第15話 連綿と続く呪い
父さんはよく口にしていた。
「共感者を探せ。有象無象の無理解に紛れる理解者は劇薬だ。否応なしにお前を一つ上のステージへと引き上げる」
幼い僕は、まだその言葉の意味を知らなかった。
年だけ増えたってどうにもわかる気配がなかった。
今日、この日までは。
「このっ、ちょこまかと!」
ザインの槍が、蛇のように右から左から襲い来る。
僕はそれを最小限の動きでよけつつ、場合によっては剣で捌きつつ、回避に意識を寄せていた。
加速していく思考回路。
粘性を帯びた時間の中で、ザインの槍を振るう予備動作がはっきりと見える。
回避するだけなら簡単だ。
だけどその後の一手が足りない。
「――≪穿天燕矢≫」
「くっ、おおおおお!」
絶妙なタイミングで打ち込まれる貫通力のある一矢。
フォロースイング中のザインが、膂力で無理やり体勢をそらし対処を試みる。
結果としてミュトスさんの矢は掠ることなく背後の壁に突き刺さる。
だけどザインは確実に体勢を崩した。
攻撃に転ずるにも防衛に回るにも隙ができている。
父さんの言葉が、今なら理解できる。
無意識に呼吸を合わせられる仲間というのは、この上なく心強い。
「ロギア!」
「はい! 斂葬術式、三ノ型――」
槍の間合いの一歩外から、一足に剣の間合いに潜り込む。
もう一方の膝が地にスレスレの超低姿勢。
そこから放たれる、音速を超えた逆袈裟斬り。
「≪花紅――」
飛び散る火花、金属音。
ザインが一撃を捌きる。
……体勢を崩した時点で槍を短く持ち直していたんだ。
間合いが小さくなればそれだけ防御は堅牢になる。
この一撃では届かなかった。
(この一撃で届かないのは、織り込み済みだ!)
厳しい体勢をしているのは僕も同じ。
だが僕は、より自然な体勢へ戻ろうとする身体の復元力を利用し、さらに奥へと踏み込む。
ザインの脇をすり抜け背後を取る。
尻目に、ザインの顔に驚愕の色を見た。
出し抜いた。
蜘蛛の巣のように張り巡らされた神算鬼謀の罠を潜り抜け、一撃を与える隙を掴み取った!
体にかかる加速度を、左足を軸にしてベクトル変換する。
独楽のように一回転し、遠心力を十全に乗せた回転斬りを解き放つ。
「――柳緑≫!!」
「~~ッ⁉」
白銀の刃が、ザインの背中の肉を深々と引き裂いた。
ザインが声にならない声で慟哭を上げる。
どこか不安定な足取りで壁に背を向けるように陣取るザイン。
確かにその位置に立たれると花紅柳緑は使えない。
だけど、そこから動かないのであればただの的だ。
「≪穿天燕矢≫」
「ハァ……ハァ……クソッ」
槍で矢を打ち落とすザイン。
だが、ミュトスさんの一矢は重く、ザインの槍が嫌な音を立てた。
このまま防戦を続ければ、ミュトスさんの矢がなくなるより先にザインの武器が悲鳴を上げるだろう。
そんな彼に、ロヌマードはやり場のない怒りをぶつける。
「ザイン! 何のために貴様を雇用したと思っている! 命の値段相応の働きは見せろ!」
「……クソが、わかってんだよ、んなこと!」
ザインがロヌマードを見て、ミュトスさんを見て、僕を見た。
飢えた狼のように鋭い眼光だ。
ザインは飛び出し、地下へと向かった。
どうする。
追いかけるべきか。
追いかけるべきだろうな。
でも、もし誘い込まれているとしたら……。
「っロギア! 追うわよ!」
「待ってミュトスさん! 罠かもしれない!」
「大丈夫。斥候の心得はある。ついてきて」
「あ、ちょ、ちょっと」
ここで戦力が分断されるほうがつらい。
僕はミュトスさんの後を追い、僕の後をロヌマードが追いかけた。
地下に踏み込んだ瞬間、冷気に包まれた気がした。
雪解けが始まる季節にもかかわらず、地下からは冬の残り香がした。
光が差し込まない空間を、ヒカリゴケという植物がわずかに照らしている。
足音がやけに耳に響く。
呼吸がいやにうるさい。
謎の重圧が僕を襲う。
地下空間はそれほど広くなく、ほどなくして果てが見えた。
ザインがこちらに背を向けて立っている。
「ザイン! お主何をするつもりじゃ!」
「心配するな、戦況をイーブンに戻すだけだ」
ミュトスさんが僕の袖を引っ張った。
わかっている。
ザインの向こうに浮かぶ影。
「いかん! ディノミスクスの制御装置を外すな!」
ロヌマードが僕らの横をかける。
ザインの腕にしがみ付く。
「うるせえな、後でつければいだろうが、よッ!」
ザインはロヌマードの静止を振り払い、ディノミスクスの首につけられたわっかを取り外した。
くつくつと笑い声が反響する。
ザインがゆらりとこちらに向き直る。
その口は、三日月のように歪んでいた。
「かかか、これで2対2だ。第2ラウンドと行こうぜ」
驚いた。
Aランクに至るほどの槍の実力者でありながら、モンスターテイマーとしての才能もあるのか。
「ミュトスさん、下がりましょう」
「ロギア?」
「この医院では魔法が使えないんです。そして」
迫りくるディノミスクスの触手。
僕はそれを一刀のもとに切り伏せた。
「ディノミスクスには再生能力があります」
切断面が盛り上がり、何事もなかったかのように負傷した触手が生え変わる。
ミュトスさんは初めて見たのか、その様子を見て顔をゆがめた。
「ひいてどうにかなるの?」
「1階にちょっとした仕込みがあります」
「……わかったわ」
地上へ向かうべく、冷たい廊下を走り出す。
その瞬間だった。
ザインが悲鳴を上げた。
「ぐあ、や、やめろぉ!」
僕たちは思わず足を止める。
振り返る。
そこには捕食を試みるディノミスクスと、それに抗おうとするザインがいた。
「ロギア、あれはいったい?」
「わかんないですよ……。捕食っぽいですけど、どうしてテイマーを……」
「……ザインがテイマーじゃないとすれば?」
「え……」
そんな馬鹿な。
テイマーじゃないのに制御装置を外したの?
そんな馬鹿げたことがあるはずが……。
「ロギア!」
「っ! 斂葬術式、四ノ型≪紅沙羅双樹≫!」
紅沙羅双樹は傷口を開くだけの術式だ。
そのかわり、無拍子で間合いの外に干渉できる。
開く傷口は先ほどディノミスクスにつけた傷。
復元したとはいえ、そこに傷があったという事実は消えはしない。
刹那のうちに、ディノミスクスの触手が一本切り落とされる。
再生能力があるといえど、奴にだって痛覚はある。
ザインに絡みつく触手が一瞬緩む。
すでに走り出していた僕は、その隙にディノミスクスの懐まで潜り込んでいた。
刃を掲げて残りの触手を一刀両断する。
ザインを触手からかすめ取り、ディノミスクスから離れつつ、彼に絡みついたままのトカゲのしっぽのような触手を切っ先で突き刺しては引っこ抜いていく。
ザインは救出できた。
問題は……。
「ザイン! しっかりせんか!」
「ロヌマード……? ぐあっ」
「この、馬鹿者が!」
ザインの全身に広がる、鮮血のバラ模様。
ステージ4の裂華症だ。
「僕たちは上に向かいます。死にたくなければあなたたちも急いでください」
「ま、待ってくれ! 手を貸してくれ!」
「……さすがに、そこまで面倒見切れません」
さっきはとっさに助けに入ってしまったけれど、冷静になってみればこの人たちはセフィリアさんの敵だ。
これ以上手を貸す義理はないだろう。
と、そう思っていた。
「ぐあっ、オ……ディオ」
「……ぇ」
振り返る。
今の声は、ザイン?
どうしてあなたから、その名前が……?
「……オーディオさんを、知ってるの?」
……聞きたいことができた。
まだ死なれるわけにはいかない。




