第17話 ザインとオーディオ 後編(追放要素あり)
「オーディオ、お前をパーティから追放する」
ザインとオーディオ。
二人で酒場にやってきて、ザインが言いました。
雪が月を覆い隠すような夜でした。
「……は?」
オーディオが珍しく見せた狼狽。
「……冗談はよしてよ。ザインには似合わない」
「冗談じゃないさ。俺はお前を追放すると決めた」
「っ、どうして!」
ザインには冒険者仲間がいました。
癒術師のオーディオです。
無口で無表情で不愛想。
「今度、聖女がパーティに加わることになった」
「……聖女? どうしてそんな人が」
「偶然この町で知り合ってな。意気投合し、救世の旅ついでに冒険者としてパーティに加わってもらうことになった」
「聞いてない」
「言ってないからな」
関係はとっくのとうに歪みを見せていた。
本心を包み隠す必要もなく、何でもないことで笑い合える時期はすでに終焉を迎えていた。
「……ザイン、僕は、君のことを友だちだと思っていた」
「俺もだよ、オーディオ」
「今でも、友だちだと思っている」
「……そうか」
オーディオがこの短い会談で見せた、狼狽、激情、悲哀。その姿に、ザインは決めつけたのです。
「俺はもう、友だとは思ってねぇよ」
かつての友は、もういないのだと。
「……っ!!」
オーディオは懐から金貨を数枚取り出すと、バンと机に叩きつけました。飲みの代金としてはあまりにも多すぎる金額です。
重い足取りで、オーディオは酒場を後にしました。
その時の彼の顔を、ザインは、いつまでも覚えています。
*
Aランクになって初めての冒険は大失敗に終わった。
「切断された腕を復元する⁉ そんなの無理ですよ!」
「そんなっ、それじゃあ私はどうすればいいのよ!」
「私には、どうすることも、できるわけ、ないじゃないですか……っ」
ザインたちは知らなかった。
聖女はオーディオとは違い、傷口をふさぐのが精いっぱいだった。
いつもと同じように無茶な特攻をして、いつもと同じように負傷して、いつもと違ってそれきり腕が元通りになることはなかった。
腕を失ったメンバーが言った。
「……オーディオがいてくれたらな」
「っ!!」
ザインが壁に拳をぶつけた。
突然の音に驚いたパーティメンバーが、ザインのほうを見る。
目。
目だ。
無数の目玉がザインを非難している。
「あ、いや、すまない」
……ずっと感づいてはいたさ。
オーディオが実はすごい奴なんじゃないかって。
だけど、今さらどんな面さげてあいつに謝りに行けばいいんだ。
あいつが最後に見せた表情を覚えているだろう。
オーディオにあんな顔させたのは誰だ。
後戻りはできない。
あいつがいなくても立派にやっていけるって、証明してみせるんだ。
*
「もう、ザインにはついていけない。さよなら」
また一人、仲間がパーティを去った。
一人また一人とパーティを抜けていって、そのたびメンバーを補給して、俺以外全員が二度三度入れ替わって。
「……なにしてんだろ、俺」
吐息が白に染まる。
窓の外には斑雪がしんしんと降り注いでいる。
ギルドに顔を見せる。
今まで快活に笑い合っていたやつらが、俺に気づいて息をひそめた。どうせ俺を笑い種にでもしていたんだろう。笑うがいいさ、とうとうCランクまで落ちぶれた愚か者を。
*
……あるとき、噂を聞いた。
聖女が代替わりするらしい。
「……もう一度、もう一度だけ」
チャンスだと思った。
それもただのチャンスじゃない。
おそらく生涯におけるラストチャンスだと思った。
「夢を追いかける、権利を……!」
……結論から言おう。
無駄だった。
無駄だったんだ。
ハッキリと思い知らされた。
ヒールで治せるのは小さな傷口まで。
これが聖女の平均値だ。
俺の最初で最後のチャンスは、オーディオとの出会いだったのだと、その機会すらどぶに捨てたのは自分自身なんだと、理解した。
「……今度の聖女こそはと思ったが、どいつもこいつもオーディオの足元にも及ばない」
及ばなかったのは、俺自身だ。
牙の抜けたハイエナのように、オーディオのもとで吠えていればよかったのだ。
あいつのようになりたいと願ってしまった。
それが俺のすべての誤りだった。
だから、もう、終わりにしよう。
「……セフィリア、君を、パーティから追放する」
*
誰もいない。
誰もいない。
俺の世界には誰もいない。
みんな俺が突き放した。
差し伸べられる救いの手なんかありはしない。
それでも、死に場所くらいは選びたかった。
選んだのはネテル=ケルテトと呼ばれる砂漠にたたずむ遺跡のダンジョン。前人未到の、七大迷宮の一つ。
道は二つに一つだ。
何の爪痕も残せず、誰にも知られず朽ち去るか、あるいは何かしらの奇跡で迷宮を踏破し栄光を掴むか。
見え透いた出来レース。
こんな人生にふさわしかった。
流砂の洞窟を抜けて遺跡を進む。
時折、サンドスネークと呼ばれる、白いざらざらとした体皮が特徴的な魔物に襲われる。
斥候ができない俺は、こいつの擬態も見破れない。
不意打ちを受けてから反撃をする。
何とか倒しても、体についた傷は癒せない。
ヒールが使えない俺にそんな芸当はできない。
「……分かっていたさ。自分が何にもなれない半端ものってことくらい」
それでも、足は止めなかった。
一歩でも多く、歩んだ軌跡を残したかった。
喉が渇いた。
意識がもうろうとしている。
自分で選んだとはいえ、ここが墓場になると思うと、どうしようもない不安に駆られる。
「……ぁ」
……偶然だった。
俺は遺跡の中に貯水槽を見つけた。
「……」
これで喉の渇きを癒せる。
ふいに浮かんだ衝動に驚いた。
自分はまだ、生きたいと思っているのだろうか。
こんなどうしようもない人生だったのに。
「……ん? なんだ、こいつ」
その問いの答えを見つけるより先に、貯水槽の中に奇妙な生き物を見つけた。小さなチューリップのような、触手のような奇妙な生き物だ。
「ぐぁっ⁉」
その時、水中に漂っていたそれが勢いよく水面を飛び出し、俺の肩にかみついた。
「ちくしょう、なんだこの触手! 離れろ!」
チューリップでたとえるなら茎の部分を掴んで引っこ抜こうとする。触手についた吸盤と、肩に噛みついた歯が強く食い込む。
それならと、槍を使って触手を引き裂いた。
引き裂いた場所から、触手の体が再生した。
痛い、熱い、痛い、熱い。
噛みつかれた場所が熱を帯びる。
喉の渇きも相まって地獄のようだ。
「……ああ、俺、死ぬのかな」
広い遺跡に、俺の声が飲み込まれて消えた。
「ちくしょう、死にたく、ねぇな」
*
結局俺は、肩に触手をつけたまま、迷宮を後にした。この触手の対処ができるやつを求めて、町へと向かったんだ。
俺は蛇蝎のごとく嫌われた。
どうやらこの触手はディノミスクスといって、死を呼ぶ不吉として忌み嫌われているらしい。本来は海辺に生息するらしいが、それがどうして砂漠に。
誰もが俺を避けた。
傷口が一つ体に開くたび、死後の世界が近づいた気がした。
次第に立ち上がることすらままならなくなった。
俺は半ば悟りを開いていた。
結局、死のさだめからは逃れられないのだ。
「あんたかい? 裂華症の患者ってやつは」
「はぁ……はぁ……誰だ」
「わしか? わしはロヌマード。悪徳医師をやっておる。裂華症を治せるのは、まあわしくらいじゃろう」
「悪徳、医師?」
ロヌマードと名乗った男はこう言った。
「おまえさん、金はあるかい?」
Aランク冒険者のころの貯蓄は、とっくのとうに切れていた。残ったのは元Aランク冒険者としての肩書だけ。
首を振ってこたえる。
「そうかい、残念だが命はあきらめるんじゃな」
「なぁ、待って、くれ」
立ち去ろうとしたロヌマードが振り返る。
ああ、これが、本当に、最後のチャンスだろうな。
「俺は元Aランク冒険者なんだ。護衛として、俺の命を買ってくれ」
「ほぅ?」
ロヌマードが見せた顔を、ザインは今も覚えている。




