12.ひとりめ
翌日の朝。
昨日のように身体が重いなどという事もなく、ごく普通に起き出した俺は顔を洗い台所に顔を出して朝食の準備をしているサンポさん達に挨拶をして畑に取れたて野菜を狙いに行く。
4日目ともなれば大分この世界での生活にも慣れて来た気がする。
朝食の席では全員と顔を合わせつつ、ミナミさん始め子作りの儀を行った人達の状態を確認したが未だ変化はなし。
「今日は、わたしの日ですねぇ」
「よろしくお願いします、ヨナさん」
「こちらこそぉ」
相変わらずののんびりとした声を聞きながら今日はどんな一日になるだろうかと思いを馳せた。
そして朝食を食べ終え、まずは二人で離れに行ってのんびり話でもしようかと思ったらヨナさんにちょっと待ってほしいと言われた。
「何かありました?」
「折角なので、部屋から楽器を持ってきても良いでしょうか。
私の職業は楽士なので一曲お聞かせしますよ」
「良いですね」
楽士とはつまり音楽家の事だ。
きっと楽器の演奏が上手になるのか綺麗な音が出せる職業なのだろう。
先に離れの縁側に座って待っていると、ヨナさんがクラシックギターを1周り小さくしたような楽器を持ってやって来た。
ポロロンと調律の為に軽く鳴らした音はまんまギターだ。
「コースケ様はどのような曲がお好きですか?」
「そうだな。穏やかで明るい曲かな」
若い頃はロックな曲も嫌いでは無かったけど、歳を取るにつれてそういう激しい曲からは離れてしまった。
最近はどちらかと言うとカントリーソングやフォークソングを鼻歌混じりに口ずさむことが多い。
「では『春の風』という曲を」
ヨナさんの手によってミニギターからゆったりとした曲が流れだす。
目を閉じると春の陽気に包まれてうたた寝してしまいそうな心地になる。
これが楽士の能力か。いやヨナさんの腕前かな。
穏やかな数分間が過ぎ、俺は拍手でヨナさんを称えた。
「コースケ様は楽器の心得はおありですか?」
「遊びでちょっと触ったことがあるくらいだな」
ドレミは分かるけどFコードなどは分からない。
だから例えば『きらきら星』や『禁じられた遊び』の主旋律は演奏出来るけどそれくらいかな。
その程度なのでヨナさんを前に弾けるというのはちょっと恥ずかしい。
しかしそんな俺にヨナさんは大事な楽器を渡してきた。
「何か弾いてみてください」
「下手ですよ?」
「構いませんよぉ」
勢いで受け取りつつ、まずは音階の確認。
現代ギターと違いどこを押さえればよいのかの目印はないので大体で場所を把握していく。
さてじゃあ何を弾くか。
ギターだけだと拙さだけが出てしまうので歌の伴奏にしよう。
そして彼女の為に歌うのならこれかな。
俺はギターで前奏を弾きながらそっと歌い出した。
「な~ぜ~めぐ~りあうのかを~♪」
「……」
所々音を外してしまったけど、ヨナさんは終始にこにこと俺の歌を聞いてくれた。
「人はし~あ~わ~せ~と、よびま~す♪」
俺が歌い終わってもヨナさんはじっと噛みしめるように黙っていた。
そしてぽつりと「ありがとうございます」と零した。
「音にはその人の人間性が如実に現れます。
コースケ様の歌はまるで……いえ、言葉で表すと陳腐なものになりそうですね。
私のこの胸に宿った温もりこそが答えなのだと思います」
俺としては耳汚しになってしまったんじゃないかなと思っていたけど、どうやら及第点以上に評価してもらえたようだ。
それといつもよりもハキハキとした言葉遣い。これは彼女が高揚していることを表している。
その証拠にその表情はほんのり赤く色づいていた。
「では次は私が返歌を」
再びギターを構えたヨナさんが今度は歌付きで曲を奏でる。
歌い終わればまた俺にギターを渡して何か一曲と促してくる。
そうして交互に何曲か交換し合う。
なんだろうねこれ。
言葉にはしてないのにそれ以上に通じ合うものがある。
これが音楽の力というものか。
あと何故か自分の演奏がぐんぐん上達している気がする。
俺にもヨナさんの職業パワーが伝播してるのかも。
「コースケ様は、まるで村のおばあ様方のような貫禄がありますよね」
「ふっ、実はこう見えてヨナさんの倍以上生きてますから」
肉体年齢は二十歳前後に若返っているけど、経験や知識まで二十歳に戻った訳ではない。
本来ならヨナさんとも親子以上の年齢差があるのだ。
まぁだから偉いとか言うつもりは無いのだけど。
「そろそろ指が痛くなってきました」
「あ、すみません。楽しくてついついやり過ぎてしまいましたねぇ。
では楽器はここまでにして本題に移りましょうか」
「本題?」
「もちろん子作りの儀ですよぉ」
その言葉にグイっと意識を切り替えさせられた。
そうだよな。彼女らの目的は趣味や特技で楽しい時間を過ごすことでは無い。
あくまでそれは前座。本命はこっちだ。
ただ音楽を通じて心を通わせた意味は十分にあったと思う。
その証拠って訳ではないけれど、翌日の朝には彼女のステータスに変化があった。
【状態:妊娠中】
待ちに待った表示を見て俺は深く息を吐いた。
無事に成功例が出たことで、子作りのやり方に問題が無いことも、俺が種無しではない事も証明された。
他のメンバーについても回数を重ねればその内成功するだろう。
何よりまずはヨナさんにおめでとうを伝えないと。
「ヨナさん。無事に子供が宿ったようです」
「本当ですか!?」
「「おめでとうございます!」」
俺の発表に大広間はお祭り状態だ。
特に子作りに来ているヒトエさん達は祝福しながらも成功の秘訣は何かと質問攻めにしていた。
みんなが落ち着いて、改めてヨナさんが俺の所に挨拶に来た。
「お世話になりました」
「うん。元気な子を産んでくれ」
「はい!」
「この後はどうするんだ?」
「すぐに故郷に帰ります。
早く家族に報告したいですし、ここに留まっても次の方の邪魔になるだけですから」
ヨナさんは言葉通り朝食を終えたら身支度を済ませてモミジさんの操る馬車で屋敷を去っていった。
何というかまさに一期一会。多分もう会う事は無いんだろうけど、子供が産まれたら報せて欲しいと思うのは贅沢だろうか。
そして夕方。
モミジさんが新たな子作り候補の女性2人を連れて戻ってきた。
どうやら感傷に浸る時間は無いらしい。




