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2-12.演奏会

彼らの神々はどこにいるか、

彼らの頼みとした岩はどこにあるか。

彼らの犠牲のあぶらを食い、

灌祭(かんさい)の酒を飲んだ者はどこにいるか。

立ちあがってあなたがたを助けさせよ、

あなたがたを守らせよ。

今見よ、わたしこそは彼である。

わたしのほかに神はない。

わたしは殺し、また生かし、

傷つけ、またいやす。

わたしの手から救い出しうるものはない。

わたしは天にむかい手をあげて誓う、

わたしは永遠に生きる。


(申命記第三十二章より)

 一八〇〇年、四月二日。ウィーン、ブルク劇場にて、私は初めて自分で主催した大演奏会を開いた。

 プログラムは次の通りだ。


  1『故楽長モーツァルト氏の大交響曲』


 これは候補が三曲あった。モーツァルトが比較的晩年(?)に作曲したと言われている変ホ長調、ト短調、ハ長調だ。三曲とも驚くべき内容を持っている音楽なのだが、ト短調以外は初演がまだだという。三曲の中で私の好みは断然ト短調だったが、すでに公開されていることと、演奏会の一番初めに短調を持ってくるのはなかなか勇気のいることだったこととで、却下となった。なにしろ初めての公開演奏会なのだ。失敗はできない。まあ、変ホ長調かハ長調だろう、と考え、最終的にハ長調『ジュピター』を選んだ。この副題はボン出身でハイドンをロンドンに招いたザロモンが名付けたのだという。

 本当は、最初の計画では、モーツァルトがあのとき、私の第一回ウィーン旅行のときに作ったセレナード『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』を初演しようと考えていた。セレナードと交響曲(シンフォニー)とは、モーツァルトの時代にはそう変わらない。演奏会の一番初めに演奏するのは一般的に交響曲かセレナードがいい、とされているから、これでもいいではないかと考えたのだ。

 しかし、コンスタンツェが、どうしてもそれはやめてくれというので、彼女の意向を汲まざるを得なかった。なぜなら……。いや、この話は長くなるのであとに回すとしよう。


  2『侯爵家楽長ハイドン氏作の「天地創造」からのアリア』(独唱ザール嬢)


 ハイドンに敬意を表してこの曲を入れたというよりは、カトリック教会への抗議の意味合いがあった。教会は、このオラトリオには、フリーメーソン的、反教会的要素があるとして、教会における上演を禁じたのだ。これは個人的な恨みは抜きにして、納得のいかないことだった。


  3『ピアノフォルテの大協奏曲』(作曲と演奏、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン氏)


 オデスカルキ侯爵夫人に捧げた作品十五のピアノ協奏曲。すでに四年以上も前にハイドンの演奏会で初演は済ませていたが、(おおやけ)の場では初めて演奏する。これも無難なハ長調だ。

 第一回ウィーン旅行のとき、モーツァルトは内輪の小さな演奏会でのこととはいえ、ピアノ協奏曲ニ短調をいきなり演奏した。今考えると、あれはずいぶん乱暴なことだったのだなと思う。彼女はそうやって、聴衆たちをわざと遠ざけたのだった。


  4『皇后陛下に謹んで献呈された七重奏曲』

   (四つの弦楽器と三つの管楽器のためのもの。ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン氏作曲。

    演奏はシュパンツィヒ、シュライバー、シンドレッカー、ベーア、ニッケル、マタウシェック、ディーツェルの諸氏)


 これは、私が憎むべき現状を形作った伝統という土台を確かめるために作曲した七重奏曲だ。献呈者は、その伝統の王たるフランツ帝の后マリア・テレジアにした。


  5『ハイドン作「天地創造」からの二重唱』(演奏、ザール氏、ザール嬢)


  6『ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン氏によるピアノ即興の予定』


  7『新作の大交響曲』(全団員演奏、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン氏作曲)


 最初から狙ったわけではないが、1のモーツァルトの大交響曲と、3の中盤のピアノ協奏曲と同じように、7の私の新交響曲もまたハ長調だ。演奏会の始めと終わりに交響曲をもってくるのは、やっぱり、音楽のジャンルの中で交響曲の地位がまだそれほど高くない、ということを示している。

 モーツァルトの功績の一つは、ピアノ協奏曲というジャンルを音楽会のメインにするまでに価値を高めたことだが、交響曲をそうするには寿命が足りなかった。彼女のやり遺した仕事は多いが、私はできる限りそれを引き継いで成し遂げたいと思っている。交響曲は充分開拓の余地があるジャンルだ。これから特に力を入れて取り組んでいきたい。

 この交響曲第一番については、誰に献呈しようかとさんざん悩んだあげく、やっぱり最も厄介になったマクシミリアン・フランツに捧げるのが妥当だろうと結論付けた。彼は今、ウィーン郊外のヘッセンドルフにいるということだが、どうなっていることやら、まるで近況は分からない。

  ……以上である。

 開演は十八時半。会場はほどなく満員になった。心配していたわけではないが、思った以上に大成功だった。

 

「ベートーヴェンさん、成功おめでとう」

 演奏会のあと、たくさんの貴族たちが花束を持って駆け寄ってきたが、その中にコンスタンツェもいた。彼女から花束を受け取るとき、メッセージカードを密かに渡された。舞台袖に入ってそれを開くと、この劇場の近くのホテルで待つというメモ。

 彼女とは、モーツァルトの息子フランツ・クサヴァ・ヴォルフガング・アマデウスのおかげで、世紀末が終わった直後から、ちょくちょく会うようになっていた。彼女にはすでに同棲相手がいたが、それでも私は自分の気持ちを抑えられなかった。彼女は第一回ウィーン旅行のときと同じように、私を受け容れてくれた。しかし今度は一度限りではなかった。

「コンスタンツェ、今度どうしても『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』を初演したいんだ!」

 私は、モーツァルトの息子に導かれて、新世紀早々彼女を訪ね、躍起になってかけ合った。

「まあ、突然何事ですの? ベートーヴェンさん」

 彼女は話の内容はもとより、私の意気込みに驚いていた。ずいぶん前から彼女と一緒に暮らしているという男が、この日に限って留守だったから、私は幸運にも追い返されずに済んだと言える。

「どうしてもあの曲を、今度私の主催する初めての公開演奏会で取り上げたいんだ」

 私はなんとしてもこの曲を、演奏会の一曲目に演奏したかった。

 このセレナードには、モーツァルトと出会ったときに、彼女と一緒に作った曲なのだ。彼女はまだ第一楽章しか作曲していなかったけれど、これをセレナードにしようと言って、私に第二楽章を作曲させた。その二楽章は別れに際して私が持ち帰り、絶望の中で馬車の外に破り散らしたのであったが。

 リヒノフスキーから聞いたのだ。モーツァルトには『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』という曲もあるのだそうだ、と。

 あの曲が完成されていた? 私は初めてそれを知って驚愕した。そしてコンスタンツェにこう詰め寄ったのだ。

「楽譜を見せてください。私の手で世間に公表したいんだ」

「それは困ります」

「なぜ!」

「ベートーヴェンさん、あの自筆譜を、まだ持ってらっしゃる?」

「それは……」

 彼女の言う自筆譜とは、私が作曲した第二楽章のことだ。

「失くされた? ちょうどいいですわ。では、このお話はなかったことに」

「一音残らずはっきりと覚えています。すぐにでも再現できます」

「それは、どうかおやめください」

「なぜ!?」

 すると彼女は眉根を寄せた。

「ベートーヴェンさん、わたしは今、亡き夫の遺した『自作品目録』を整理していますの」

 彼女の言う冊子には覚えがあった。モーツァルトは何か新しく作曲するたびに、それにちょこまかと書き込んでいた。

「それが何か?」

()自身も、自分の秘密については神経を配っていたので、それほど危険な箇所は見付かりませんでしたが、ただ一か所だけ、つまり、あなたと共同制作した『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』の記入欄だけに、多少ですが問題があったのです。それで、この部分はこちらで抹消しました」

「そんな……なぜ!!」

「あなたとあの人が恋人関係にあったなどということは、誰にも知られてはならないからです」

 彼女の顔はここで急に険しくなった。

「『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』は、あなたが作曲した第二楽章は除いたままの、全四楽章でいいのです。その形で、今月中に他の自筆楽譜と一緒にオッフェンバッハの出版業者に売る予定になっています。ですから、本当はこの曲をクローズアップされたくないんですが、どうしても演奏会にこの曲を演奏したいとお考えなら、四楽章構成のセレナード、ということでならいいでしょう」

「それでは作品ではなくなってしまう! 全楽章でなければ意味がないんだ! あなたがなんと言おうと、紛失した第二楽章のメヌエットを記憶通りに復元し、全五楽章そろえます!」

「ベートーヴェンさん……」

「どうしても聞き入れてもらえないなら、あなたを殺してでも楽譜をもらっていく」

「どうぞ、お好きなように」

「本当に殺しますが、後悔しませんね?」

 私の威嚇(いかく)に、彼女はふっと溜め息をつく。

「モーツァルトを汚させはしません」

 汚させは……? あの人と私の恋が、なぜあの人の汚れになるというのだ? 私は納得がいかなかった。

「汚すんじゃない! 人々がこの曲の完成版を聴くことができる唯一の機会を作るためなんだ!」

 私が怒りをもって叫ぶと、彼女は私の前に身を張り出した。

「殺すなら殺しなさい。わたしは死を恐れたことなど一度もない」

「……」

 その姿は凜として美しく、窓からの逆光も手伝ってか、少なからず私の心を打った。

 こういうところが、本当に私の母に似ている。私はしばらく彼女を見つめ、諦めたように笑った。

「あなたのような人を妻にできたら……どんなにかいいだろうな」

 私が呟くように言うと、

「わたしの力ではありません。パートナーのニッセンが有能なのです」

 ここで他の男の名が出てきたので、私は少し傷ついた。

「結婚は……再婚はしないのか?」

 と問うと、彼女は寂しげに笑う。

「前夫の墓も作らなかった、至らない妻ですもの。無理ですわ」

「墓、か。公表できるはずもないからな」

 墓を作れば、あの人ほどの有名人ならば、きっと荒らされる。そうなれば、あの人の性別も暴かれてしまう。

「あの人のことをまだ忘れられない私を、あなたは愚かだと思うだろうな」

「いいえ、あなたらしいですわ」

「私は一度駄目になってしまったんだ。あなたにあの姿を見られなくてよかった。どんなに探しても、彼女がもうこの世のどこにもいないという事実が、辛くて」

「ベートーヴェンさん……」

 その日、コンスタンツェはためらいつつも私を受け容れてくれた。私は最初から彼女を奪うつもりでいた。それは、モーツァルトの息子を奪いたいという気持ちがあまりに強過ぎたからだ。

 だが、それだけではやはりなかった。このときの私が失ってしまっていたものはあまりに大きく、恨みや憎しみで精神はすっかり病んでしまっていた。それは寛大な威厳(いげん)を持つ彼女にすがることでしか癒やせない傷だった。私は小さな子どもが甘えるように、彼女を好き勝手に扱った。

 彼女に抱かれると何も見えなくなる。彼女は以前のように激しくはなく、寝ていながらもまるで母の像だった。


 それからもちょくちょく会えたのは、コンスタンツェの恋人が公使館に勤めているデンマークの外交官であり、がちがちの仕事人間だったため、家を空けることが多かったからだ。

 おかげで、この関係ももう四か月目に入ろうとしていた。

 この日も、私はうるさい連中を避けて彼女の部屋に行き、情事を重ねた。この日は恋人の帰りが遅いことが分かっているらしく、その後、コンスタンツェは白ワインを開けた。

「トカイ・ワインか」

 私が嬉しそうにすると、

「あら、ワインは嫌いって言ってなかった?」

 彼女はワインを注ぎながら言う。

「好きになったんだ、あれから。赤でも白でも大好きさ」

「あらあら、怪しいこと」

 などと、しばらくはどうでもいい話をして(たわむ)れた。

 しかし、私は、ここで彼女に言っておきたいことがあった。言っていいものかどうか、直前まで迷っていたが、やはり話すことにした。

「え?」

 コンスタンツェは驚きを隠さず、眉根を寄せる。

「耳が悪くなった?」

「ああ。じきに聞こえなくなるかもしれない」

「お医者さまには?」

「内緒で治療を受けてはいるが、可能性は五分五分だとか」

 彼女はしばらくうつむいて、慰めの言葉でも考えているのか、自分の中で思考を巡らせていた。そしてやがて口を開き、こう語った。

「わたしは、昔から、亡き夫の境遇について考えてきました。どうしてあれほどの才能のある人が、どう努力しようにも覆しようのないハンデを負って生まれたのか。わたしは男女を差別する今の世の中は間違っていると思います。もちろん()もそう思っていました。そして彼は、(ひそ)かにそのハンデを武器にして頂点を極めたのです」

 私はそれを黙って聞いていた。

「でも、彼以上にハンデを持つ人が現れたのね」

 コンスタンツェは気高い微笑みを浮かべ、別れ際に黒い布にまかれた小さな平たいものを私に手渡した。

「これは?」

「『モーツァルト葬送』という名の絵です」

 私は、その場ではそれを観なかった。持って帰って、モーツァルトの肖像画の隣に飾ろうと思った。


 そんなコンスタンツェとの逢瀬の合間を縫うようにして、演奏会後、二人の貴族が訪ねてきた。

「ベートーヴェン!」

 リヒノフスキーとスヴィーテンだった。

「演奏会は大成功だったな! 今年からおまえに六百グルデンの年金だ!」

 と、リヒノフスキーはまるで自分のことのように喜ぶ。彼は、この演奏会の成功を条件に、年金の支給を約束してくれていた。

 隣のスヴィーテンはもっと落ち着いていて、

「また君へのメッセージが掲載されていたぞ」

 と、手に持っていた『一般音楽新聞(ムジカリッシュ・ツァイトゥング)』のページを開く。それはヨーロッパの音楽関係の刊行誌の中では最も権威のある音楽雑誌だった。

「批判は嫌でもよく読め。必ずためになるから」

 と彼は主張していて、そういうことに不精(ぶしょう)な私を思いやってか、私についての記事を見付けるたびに、わざわざ持ってきて読み上げてくれる。

「ベートーヴェンの新しい交響曲、そこには非常に多くの芸術性、新しさ、そして楽想の豊かさがあった。ただ、管楽器があまりにも多く使われ過ぎていた」

 いつもながら、快楽的な批評が連なる。

「勝手に言わせておけばいい。どうせ何も理解できない馬鹿どもだ」

 私は吐き捨てるように言った。

「はは、おまえの怒りたい気持ちは分かるが、一応は肝に銘じておけよ」

 リヒノフスキーはなだめるが、

「真っ平ごめんだ! そんな連中に(へりくだ)る必要はない。ますます勘違いして、付け上がるだけだ」

 と私は断固自分の正当性を主張した。

「そんな偽り事を堂々と公表して、無事でいられても奇跡とは思わない。それどころか、何を言っても当然と思ってやがる。ああいった輩には、復讐をあえて思い留まっている人間の好意を悪用して生き延びていることの卑しさを自覚させる必要がある」

 ここまで言うと、

「実に汚い言葉だ。汚物以上に汚れている」

 とスヴィーテンは怒りを満面にして言った。

「すっかり天狗になっているようだな。少しは落ち着いたらどうだ」

「なんだと?」

 私に意見してきた彼は、貴族の他にもいろいろな肩書きを持っている音楽愛好家だ。十年前、宮廷の職を解雇されたらしいが、相変わらずの大富豪で、未だに才能のある音楽家を見付けては援助を申し出ているという。

 彼がこれまで面識を持った音楽家は数え切れないが、その中でもカール・フィリップ・エマヌエル・バッハ(大バッハの息子)、ヨーゼフ・ハイドン、そしてモーツァルトなどが有名どころだろう。特に深いつながりがあったのはモーツァルトで、噂によると、スヴィーテンの宮廷職解雇の原因も、モーツァルトの遺体管理の件で、皇帝レオポルトⅡ世と対立したことが関係しているとか。真相はいくら探っても教えてもらえなかったが。

 彼とは、すでに第一回ウィーン旅行のときに知り合っていた。その頃、彼は私邸で大規模な演奏会を開いており、私は一日だけそれに出演した。そのときの主な演目がヘンデルの『ブロッケス受難曲』。彼の組織したオーケストラが奏でるその作品を、不安定で一瞬も目が離せないような状態のモーツァルトと私は並んで聴いたのだった。

 その際の、幕間(まくあい)の私の即興演奏はモーツァルトに宛てたものだったが、それを聴いたスヴィーテンは、私の実力を高く評価してくれた。

 しかしそれも昔のこと。私はとっくにこの男爵には見放されていた。

 第二回目のウィーンでも、来たばかりの頃は、ズメシュカル男爵から譲り渡されたというピアノと管楽器のための五重奏曲をはじめ、モーツァルト作品の数々を見せてくれたりと、親切だった。だが、彼が昨年『一般音楽新聞』に「真に偉大で模範的な道を行く作曲家」として挙げた作曲家の中に、私の名はなかった。雑誌を見せられたのが今年に入ってからだから、まだ記憶に新しい。

「ベートーヴェン、いつも人の好意を悪用しているのは、君の方だろう」

 もうとっくに関係のない人間になっていたはずの彼からの非難に、私はしかめていた顔を上げた。そこに映った彼は明らかに私を見下していた。しかし、それからすぐ私の前に腰を下ろし、目線を合わせて、誠実な口調で私に語りかけてきた。

「ベートーヴェン、いつまで逃げている?」

 と。私はなんとなく続けられる言葉を予感して顔を伏せた。

「モーツァルトの亡霊を演じるのはいい加減にしろ」

「!」

 やっぱりこうきたか。久々に胸をえぐられる思いがした。彼の言葉はそれほどに真実をついていた。

「君はモーツァルトではない。ベートーヴェンだ。どうあがこうがモーツァルトになれはしない。もうこんな猿真似はやめろ」

「待ってください。スヴィーテンさん、いったい、何を?」

 リヒノフスキーは、おそらく私をかばおうとしてスヴィーテンを止めに入ったが、スヴィーテンはすかさず彼に言い返した。

「だいたいあなたがたが悪いのですぞ! ハイドン先生をはじめとする音楽界全体にその責任がある。モーツァルトを失った悲しみを癒やしてくれと言わんばかりに彼に頼り切って……。

 なぜ彼を彼として生かしてやれない?」

「いいえ、スヴィーテン男爵、それは言い訳です」

 と私は言った。震える唇を噛み締めながら。

「言い訳だと? では君はあのハイドンを裏切れるか? あれほど友人モーツァルトの死を嘆き悲しみ、やっと君を見つけ出した。君が彼の期待に背けば、彼はどうなってしまうか……」

「ハイドンは関係ありません。もう師弟関係でもなんでもない」

 とはいえ、スヴィーテンの言うこともあながち間違ってはいなかった。実際、現在ハイドンは(ひん)()の状態にある。『天地創造』の作曲以来、目に見えて彼の身体は衰弱していった。この大作に入れ込みすぎた無理が(たた)ったのだろう。そのうえ、この三月には長年連れ添った妻を亡くしたのだ。彼はこの妻をさほど愛してはいなかったが、呪いくらい受けてもおかしくはないほど愛人遊びがひどかった。とにかく四月に入った途端、彼はバッタリと倒れてしまった。そういうわけで、彼は私の公開演奏会にも来ることができなかったのだ。まあ、元気であっても来なかったかもしれないが。

「ハイドンの勝手な想定から外れることが、裏切りでしょうか」

 と私は続けた。

「では、こんな馬鹿なことはやめてくれるな?」

 スヴィーテンは念を押すように言う。

「そのことについては、もう少し考えます。ただ、この件について、周囲にその責任があるとはお考えにならないでください。すべての責任は私にあります。私が選んだのです」

 男爵はこれを聞いて、再び私に軽蔑の視線を落とした。確かに今の私には相応しい仕打ちだ。

「あなたが、なぜ『一般音楽新聞』に私の名を挙げなかったのか、よく分かりました」

 と言うと、

「ああ、あれは妥当な判断だった。私は何よりも偽りが嫌いなのでな」

 と彼は答える。

「男爵、あなたの言うことは正しいです。あなたの言う通り、私は人の好意を利用してきました。だが、悪用じゃない。あなたの目にはそう見えていたかもしれないが、断じて違う。真実ぶっているものをつついてまやかしを暴くことでしか、真実は見出せないと考えたからだ。私は分かっていなかった。私自身が偽りだったことに気付けなかった。あなたの言う通りです。しかし、もう少し猶予が欲しい」

「君は、ハイドンの『天地創造』を聴かなかったのかね?」

 と彼は言った。そういえば、あの台本はこの人が書いたものだった。

「いえ、聴きました」

「それなのに、いつまでそんなことを言っている気だね? 本気で立ち上がらなければ太刀打ちできないということが、なぜ分からないんだ‼」

 スヴィーテンはついに私に(つか)みかかってくる。

「ス、スヴィーテンさん、これはあんまりだ。なぜ彼にこんなひどい仕打ちを?」

 と、リヒノフスキーはスヴィーテンを止めに入って彼を責めたが、男爵はその問いの答えをリヒノフスキーに返さずに、私に言った。

「ベートーヴェン、私が君を何者だか知らずにこんなことを言うと思うか?」

 彼の眼差しが、私には尖ったナイフのように見えた。

「君に初めて会ったとき、『私は本物の音楽家にしか興味がない』と言った。覚えているか?」

 と問われ、私は目を見開いたまま、ゆっくりとうなずく。

「私はあのとき、君に一つの大きな使命を見た。だからこそ君にあんなことを言ったのだ」

 彼が何か述べるたびに、彼の鋭い視線が私に刺さる。

「私だけではない。どれだけの人間が君に期待を寄せていると思う? 君はそれを押し付けと言うが、それ以上のものになるかと言えばそうではない。その証拠に、最近の君の生活はなんだ。君を信用していただけに私の失望は大きかったぞ」

「……」

  おそらく彼は、私の去年からの自堕落な生活ぶりと、ここ最近のコンスタンツェとの情事について言っているのだろう。何も言い訳できない。彼は続けた。

「だが、私はここで再び君に真実を突き付ける。それがどんなに残酷なことであってもだ。たいていの人間は目の前に真実を突き付けられることに耐えられない。だが、君は耐えねばならないのだ。全人類が偽りに堕ちても、君は真実であらねばならない。他の誰にもできないことを、君は成し遂げなくてはならないのだ」

「……スヴィーテン男爵」

「そのために私は第七日目を君に残しておいたのだ」


 それから、一人になった私はバラバラになった脳細胞を組み立てるために、ピアノに向かった。

 仕組まれたかのように演奏会の日の朝に、どこからともなく出てきたエメラルドの指輪を、また決して落ちないようにと小指にキツくはめて、アンダンテ・コン・ヴァリアツィオーニで五つの変奏を展開していく。モーツァルトとの思い出のすべてを託して、あの美しい春の日々を描いた。

 気が付くと、私は泣いていた。涙が溢れて止まらなかった。

 父親の死を目前にすることを嫌がっていた彼女の気持ちが今なら分かる。

 訂正一つない、美しい十三枚の楽譜。暗い現実に背を向けた彼女の音は、さながら天上を(かけ)る太陽のようだ。あの音楽を、今は聴いていたい。

 コンスタンツェからもらった絵はまだ観ていない。今はまだあの黒い包みを開きたくない。彼女の死をはっきり確かめるのが怖いのだ。

 昔、現実にぶつかり、消えてしまった夢がある。あのときと同じように、また消えてなくなるかもしれない。それが私には怖くてならないのだ。

『真実ぶっているものをつついて、まやかしを暴くことでしか、真実は見出せない』

「……」

 人は皆、弱さを持っている。どんな聖人でも、つつかれればボロが出るものだ。そんなものしか存在し得ぬこの世界で、ずっと真実だけを求めてきた。同じように試して失っても、悔いなどあろうはずもなかった。

 だが、彼女にだけはどうしても偽りの烙印が押せない。脆くて(はかな)くて弱くても、それでも真実だと思える。

 私の心の彷徨(ほうこう)は、いつやむのか? もしも、このまま彼女が私の前に姿を現さないならば、私はなんのためにここにいるのか?

 私はあのときの彼女と同じ過ちを犯してはいないか?

【参考文献】


★『ベートーヴェン』(上)(下)

      メイナード・ソロモン著 徳丸吉彦、勝村仁子訳(岩波書店)

★『ベートーヴェンの生涯』(上)(下)セイヤー著 大築邦雄訳(音楽之友社)

★『ベートーヴェンの生涯』青木やよひ著(平凡社)

★『ベートーヴェン 生涯篇』属啓成著(音楽之友社)

★『ベートーヴェン書簡選集』小松雄一郎訳(音楽之友社)

★『ベートーヴェンの虚像をはぐ』武川寛海著(音楽之友社)

★『古代の宇宙論』

    C・ブラッカー、M・ローウェ編 矢島祐利、矢島文夫訳(海鳴社)

★『世界創造の神話』

    M=L・フォン・フランツ著 富山太佳夫、富山芳子訳(人文書院)

★『ギリシアの神々』曽野綾子、田名部昭著(講談社)

★『ギリシア・ローマ神話事典』

    マイケル・グラント、ジョン・ヘイゼル著 

     木宮直仁、西田実、入江和生、中道子、丹羽隆子訳(大修館書店)

★『プロメテウス―ギリシア人の解した人間存在』

         カール・ケレーニイ著 辻村誠三訳(法政大学出版局)

★『作曲家別 名曲解説ライブラリー ベートーヴェン』(音楽之友社)

★『作曲家別 名曲解説ライブラリー ハイドン』(音楽之友社)

★『コンスタンツェ・モーツァルトの結婚―二度ともとても幸せでした―』

                 〈音楽選書65〉

       ヴィゴー・ショークヴィスト著 高藤直樹訳(音楽之友社)

★『シカネーダー伝―『魔笛』を書いた興行師』原研二著(新潮社)

★『現代医学のみた大作曲家の生と死 ハイドン/モーツァルト』

       アントン・ノイマイヤー著 礒山雅、大内典訳(東京書籍)

★『ハイドン(1970年)(永遠の音楽家16)』

        ピエール・バルボー著 前田昭雄、山本顕一訳(白水社)

★『モーツァルト』メイナード・ソロモン著 石井宏訳(新書館)

★『比類なきモーツァルト』

        ジャン=ヴィクトル・オカール著 武藤剛史訳(白水社)

★『ベートーヴェン事典』平野昭、土田英三郎、西原稔編著(東京書籍)

★『ベートーヴェン大事典』

      バリー・クーパー著 平野昭、横原千史、西原稔訳(平凡社)

★『モーツァルト大事典』ロビンズ・ランドン監修 海老澤敏訳(平凡社)

★『ベートーヴェン全集』(講談社)

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