が漏れたってのなら、丹生谷の方が怪しい。あいつの素行の悪化を周りの人間が心配していたらしいからな」
火田はそう返す。
丹生谷というのは、あの部屋でベッドにいたもう一人の女性である。彼女は既に何度かクスリをやり、半ば依存症になりかけていて、客も何度か取っていた。もし調べられたらまずいので、念入りに証拠は消してある。警察はまだ何も掴んでいないはずだ。
一方、白鳥はあの日に初めて出会った。声をかけられて、それなりに良い女で警戒心がまるでなかったから囲んで利用してやろうと思って誘ったが、計画的に落とそうとしていた訳ではないから、彼女の事を始終監視してでもいない限り、彼女のピンチに気が付けるはずがない。そもそも白鳥は誰にも助けを求めるメッセージを送信できていなかったようだ。
彼は一応白鳥愛の同僚の女性社員にそれとなく電話で探りを入れさせていた。すると、彼女はブラックフェイスに助けられた事件をかなり興奮して語ったらしい。
「まるで子供みたいにはしゃいでいましたよ。スーパーヒーロー物語のヒロインにでもなったみたいだったって」
その同僚の女性社員の言だ。
演技には思えなったらしい。ブラックフェイスとの繋がりはまずないだろう。無理につついて、警察に出て来られても困る。
「まぁ、もっと安全な方法で、あいつの正体を掴んでやろう。金稼ぎのついでに復讐も兼ねてな」
火田はそう言うと凶悪に笑った。
“ブラックフェイスの正体を探れ!”の動画を眺めながら。




