第3話 冒険者と試験
冒険者。
もはや人間の領域を逸脱している、特別な職業。
主な仕事は素材の採取に魔物の盗伐。戦時には国の戦力として真っ先に徴兵されることもある。
言うまでもなく、命を懸けた危険な職業だ。
「だから、冒険者志望者には試験が課せられるの」
赤レンガが特徴的な冒険者ギルド。
その内側にある設備は、情報交換と銘打って飲んだくれる酒場に、魔物の盗伐や薬草の採取の依頼が張り出された掲示板。それから受付。
その中央にある受付で、僕はお姉さんから冒険者の説明を受けていた。
「もしかして、僕はその応募資格を満たしていなかったりしますか?」
父さんからはそんなことは聞いていないが、もしかしたら年齢制限なんかがあるのかもしれない。
「ううん、そういうわけじゃないのよ。でも君の申請書にある特技を見ていると、冒険者よりもっと適切な職業があるんじゃないかなって思うのよ」
特技は掃除と裁縫を書いた。
「そんなにおかしいですかね」
「きっといいお嫁さんになれるわ」
「あはは、村でもよくからかわれました」
「あら、ごめんなさい」
でも、と。
お姉さんはそう前置きして言葉をつづけた。
「冒険者の試験は実技と筆記だけど、重視されるのは実技なの。ほら、あそこの冒険者なんて筆記試験0点で冒険者になった筋肉よ」
「筋肉……」
ひどい言いようだとお姉さんが視線を送った先を追いかけると、全身が黒光りするたらこ唇の巨漢がいた。両手にリストバンドをつけて重そうなダンベルを上げ下げしている。うん。あれは確かに筋肉だ。
「それに比べて君はまだ成長途中。正直、冒険者になれたとして、何度となく死線を漂うでしょうね」
「……村でもみんなから言われたんです。落ちこぼれのお前には無理だって」
「……そう。厳しいことを言うようだけど、私も同じ意見よ」
「でも――」
確かに僕はオーディオさんみたいに腕を復元したりできない。でも、手首から先くらいなら復元できるようにはなった。
アインズワースさんみたいに時間を切り裂いてタイムトラベルしたりなんかはできない。でも、過去や未来に斬撃を飛ばせるようにはなった。
「――落ちこぼれっていうのを、夢をあきらめる理由にはしたくないんです」
夢を追いかける権利は僕にもあるはずだ。
そのために、地獄のような特訓の日々を耐え抜いたんだ。
始める前から諦めるなんて、絶対に嫌だ。
「……決意は固いようね」
「はい」
「分かったわ。試験だけは受けさせてあげる。でも、ダメだったらきっぱり諦めること。約束できる?」
「いえ、その時はもっと研鑽を積んで出直してきます」
僕がそう返すと、お姉さんは息をついて「まったく……」と零した。それから、にっこりとほほ笑んだ。
「試験は月1回だけ開かれているけれど、タイミングよく明日は試験日よ。どうする? これを受ける?」
「……! はい! よろしくお願いします!」
*
日が落ちて、昇って。
アストレア冒険者ギルドはずれの時計台に集まった冒険者志望者の数はおよそ100名。
「わぁ……みんな強そうだ」
分かる。
ここにいる人たちはみんな実力者に違いない。
ほとんどの人から、魔力を一切検知できない。
普通に過ごしていたら魔力はどうしても漏れるもので、完全に止めるというのはとても難しい。僕も少しは零れている。
多くの人は、気配が非常に希薄。
おそらくハイディングスキルは準標準スキルなんだろう。僕も気配を殺すのは得意だけど、この場ではあくまで標準程度の技量しかないかもしれない。
そして、思考が読めない人。
考えが読めないということは次の一手が読めないということだ。僕は読まれやすいようで、父さんにはいつも読みの速さだけでぼこぼこにされていた。戦闘においてこの能力はとても強い。
「これより試験を開始します! 会場の10箇所にこのようなダミー人形を用意しました。各々得意武器で各試験官に技量をアピールしてください」
からからと台車に揺られて人型の人形が入ってきた。
『なんだあれ、どんだけ分厚い鉄板使ってんだよ』
『下手に攻撃したら剣が折れちまうぞ』
にわかに喧騒に飲み込まれる会場。
それぞれが口々に言いたいことを言うせいで、もはや誰が何を言っているのか聞き取れない。
(どうしよう……)
試験の意図がわからない。
この場に用意された人形の数は10体。
試験を受ける人数は100人を越えている。
(簡単に壊せそうだけど、一人一体壊したら数が足りない。早い者勝ち? いやでも、うーん)
まさか壊れることを想定していないなんてことはないだろうし、この試験にはおそらく何か隠された意図があるはずなんだ。
問題はその意図をどうやって読み解くか。
「ひっ、あ、あんたは……!」
「あ、昨日の親切な方! その節はお世話になりました」
「い、いえ」
うんうん唸っていると、昨日道に迷ったときに道を教えてくれた親切な大男さんと再会した。
そうだ。
採点は個々人だけど、受験生同士で相談してはいけない決まりはない。大男さんはこの試験をどう見るか聞いてみよう。
「あの」
「はい! なんでございましょうか……」
「あの、この試験って絶対に裏がありますよね。大男さんはこの試験をどう見ます?」
「初見でこの試験の仕組みに気づかれるとはさすがのご慧眼でございます!」
「あの、そのかしこまった言葉遣いやめてもらっていいですか?」
親分がそういうならとしぶしぶ頷く大男さん。
いつから僕は親分になったんだ。
もしかすると大男さんは役者は役者でも三枚目役者なのかもしれない。だとすればボケを殺すのはよくないかもしれない。親分呼びを受け入れるかな。
「ほら、あそこを見てくだせぇ。弓矢を構えている女性です」
「うん。いるね」
広場の端っこで、一人の女性が弓を引き絞っていた。空に向かって。
ほどなくして女性は矢を空に放った。
高弾道で放たれた矢は女性から一番遠いダミー人形に吸い込まれるように飛んでいき、見事脳天にあたる部分にぶつかった。
ダミー人形の付近にいた人たちは何があったんだとざわついていたけれど、試験官の人たちがそれぞれ手元のシートに何かを書き込んでいるのが僕にはわかった。
「……そうか。そういうことだったんだね!」
すべての謎がつながった。
この場に集められた人たちの異様なハイディングスキル。なかなかダミー人形を攻撃しようとしない受験生。そして、ひっそりと打ち込まれた矢とそれを評価する試験官の動き。
(これは、秘密裏にダミー人形を攻撃することで採点されるゲーム!)
おそらくダメージは度外視。
どれだけ軽微な一撃でも入ればポイント。
むしろ壊さないように何度も攻撃することこそがこの試験の必勝法。
だからこその脆弱そうな人形だったんだ。
危ないところだった。
この場にいる人たちは手を出せずにいるんじゃない。きっと今この瞬間も、僕が感知できないだけでひっそりと攻撃をしてはポイントを稼いでいるに違いない。
大男さんと出会わなければ、詰んでいたかもしれない。
「大男さん! ありがとうございます! 僕、がんばります!」
「お、おう。ほどほどにな?」
よし、やるぞー!