18.怪人“ヤリサリアン”退治 その2
18時過ぎの、大学構内のとある空き部屋。
ダンスサークルのメンバーが集まっていた。
警戒して、鍵を閉めてある。
それなりに広い部屋で、机や椅子が隅に寄せられてあって広いスペースをつくっている。光が届かない所為で奥の方は暗くなっていた。
女生徒達は、それに不安を覚えているようだった。
「飲み会なんて、襲われる覚悟でやるような事じゃなくない?」
一人が腕を組みながら抗議をするように言った。
「いや、いつまでもあいつを放っておく訳にもいかないだろう? 妨害をし続けるのなら逆にやっつけてやらないと」
黒尽くめの怪しい男。
“ヤリ”目的で飲み会を開くとほぼ毎回現れて男達をぶちのめした上で遁走する。一体何がしたいのかは分からないが、ダンスサークルに敵愾心を持っているだろう事だけは確実だった。
「……でも、今までずっとやられているじゃない」
女生徒の一人は疑わしそうだった。
どうせ今回も酷い目に遭うのじゃないかと彼女はそう言っているのだ。
ダンスサークルの飲み会が襲われるようになってから、彼らは一応は対抗策を執っていたが全て失敗しているのだ。ある時は人数を増やしてみたが、強力な痴漢撃退スプレーを浴びせられて、ボコボコに殴られた。伏兵を潜ませてみたが、何故か簡単に発見されて先にやられる。
そのうちにこのような噂が流れ始めた。“あの黒尽くめの男は特殊な軍事訓練を受けている。素人では絶対に勝てない”。真偽は不明だが、伏兵を忍ばせてもあっさりと見つけられてしまうのは、本当に特殊な訓練を受けているからなのかもしれない。
襲うのが難しいくらいの人数を集めれば、流石に襲っては来なかったが、その人数での飲み会で卑猥な事をするのは流石に難しかった。大学側にバレればサークル活動の続行は不可能だろう。
「素直に警察に頼れば良いのじゃないのー? ボコボコに殴られているのだし、十分に被害は受けているじゃない」
女生徒のその指摘に男生徒達は困った表情を浮かべた。まさか「脱法ドラッグが準強制わいせつ罪になる可能性があるから、警察に通報はできない」とは言えない。
「俺らにもプライドがあるからさ。たった一人にやられたまんまじゃ、収まりがつかないんだよ」
男生徒の一人がそう言い訳をした。「それ、プライドの持ち方を間違ているよ」と、女生徒は呆れた声を上げる。
「とにかく始めようぜ。今日は来ないかもしれないし、来たら来たでやっつけてやるだけだ」
これ以上空気が悪くなる前にと別の一人が言ってパーティは始まった。が、皆いまいち乗り切れていなかった。特にいつ襲われるか分からない男生徒達は仄かに緊張しているようで、酒を飲んでもあまり酔いが回っていないようだ。
もちろん、それは飲み過ぎて酔っぱらってしまったら、あの黒尽くめに対抗できなくなるからでもあったのだが。
「わたし、ちょっとトイレ」
そのうちに女生徒の一人がそう言った。男生徒達に緊張が走るのが分かる。ドアの鍵を開ける。奴が侵入して来るかもしれない。しかし、何事もなく彼女は出て行った。息を深く吐き出す音が聞こえる。しばらくして彼女が戻ってきたが、その時も黒尽くめは侵入して来なかった。
安堵の表情を数人が浮かべる。
「ねぇ」と、そのうち女生徒の一人が言った。
「こんな雰囲気で飲み会をやっても全然楽しくないのだけど? そろそろお開きにしない?」
男生徒がそれを宥める。
「いや、気持ちは分かるんだけどさ。もう少しだけ付き合ってくれない? 絶対に盛り上げるからさ」
女生徒達は不満そうだ。それを見て、別の男生徒が酒のコップを掴むと、脱法ドラッグを入れて一気に飲み干した。
「分かったよ。これからはあいつの事は忘れて楽しくいこう!」
アルコールとドラッグの助けを借りて、無理矢理に気分を盛り上げようとしているのだ。やがて他の男達もそれに乗り始めた。アルコールと脱法ドラッグで酔い始める。女生徒もそれに合わせるように酔っていき、やがて場はそれなりに盛り上がっていった。
そして、しばらくの時が流れた。
皆は楽しく酒と脱法ドラッグをやり、黒尽くめの事など忘れたかのように楽しそうにしている。そのにぎやかな声に隠れるようにして静かにドアの鍵がカチャリと鳴る。鍵が外側から開けられたのだ。誰かが何処かで合鍵を手に入れていたのかもしれない。そして、ドアがゆっくりと開いていった。
そこには黒尽くめの男の姿があった。
いきなり彼は駆けると、手前の男生徒の顔面に警棒を浴びせた。皆が彼の存在に気が付く。
「現れやがった!」
他の男生徒が声を上げた。
「おい! お前ら、出てこい! あいつだ!」
すると、机と椅子が集められている辺りからガタガタと音が響く。今までうずくまって隠れていたのだろう。四人の男達が立ち上がった。手には木刀やバットを持っている。しかも顔にはマスクを付けていた。痴漢撃退スプレー対策だろう。
彼らは罠を張っていたのだ。黒尽くめを誘い出し、叩きのめす為に。つまるところは伏兵作戦だが、今回は徹底的にやった。昼間の内から彼らはずっと隠れていたのである。
黒尽くめは突然現れた武装した四人に気を取られているようだった。そこに酔っぱらっている男生徒達が酒瓶を投げつけ始めた。
黒尽くめはヘルメットに防弾ジャケットを装備しているので酒瓶が当たってもそれほど効かないが、それでも隙が生まれた。男生徒達が回り込み、出入り口を塞ぐ。武装した四人が前に出て来た。黒尽くめは後退をし、部屋の角の方に移動をした。
攻められる面積をできる限り減らして、挟み撃ちをさせないようにする為だろう。だが、その所為で逃げるのは難しくなったはずだ。
武装した四人は木刀やバットを構え、黒尽くめを囲んでいった。彼らは慎重だった。
「下手に近付くなよ? 麻酔を打たれるぞ!」
「分かってる」
そのように声をかけ合っている。
一人が木刀で突いて牽制をした。黒尽くめはそれを手で掴んだ。そこに別の一人がバッドで殴りかかった。腕に当たる。防弾ジャケットに護られているとはいえ、それなりのダメージにはなっているはずだった。
「慌てるなよ? これで袋の鼠だ。後はじっくりやれば良い」
一人がそう言った。
黒尽くめが角にいる所為で、同時に二人の攻撃が限界だったが、武器で攻撃をし続ければいくら黒尽くめでもそのうち倒れるだろう。誰も酒瓶を投げようとはしなかった。大きなダメージにならなければ、却って相手に武器を与えてしまうと警戒をしているのだ。
「さすがにこれでお前は終わりだ」
そう男生徒が言った。が、そこで黒尽くめは笑い声を発したのだった。『ハハハハ!』。もっとも、それは肉声ではなく、録音されている合成音声のものだったが。
――単なるこけおどしか?
彼らはそう疑ったが、合成音声は笑い声の後でこう告げた。
『お前ら、これが犯罪行為だってことを分かっていないな』
不意に窓の外で何か音がした。その次の瞬間、もうもうと窓の外で煙が溢れ出て来る。火は出ていない。恐らく、発煙筒か何かだ。
もちろん窓の外でいくら煙が出ようが彼らには一切ダメージはない。しかし、確実に人は集まって来る。彼らは武器を持ってたった一人を打ちのめしている上に、脱法とはいえ準強制わいせつ罪に問われる可能性のある薬物が酒に混ぜられていて、それを飲んだ女達がここにはいる。
――絶対に見つかっちゃいけない!
「逃げるぞっ!」
出入り口を塞いでいた男生徒の一人がまずは逃げ出した。他の男生徒も続く。女生徒達が「え? 逃げちゃうのぉ?」とそれを追い、武装した四人も顔を見合わせると「クソッ!」と吐き捨てて武器を放って逃げ始めた。
――人が集まって来る前に、さっさと遠くに離れなくては!
そうしてダンスサークルのメンバーがいなくなると、黒尽くめ大きく溜息を漏らした。そして、少しの間の後に自分も急いで逃げ出した。彼も見つかってはいけない立場である。
「……ね? 無事に済んだろう?」
天野小夜子に向けて、稲塚薫が澄ました顔でそう言った。ちょうど昨夜の顛末を話し終えたところだった。
大学から少し離れた喫茶店、人気がないのか他に客はいない。落ち着いた雰囲気があった。
「あいつらは見つかったらまずい立場だからね。優勢になっても、人を集めれば逃げ出すんだよ」
ヘルメットはドローンに接続されている。合図を送る事で発煙筒を投下する装置を、彼は檜倉に頼んでドローンに取り付けておいてもらったのだ。
「無事ねぇ……」
と、言って天野は彼を見やる。防弾ジャケットの上からとはいえ酒瓶が当たり、バッドで何度も殴られている所為で、彼の身体には幾つもの痣ができているはずだった。
「まあ、あんたが無事だって言うのならそれでも良いけどさ。これからどうするつもりでいるの? あいつらの淫らな飲み会の邪魔はできても完全には潰せないでしょう?」
それを聞くと、指を一本出して彼は「それだよ」と言った。
「だから君に協力して欲しいんだ」
「何よ?」と彼女は物凄く嫌そうな顔を見せる。
「うん。これだけ邪魔をすれば、連中はキャンパス内では飲み会をやらなくなるだろう。でも、外でやると、ずっと警察に見つかり易くなるんだよ……」
その説明で、彼女は彼の計画の凡そを察した。
それからしばらくが経った。
大学の講義室。白鳥愛が目を丸くしている。
「びっくり! 先輩達、警察に捕まっちゃったみたいよ」
それに稲塚薫は、「ああ、ダンスサークルだよね? 聞いた話じゃ、けっこうやばい事をしていたらしいよ」などとしれっと返す。
ダンスサークルの面々は、街のホテル内で脱法ドラッグ入りの酒を飲み、淫らなパーティを開いていたところを警察に見つかり、捕まってしまったらしい。彼らの様子がおかしいのに気が付いた客から通報があった事になっている。違法性のあるドラッグの利用を疑われたらしいが、その件については疑いは晴れている。がしかし、準強制わいせつ罪の可能性があり、まだ取り調べは続いているらしい。
――実は、通報したのは稲塚だったのだが。
天野はヤリサリアン達から何度か誘われている。それを利用して、いつ何処でパーティが開かれるのかといった情報を彼女を通して入手していたのである。
警察官がキャンパス内に入ってくれば直ぐに察知されて証拠を隠されてしまう。それに、もし仮にキャンパス内で捕まったなら、絶対に警察に通報した“裏切り者”捜しが生徒達の間で始まる。“黒尽くめの男”などという都市伝説的な存在ではなく、警察に通報した誰かは必ずいるのだから。ひょっとしたら彼に情報を教えてくれた天野が疑われてしまうかもしれない。が、大学の外でなら話は別だ。外部の者の通報が不自然ではなくなる。だから、稲塚はヤリサリアン達が外で淫らな飲み会を開くまで待っていたのだ。
“大学の外でそんな事をやるなんて馬鹿な連中だ”と、皆が彼らを笑っていた。
「まだ起訴されるかどうかは分からないけど、少なくともダンスサークルは潰れるだろうね」
白鳥は稲塚の言葉に大きく頷き、「わたしも何度か誘われていたけど、付いて行かなくて良かったわ。危なかった」などと無邪気に言っていた。




