第18話 奥義と必勝
まどろみの淵から意識が引き上げられる。
霞がかった思考から直近の記憶を呼び戻す。
そうだ。俺はディノミスクスの制御を外して……。
「目が覚めたか?」
「……ロヌマード……ぐっ」
「わしの話を聞かんからそうなる」
「……俺は、気を失っていたのか」
「数十秒ほどじゃがな」
数十秒。
短いようでいて、命のやり取りをするにあたっては長すぎる時間だ。ディノミスクスに飲み込まれかけ、俺は死を覚悟した。走馬灯までみた。
それなのにどうして生きている。
にじむ視覚で周囲を見渡す。
ロヌマード医院の外だ。
全身に転移していた裂華症は、まるで夢だったかのように跡形もなく消えている。
……ロヌマード医院から破砕音が聞こえる。
少年と少女が、ディノミスクスを囲って演舞を披露していた。
不完全な記憶のパズルにピースが埋まっていく。
「……助けられたのか」
*
ザインを医院の外に連れ出し、ディスペルを使って裂華症を治療する。
その間ミュトスさんが矢を2,3本使ってディノミスクスを魔法阻害結界の外まで引きずり出そうとしていたけど、本能で理解しているのか、ディノミスクスは結界の外には決して出てこなかった。
ミュトスさんの矢がどれだけディノミスクスに突き刺さっても、再生能力の前には糠に釘だ。ミュトスさんは渋い顔をして矢を温存する方向に指針を変えた。
僕は僕で結界外からの魔法で応戦を試みる。
だけど、この結界は明確に境界があるわけではなく、中心部へ近づくにつれて外乱が強まるようで、ディノミスクスにつく前に魔法は霧散してしまう。
出力を高めれば遠当ても可能かもしれないけれど、ディノミスクスの再生能力を上回るだけの殺傷力は失われてしまうだろう。
「ロギア、どうする?」
「真正面から斬り伏せます」
「正気?」
ディノミスクスの脅威は再生力だ。
それに対し斬撃で挑むのは無謀と思われるだろう。
「できます」
少しの間の後にミュトスさんは黙って頷いて、それを見届けて僕はディノミスクスのもとへと駆け出した。ディノミスクスが、虫を捕食するハエトリグサのように、飛び込んだ僕を嬉々として捕食しようと触手を伸ばす。
包み込むように無数に伸びる触手を、剣の間合いに入った側からすべて斬り落とす。切断面から肉が盛り上がり、触手が生え変わる。それもまた斬り落とす。
僕は隙を縫って、剣で虚空を引き裂く。
空振りではない。
未来の空間を切り裂いたのだ。
迫り来る触手の対処をしつつ、同じ空間、同じ未来時間に向けて、一つ、また一つと斬撃を重ねていく。繰り返し、繰り返し、確実に仕留められる致死量に至るまで何度だって斬撃を未来に飛ばす。
3……2……1……。
時間だ。
バックステップを踏み、戦線を離脱する。
「顕現せよ、≪ソード・ワールド≫!!」
瞬間、これまでに放ったすべての斬撃が同じ時間、同じ場所に叩きこまれる。本来交わるはずのない別時空からの斬撃同士が干渉を起こし、互いに排斥し合う外力が発生する。
暴風が僕の体を押しつぶすそうとする。
だけどそれは、より爆心地に近いディノミスクスのほうが致命的だ。斬撃と暴風により、ディノミスクスが全身から血しぶきを上げる。
しかしなお、その異常な生命力は体組織を復元しようと動き続けている。
……だけど。
ソード・ワールドの本領はこれからだ。
――ひゅぅぅぅ。
前方空間にひずみが生じる。
耳元で虚空の息吹が鳴り響く。
終焉の産声が、天に鳴哭を上げ、大地を揺らす。
(衝撃によって生じた真空だ。1013hPaの内圧に耐えれるものなら耐えてみやがれってんだ!!)
『――――ッ!! ――――ッ!!』
ディノミスクスが虚空の彼方で悲鳴を上げている。
僕はこの瞬間、勝利を確信した。
同時に、父さんの言葉がフラッシュバックする。
――ロギア。勝利を確信した瞬間こそ気を引き締めろ。どんな相手だろうと、最後のあがきはお前の喉を引き裂く必殺の一撃になりうるのだ。
「……ぁ」
何かに腕を引っ張られた。
最初は、それが何か分からなかった。
よくよく目を凝らして、ようやく見えたんだ。
(髪の毛のように細い触手が、僕を手招いて……!)
既にソード・ワールドは第三段階に移行している。
一度弾かれた空気たちの凝縮だ。
視界の隅で、プラズマが迸る。
触手を引きちぎるべく手を引っ込めようとするが、髪の毛のような細さでありながら鋼線のごとき頑強さだった。
(……空気の刃で、体が引き裂かれる!)
視界を闇が覆っていく。
その先に迫る、絶対の死。
……終わった。
思考の隅で、なんとなくそんなことを思い浮かべた、刹那。
「≪嵐玉矢≫!」
僕とディノミスクスの間を、一条の光が迸った。
針の穴に絵を描くような精密射撃が、ディノミスクスの細い触手を引き裂く。
「ロギア!!」
「っ! 斂葬術式・一ノ型、≪花天月地≫!!」
その瞬間、世界は色を失った。
静寂だけが耳うるさく鳴り響く。
そこかしこに淡く光るは青白い燐光。
花色の明かりは時間の結晶だ。
花天月地は時間結界である。
発動すれば、術者は時間という制約から解き放たれる、攻撃技ですらない、斂葬術式の真髄。
停止した時間の中で僕だけが自由をつかみ取る。
虚数時間を移動して、ソード・ワールドの効力外まで再び距離を取る。
「解除」
はた目には瞬間移動したように見えるだろう。
世界の法則に牙を向くかのような冒涜的な術式。
その反動が小さいはずもない。
「がふっ」
「ロギア⁉」
「ぐっ、だい、じょうぶ。≪オーバーヒール≫」
体を内側から引き裂かれるような激痛。
体組織がボロボロになるそばからヒールで復元し、生死の境界線を反復横跳びする。
「それより、ディノミスクスは……?」
ロヌマード医院のほうを見る。
そこには、空間がえぐり取られたような跡だけが残っていた。ディノミスクスだったものは、わずかな肉片も残さず、完全に消滅していた。
「……勝った」
ギリギリだった。
ほんの少し未来が異なれば、自分自身の技で命を落としていたかもしれない。
(……あの暴風が吹き荒れる中、あんな細い触手を射抜くなんて、すごいや)
……なんとなく、父さんの言葉の意味を理解した。
『たとえ力が強くても、一人きりでできることなんてたかが知れている。信頼できるキチガイを見つけろ』
今回、僕一人だったら。
考えるだけでも恐ろしい。
あの土壇場での精密射撃は人間業とは思えない。
「ミュトスさん、ありがとうございます」
「いい。仲間、だから」
「……仲間」
仲間……。
言葉にした瞬間、胸の奥が熱くなった。
概念自体は知っていた。
同じ目標のために苦楽を共にする運命共同体。
だけど、知識としての認識と、実際にそれを経験しての知覚とでは全く別物で。
「……はい! これからもよろしくお願いします!」
「こっちこそ、よろしく」
父さん。
僕にも仲間ができました。
口数が少なくて、ちょっと強引なところがあるけれど、信頼できる、大事な仲間です。
……ふと、ロヌマードの顔が目に入った。
計画がつぶれて悔しがっている……かと思ったのだけれど、その表情はどこか。
「……ロヌマード、さん?」
「……なんじゃ」
「どうして、えと、その……」
なんと口にしたらいいのかわからなかった。
予想していた表情と、実際の表情が乖離しすぎていて、思考の処理が追い付かない。
ようやく見つけた言葉はしっくりきたけれど、どこか釈然としないものだった。
本当にこの表現であっているのかと疑問を抱きながらも、それを言葉にする。
「……どうして、そんなに穏やかな顔をしているんですか?」
ロヌマードの顔は、憑き物が落ちたようだった。




