第16話 ザインとオーディオ 前編(追放要素あり)
*
少し、古い話をしましょう。
もう10年は昔の、古い古い話です。
ルーシア大陸の北部にあるアルギュロスという雪国に、ある冒険者一行がおりました。
「おい聞いたぜザイン。またお前のパーティが昇格するんだってな! 今度おごれよ!」
「ははっ、そうですね。今まで散々お世話になりましたし、考えておきます」
「ガハハ! つれねぇなぁ!」
リーダーを務めるのは新進気鋭の槍使いザイン。
冒険者になってまだ2年にもかかわらず、すでにBランクへの昇格。アルギュロスでは有名な冒険者の一人でした。
「そうだ! お前さんとこの癒術師……なんつったっけ」
「……オーディオですか?」
「おお! そうだ! オーディオ君だ! うちの息子がまた彼と遊びたいと聞かんくてな……。今度の休日にでも遊びに来るよう言ってくれんか?」
「……はい。本人にも伝えておきます」
彼には同じ冒険者仲間がいました。
癒術師のオーディオです。
(チッ、またオーディオのやつかよ。くそっ)
口数が少なく、感情表現に乏しく、何を考えているかわからない。
そんなオーディオのことが嫌いでした。
それと同時に、彼には旧知の友もいました。
癒術師のオーディオです。
「ザイン、ここにいましたか」
「オーディオか。なんだ」
「左足、怪我をしているでしょ」
「……」
「治すよ、≪ヒール≫」
無口で無表情で不愛想。
それでも、いつもザインの身を案じてくれていることだけは分かります。
ザインは、そんな彼のことが憎めませんでした。
「……なぁオーディオ」
「なんだい」
「あのさ」
オーディオには負けたくありませんでした。
彼より優秀な冒険者でありたかったのです。
他の冒険者からオーディオがいるパーティのリーダーと見られるのがたまりませんでした。
冒険者のザインとして認められたかったのです。
「いや、なんでもない。また遊びに来てくれってさ」
「……それだけ?」
「……それだけだよ」
それ以上追求しないオーディオに、ザインは優しさと寂寥を覚えたのでした。
*
彼らの快進撃は止まりません。
数々の高難度依頼をクリアして、瞬く間にAランクへの昇格が決まったのです。
「いやー! 今回もオーディオ君の活躍がすごかったね」
「いや、僕は何も」
「あはは! 照れるな照れるな! もっと胸張って生きてこー!!」
「わっ、ちょ、ちょっと」
……評価されるのは、決まってオーディオでした。
「ね! ザインもそう思うでしょ⁉」
仲間の一人がザインに問いかけました。
「え、ああ、そう、だな。オーディオはもっと自信を持つべきだ!」
「ほらほら! 君の幼馴染もこう言ってるぞー!」
「え、えと……」
しどろもどろになるオーディオ。
彼の視線がザインに助けを求めます。
ザインは何故か、胸のうちにどす黒いものが込み上げてくるのを感じました。それを隠すように、笑顔を貼り付けました。
「こ、こう、かな?」
無口で、無表情で、不愛想なオーディオ。
彼が見せた不器用な笑顔。
「ああ、よく似合ってるよ」
歯が浮き上がりそうだった。
*
雪が降る日でした。
ザインが町を歩いていると、装備屋の窓ガラスに彼の顔が移りました。鏡の中のザインが彼に問いかけました。
(お前はそれでいいのか)
ザインの頭はどこか夢見心地でした。
(それでいいのかって、何がだよ)
(オーディオの力でAランクになって、お前の自尊心はそれで満たされるのかって聞いてるんだよ)
「じゃあどうしろっていうんだよ!!」
突然叫んだザインを、町行く人が不審そうに見守ります。そんな視線すら、ザインにとってはストレス以外の何でもありませんでした。
ザインはあたりを睨みつけると、放っておいてくれと言わんばかりに殺気を込めたオーラを当たりに散らかします。
「……あの、大丈夫ですか?」
そんな彼に、声をかける者がおりました。
怒りもどこかに霧散してしまうような、よく澄んだ綺麗な声でした。
「……君は?」
「私、ですか……。難しいですね。しいて言うなら」
女性がザインに微笑みかけます。
……太陽のように、心にしみる笑みでした。
「回復魔法がちょっと得意な、よくいる女の子です」
それが、先々代聖女とザインの出会いでした。
*
「くそっ、くそっ、くそっ!」
宿に戻って、机の上の物を全部薙ぎ払って、額に手を当てて、ザインは懊悩しました。
「どうすれば」
自分にしかできないことをやる。
理想論を掲げて冒険者を始めたはずでした。
それなのに、オーディオがいてこそのパーティだと周りに評されている現実は、そう簡単には折り合いがつきません。
「分かってる」
オーディオのもとを離れればいい。
今ならまだ一からやり直せる。
「だけど」
それは今の栄光を捨てるということ。
人生において二度チャンスが巡ってくることは稀だということを、ザインはなんとなく理解していた。
「……」
一つ手はある。
どうしようもなく、外道な手が。
今までは机上の空論に過ぎなかった。
ザインはオーディオ以上の癒術師を知らなかった。
だが、ザインは偶然にも出会ってしまった。
聖女と呼ばれる存在に。
ザインはパーティのリーダーだ。
すべきことは明快で、オーディオとの離別だ。
だがそれは、旧来の友を裏切る行為でもある。
(どうせ二度と顔もあわせないんだ。迷う必要なんてない……! ない、のに……)
ザインは力なくソファに腰かけると、何もない虚空を見つめました。
「……くそ、どうすれば」
と、そのときでした。
今までは気づきませんでしたが、扉の向こうに気配を感じました。数は二つ。
耳をすませば二人の会話が聞こえてきます。
「オーディオ君、今はザインを一人にしてあげよ?」
「でも」
「大丈夫! それよりさ、南通りに新しいスイーツ屋さんができたの。ね、一緒に行かない? 行こうよ」
「え、いや、でも」
それから、二つの気配は遠ざかっていきました。
「はぁ……はぁ……はぁ……!」
ザインはようやく、自身がオーディオに対して抱いている感情を正しく理解しました。
薄汚くてどす黒くて苛烈な熱を帯びるそれの名前は――劣等感、でした。
いつもお読みいただきありがとうございます!
物語もいよいよ佳境を迎えますが、いかがでしょうか?
「面白かった」、「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークやポイント評価で応援していただけると、筆者の励みになります。
広告下の
☆☆☆☆☆を
★★★★★にしていただければ評価になります!
よろしくお願いします!




