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第13話 再会と黒幕

 いったい誰が。

 セフィリアはずっと首謀者を探していた。


「感染者の活動範囲をアストレアの地図に照らし合わせると……やっぱり」


 教会に運ばれてきた患者の行動範囲を地図に射影すると、今まで見えなかった共通点が浮かび上がってくる。どの患者の行動範囲も、ある一地点で重なっているのだ。

 ……悪徳医師ロヌマードの医院付近である。


 裂華症をもたらしたのはロヌマードと言えるだろうか。

 いや、証拠としては不十分だ。

 ロヌマードが医院を構える通りは、アストレアでも有数の大通りだ。人通りが多いのだから感染者がそこを通っている可能性だって高くなる。


 わかりやすい話に置き換えてみようか。

 死刑囚にアンケートを取ると99パーセントがパンを食べたことがあると言った。だからパンを食べると犯罪者になるという主張は正しいだろうか。いや、誤りだ。死刑囚以外に聞いたって、99パーセントはパンを食べたことがあるのだから。


 それでも、セフィリアはなかば確信していた。

 やはりこの病気はロヌマードがもたらしたもの。

 目的は患者を意図的に作り、医療費を搾り取るためだろう。

 この予想は大きく外れてはいない。


 問題は、証拠をどうやって掴むかだ。


 ステンドグラスに差し込む月明かりがやけに赤い。

 嫌な胸騒ぎがする。


 と、その時だ。

 銃撃音のような音を立てて教会の扉が開かれる。


 セフィリアが扉に顔を向ける。

 黒い影が浮かんでいた。


「またお会いしましたな、聖女様」

「……ロヌマード! どうしてあなたがここに」


 でっぷりと肥えた矮躯にモノクルが特徴的な男、悪徳医師のロヌマードである。ロヌマードはセフィリアの問いに、ニヤリと、おぞましく口角を歪める。


「どうして、だと? 知れたこと!」


 ずんぐりとした体から、呻くような声が響く。

 それは怒りであり、憎悪であり、どす黒い何かに染まった声だった。

 殺意じみた敵意を向けられ、セフィリアが肩を震わせる。


「通りを見れば裂華症に掛かっていた患者が元気そうに歩いているではないか。密偵を送り込んでみれば、この教会で治してもらったという!」

「それがどうしたのかしら?」

「何度も言わせるな! 医学は安いものではないのだ! それを無償で施すなど言語道断! ゆえに、貴様に天誅を下す!」

「あなたが私に? 笑えない冗談ね」

「わしが下すとは言っておらん。のう?」


 ロヌマードが背後に振り返る。

 すると扉の奥から、もう一つ影が増える。

 長物を背負った、長身痩躯の男だった。


 セフィリアの脳の奥が痒みを帯びる。

 わずかばかりの吐き気。

 遠い記憶がフラッシュバックする感覚。


「……っ、あなたは!」


 ありえない。

 セフィリアは首を振る。

 どうしてこの男がロヌマードとともに?


「よう、会いたかったぜぇ? セフィリア」

「……私は顔も見たくありませんでしたわ。元リーダー、ザイン!」


 かつて一瞬だけ仲間だった、冒険者の男。

 セフィリアを熱心に勧誘し、追放した、槍使いの冒険者だった。


「ひっでぇなぁ。ま、そうなるのも分からなくはない。だからお詫びの品を用意した。受け取ってくれ」


 冒険者の男は懐から小ビンを取り出すと、セフィリアに向けて放り投げた。そして、その場を駆け出すと、正確無比の槍捌きでビンを一突きにした。


 瞬間、破砕音が鳴り響く。

 セフィリアの目が見開かれる。

 突然の出来事に、セフィリアは左手で顔を守るのが精いっぱいだった。次の瞬間、液体がかかった左腕に熱い痛みが走る。


「ああああぁっ⁉」

「ひっひっひ、あひゃひゃひゃひゃ!! いいざまだなぁ? セフィリアさんよぉ⁉」


 セフィリアの肩に傷が開く。

 鮮血が染め上げる模様は1輪のバラ。


「ぐっ……この痕は、裂華症? じゃあ、病気をばらまいていたのは!」

「ご名答! ロヌマード医師とこのオレ様だ」


 セフィリアの背中を冷たい汗がつたっていく。

 彼女は足をじりじりと後退させつつ考える。


(まずいまずいまずい。ザインは元Aランク冒険者。私じゃ手に負えない……!)


 いや、そもそもにしておかしい。

 ザインであれば、こんな七面倒くさい手を打たずとも、初撃でセフィリアの首を刎ねるのも可能だった。


 だが、そうはしなかった。

 ゆえにセフィリアはこう推測する。

 殺害以外に、何か目的がある、と。


 実際、セフィリアの予想は正しい。

 肯定するかのようにザインが口を開く。


「ディノミスクスは知っているかぁ?」

「ディノミスクス……?」

「古代に生きた恐ろしい魔物だ。特徴的な触手は釣鐘状に連なる花弁のようでなぁ、触手に含まれる体液は裂華症の呪素を含んでいる」


 ザインは口端を、闇夜に浮かぶ三日月のように歪めた。セフィリアは息をのんだ。


「そして、こいつがその幼体だ」

「……これが、幼体……?」


 ザインの背後に蠢く影があった。

 短径2メートルほどの、楕円のような立体。

 うねうねとタコのような触手を釣鐘上に連ねる化け物。


 セフィリアの脳裏に、一つの言葉がよみがえる。


 ――ディノミスクスについてどう思う?


 ロギアが最初に言った言葉。

 彼はあの時点で事のあらましを見通していたのだ。


「俺はお前らを追放した後、ソロで冒険者を始めた。そして偶然こいつの幼体を手に入れた。だが同時に、俺自身が裂華症に侵されてな」

「そこで、わしと巡り合ったのだよ。裂華症の治療法を現代まで受け継いだ、名医ロヌマードとな」


 悪魔のような食い合わせ。

 悪意と悪意のたすき掛け。

 状況は限りなく最悪に近い。


「……町中に感染者を広めたのは、ひとの苦しむ顔が見たかったから? それとも、作り出した患者から金を巻き上げるため?」

「そうだな、しいて言うなら、どちらもだ」

「……外道ね」


 ロギアはどうして古代の生き物を知っているのか。

 どうしてそれがもたらす病状に明るいのか。

 疑問は絶えない。


 思えば彼は最初からおかしかった。

 ヒールで傷口を直したり、失われた魔法で有名なディスペルを広範囲で使えたり、一本の短剣で空間を切り裂いたり、時間を操る魔法を行使したり。


「まさか、ロギア君もあなたたちの仲間なの?」


 考えうる最悪のパターン。

 だがそれは、ほかならぬロヌマードによって否定された。


「ロギア? 誰だそれは」


 胸をなでおろすセフィリア。

 あの人外だ。ロヌマードが関与しないほど下っ端という可能性はないだろう。

 どうやら敵に回ってはいないらしい。


 おそらく、彼を味方にできるかどうかにアストレアの未来はかかっている。


「どこに行く気だ」

「ぐっ」


 ロギアのもとへかけようとするセフィリアをザインがひっ捕まえる。


「貴様が生きているとわしらは商売あがったりなんじゃ。だから、の?」


 笑い雨。

 心臓を締め付けられる感覚。


「ヒールを使えない環境でお前の裂華症をステージ4まで進行させる。そうしたら町の中で見せしめにしてやる。人々は聖女ですら抗えない死の恐怖におびえ、泣いてわしに命乞いをするのだ! わはははは!」


 ああ、こいつら。

 どうしようもなく狂っている。


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[一言] そういうことか ろくでもないやっちゃ
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