第20話 再試験と嚆矢
「再試験?」
あれから、セフィリアさんを救出して、ミュトスさんと翌日(もはや今日なんだけど)ギルドでまた会うと約束して、来てみるとそんな話になっていた。
ギルドマスターがこう続ける。
「ああ。ミュトス君から聞いた話だが、ロギア君もダミー人形を壊すだけの力量があるらしいじゃないか」
「うげっ⁉」
あの人なにゲロってくれてんの⁉
せっかくゲゲルグさんがかばってくれたのにこれじゃあ意味がないじゃないか!!
恨みを込めてミュトスさんを睨む。
あ、こっちに気づいた。
(どや顔でサムズアップじゃないのぉぉ!)
何故か「いい仕事をした」とでも言いたげなミュトスさんに、声を上げずに憤慨する。
ダメだ。
僕たちはやっぱり分かり合えないかもしれない。
パーティ解散の危機だ。
「ゲゲルグ君も、ダミー人形を壊したのは自分じゃないと言っていた。ゆえに、試験官の採点ミスを我々としては疑っている」
「うぇっ、え、と、その」
あ、やばい。
頭が真っ白になりそう。
喉が渇いて、上手く声が出てこない。
緊張している?
「……弁償しろって言ったりしません?」
ギルドマスターは獰猛に笑った。
「ははっ、頼もしいな。安心しろ。どうせ鉄板を張っただけの張りぼてじゃて」
*
そういうわけで、ギルドのはずれの時計台。
前回の試験と同じダミー人形が、今度は一体だけ鎮座している。
それから、謎にたくさんのオーディエンス。
「親分! 見せつけてやってくだせぇ!!」
「ロギア、手を抜いたら、射殺す」
その他、顔を合わせたことすら無い冒険者の人まで僕とダミー人形を取り囲むように並んでいる。
観察キットで飼育されている昆虫はきっとこんな気分なんだろう。
というか射殺すて。物騒か。
「準備はいいかねロギア君」
「はい、あ、いえ。本当に壊すだけでいいんですか?」
「それくらい簡単だと言いたげだね」
「……まぁ」
難しい要素が見当たらない。
やっぱり、何かしら裏があるんじゃないかと疑ってしまう。まあ、裏があったとしても教えてくれるはずないか。今回は参加者は僕一人だけだし、前回みたいにゲゲルグさんに聞くなんて抜け道みたいな手も使えない。
……ない頭で考えたって仕方ないか。
下手の考え休むに似たりっていうしね。
僕にできる唯一は、持てる全力を打ち込むだけだ。
「……≪ソード・ワールド≫」
ダミー人形は爆発四散した。
*
「この現象……間違いない。やっぱりダミー人形を壊したのはゲゲルグじゃなくてロギア」
ミュトスさんが言う。
「ふむ。ではやはり試験官の採点ミスということだな。ロギア君、おめでとう。我々は君をもろ手を挙げて歓迎しよう」
「あ、ありがとうございます?」
驚くほどあっけない。
……こんな簡単になれてしまっていいのか?
(――何かがおかしい)
冒険者といえば、時空を超える斬撃を使える剣士や、欠損した腕を復元できる癒術師を「落ちこぼれ」と評価する人外集団のはずだ。
ただ複数時間の斬撃を一か所に集中させただけで合格の二文字が与えられるはずがない。
瞬間、僕の脳裏に閃光が走る。
(……試験は、まだ続いている?)
そうと考えれば納得だ。
思い出せ。
僕が一度目に落ちた理由はなんだ。
いや、正確には聞いていないけれど、反省したときに何パターンか候補を考えたはずだ。
その中で最ももっともらしい理由はなんだ。
(……他の参加者のアピール機会を奪ったから)
僕の斬撃は試験終了間際だったとはいえ、それが先に到達したせいでゲゲルグさんがダミー人形に攻撃する機会を失ってしまったのもまた事実。
(この試験の本質は、他の人のことを考えられるかどうかか!!)
謎はすべて解けた。
分かってしまえば何ということはない。
冒険者として決して忘れてはいけない心構え。
それを僕が持っているかどうかを見極めるのが目的だったんだ!
「あ、あの!」
「ん? なんだね」
「ゲゲルグさんは、どうなるんですか?」
「む、採点ミスだからな。彼には申し訳ないが、合格取り消し処分になるだろう」
やっぱりそうだ。
予感が確信に変わる。
「待ってください! ゲゲルグさんなら実力で合格できていました!!」
「……?」
マスターは僕の意図がわからないという顔をしている。ずいぶんと高度なポーカーフェイス。
この試験の仕組みに気づいていなかったら、この素知らぬ顔の裏に潜む僕を見極めようとする本心に気づくこともなかっただろう。
「それに、ゲゲルグさんにはたくさんの恩があるんです。それを仇みたいな感じで返したくありません!」
「……だから、彼の合格取り消しを、取り消してほしいと?」
「はい!」
多少の打算はあった。
だけどそれ以上に、今の言葉は僕の本心だ。
ゲゲルグさんは僕よりムキムキだ。
僕より厳しい鍛錬を積み重ねていなければこうはならない、と思う。
あの地獄の日々以上の、修行を。
そんな人が僕に劣るはずがない。
僕よりも過酷な修練を積んだ人を蹴落としてまで、冒険者になったって、そんなの胸を張れない。
「君は、仲間思いの優しい子だな」
マスターが言う。
「分かった。君もゲゲルグ君も、まとめて合格だ」
「……合格、本当に……?」
「ああ! 本当だとも!」
胸の奥から、ドロドロとした塊が込み上げてきた。
鼻の奥がつんとさす。
目頭がやけるように熱い。
「う、うわああぁぁぁん! 父さん! 僕、なれたよ、ぇぐ、ぼう、冒険者に、なれだよー!!」
ずっと、ずっと不安だった。
何度となく足を止めたくなった。
辿ってきた道がちゃんとあるのか、足を止めて振り返りたくなった。
だけど、もし前に進めていなかったらと思うと、怖くて、震える足をそれでも前に出すしかなくて。真っ暗で明かりもない道を、一人で歩くしかなくて。
「ロギア」
「あぐっ、えぐぅ」
「まだ冒険者になっただけ。スタートラインに立っただけなんだよ」
「うんっ、うんっ! だげど、うれじぐで」
「はぁ……ロヌマードに啖呵切ってた勇姿はどこに」
そんなこと言ったって、しょうがないじゃないか。
「まあ、今日くらいはいっか。ほら、ハンカチ」
「ミュトスさん、ありがどう」
それから僕は、涙が枯れるまで喚いた。
……誰はばかることなく、青い空の下。




