見ぬが花(作:SIN)
俺達は今、息を潜めて1人の男性の後ろを尾行している。
元々は裏山に向かう事になってたんだ。理由はセイの一言があったから……。
裏山できのこ狩りをしよう。
何故裏山なんだ?どうせきのこ狩りをするんならマツタケ狩りのツアーに参加するとかした方が安全で、確実にきのこを手に入れられる筈なのに、俺はその提案を即効で受け入れた。
その理由?
シロが、ズット落ち込んでいるから。
少しでも元気になるかなぁ?って。馬鹿騒ぎしようかな?って。そう思ったんだ。
きのこ狩りに行くなら、きのこ図鑑を図書館で借りよう。
と、いう訳で日曜日の朝に集合して、3人で目当ての図鑑を探していたのだが、いつの間にか1人の男性を見張るようにして尾行する事になっている。
その理由?
シロが、そうしてるから。だから厳密に言うなら俺とセイは1人の男性を尾行しているシロを尾行している。
どれ位こうしてるだろう?10分も経ってはいないと思うけど、何も分からずにジッとし続けているとどうしても時間が長い……そもそもあの男性は誰?
待てよ、なんか、何処かで見た事があるような?
「なぁ、アレ誰なん?用事があるんなら喋りかけてみたら?」
小声でセイが言って思い出した。あの男性はシロのお兄さんに絡んできた人だ。という事はお兄さんの知り合いで、その流れでシロも知り合いなのかも?
「用事はあるんやけど……面識ないし」
まさかの知らない人!?
でも、知らない人に用事があるってのは可笑しいから、シロが一方的に知ってる人?お兄さんの知り合いだから顔だけは見た事あるけど、向こうはシロを知らないとかそんな感じかな。
「用事あるならさっさとやってきぃな。早くきのこ狩り行こうや」
そう言ったセイは、いつの間に持ってきたのかきのこ図鑑を得意げに掲げて見せてきた。
あぁ、そうだった。今日のメインはきのこ狩りだったわ。だけど、俺達が何をどうやった所でシロを励ます事なんか出来ないのかも知れない。ましてや毒キノコしかなさそうな裏山でのきのこ狩りじゃあ、笑い茸を食べさせて無理矢理笑わせる位しか出来ないだろう。
駄目だ、何の解決にもなってない。
もう良いや。
今日はとことんシロに付き合おう。その結果、あの男性を延々と尾行する事になったとしても探偵の真似事をしたと思えば実に有意義……
「あの、ちょっと良いですか?」
話しかけるんかーい!
顔を上げた男性はシロを見て首を傾げている。どうやら本当にシロとは初対面らしい。
「なに?」
お兄さんに絡んでいた時はもっと取り乱した感じだったけど、こうやって落ち着いてると普通の好青年っぽい。
ちょっと変わった色の眼鏡がまた知的に見せているのかも?あぁ、でも絡んで来た時も同じ眼鏡だったっけ。
「白西さんの彼氏、ですよね。あの……あの時、クローゼットの中にいたの自分です」
白西?
ん?その名前ってシロに相談を持ちかけてきていた女性の名前じゃないっけ?で、シロの思い人……だよね?
え?なにこの2人、どんな関係?
えぇっと、とりあえず頭を整理してみよう。
白西って女性がいて、確か“プレゼント選びを手伝って”とかなんとか言ってシロを呼び出したんだっけ。そうそう、彼氏と上手くいってないとも言ってた。
その“上手く行ってない彼氏”ってのがこの男性なのか。うんうん、なるほど。
彼氏に直接話しかけるなんて、勇者か!
「元彼氏、やから」
元!?
男性は少々鬱陶しそうに視線を泳がせるから、しっかりと目が合った。それから何かを考えているように遠くを眺め、そして勢い良くキョロキョロした後図書館の入り口を眺めて項垂れてしまった。
多分だけど、俺とセイがお兄さんの傍にいた事を覚えてくれてたんだと思う。で、図書館内にお兄さんが来ているかもと見回したんだと思う。項垂れたのは「おらんのかーい」的な感じかな?
「白西さんは浮気してません。誤解なんです」
浮気とか、誤解とか、クローゼットとか……何処のドラマ!?しかも推理も何もしなくたって想像が出来るベタ中のベタ展開だし!
あれでしょ?プレゼント選びに呼び出されたシロとこの男性が鉢合わせた。
ん?違うか。白西さんの部屋にシロが上がり込んだ後から男性がやってきて、それでシロが慌ててクローゼットの中に隠れたけど見付かった。
あれ?でも男性はシロの顔に見覚えはなさそうだった。覚えてないだけ?彼女の部屋にいた不審な男の顔を忘れるのに、一瞬だけ顔を合わせた俺とセイの事を覚えてるのは不自然じゃないか?
それにシロは初めに“クローゼットの中にいたのは自分だ”と自己紹介をしていた。
見付かった訳じゃない?見付かったけど顔は見られなかった?彼女の部屋に隠れてる男の顔も確認せずに別れたって事?
上手くいっていない男女の関係は、予想以上に冷めていた。にしたって顔位は確認するもんじゃないのか?
元々別れるつもりで、その理由を探していた……としか考えられない。
「本返して来るわ」
立ち上がった男性は開いていた数冊の本を閉じると本棚の方へ歩き出し、その後を追うようにシロも歩き出したから、俺とセイも続いて歩き出す。
これはもう尾行とかじゃなくて大名行列か、それともキンギョのフンか。
「歴史書?都市伝説と異世界物……何調べてたんやろ?」
セイはきのこ図鑑を本棚になおして身軽になった両手を組み、まるで探偵のように顎元に手を当てながら喋り、自分で自分の姿を想像でもしたのか一人で笑い出した。
それにしてもだ、あんな一瞬だったのに本が見えたとは。セイって目が良いんだな……洞察力?観察力かな?
その後俺達の行進は無言で進み、ズンズンと図書館の外へ。
図書館前の信号を渡り、そのまま進んで1件のタバコ屋さんまで来た所で、先頭を歩いていた男性がクルリと回れ右してきた。
「なんなん?何処までついてくんの?」
ごもっともなご意見で。
「……俺のせいで別れたんなら誤解です。だから、やり直し……」
「あー……俺、運命の人?もうおるから」
シロは白西さんの事が好きなのに、元彼氏とよりを戻して欲しいのか?何故?それにしても、男性の言う運命の人って言葉が、ちょっと重たい気がする。
恋人とか、彼女とかで良いのに、運命の人……なんにせよ、男性にはもう相手がいるようだ。
もしかしたら片思い中なだけかも知れないけど、それでも心に思った人がいる中で元彼女とのやり直しはナイな。
話す事はもうないと感じたのだろう、男性はまたクルリと回れ右して歩き出す。
「待てや!」
しかし立ち去る事を許さなかったシロが男性の肩を掴んで強引に振り向かせた。
カシャン。
男性の顔から眼鏡が落ち、勢い余ってその眼鏡の上にシロの足が……
パキパキ。
フレームが曲がるとか、そんなレベルではない不穏な音がした。
「え……」
男性はシロの足元で悲惨な姿になってしまった眼鏡を見つめ、しゃがみ込むと1番大きな欠片を手に取り、それを覗き込んで溜息を吐いた。
その溜息は呆れとか怒りとか、そんな感じではなくて、何処か安堵したような溜息に聞こえた。
「すいません……」
頭を下げているシロに構わず、男性は他の細かな眼鏡の欠片とかフレームを拾う事はせず、タバコ屋にある自動販売機の横にある路地に足で寄せ、
「もうついて来んな」
と、足早に行ってしまった。
今度は追いかけなかったシロは、責任を感じたのだろう、まだ僅かに残っていた眼鏡の欠片を拾い集め、路地に捨てた。
今日はシロを元気付ける為に集まったのに、大失敗だ……だからと言って今から図書館に戻ってきのこ図鑑を借りて裏山にって雰囲気でもない。
そもそも、全くの素人が図鑑に乗っている大丈夫そうなきのこをただ焼いて食べるだけと言う危ない事をするよりも、スーパーに行ってマツタケ……は少々高級過ぎるけど、えのきとか、マイタケとか、シイタケとか……1年中売ってるわ!やっぱりここはマツタケ……セイと2人で割り勘すればイケル!筈……。
「きのこ買って、秋の味覚を安全に、美味しく食べよっか」
マツタケの提案をする為に声をかけると、セイはキラキラとした目をこちらに向けてくるとピシッと手を上げ、
「栗ご飯食べたい!」
と。
きのこはどうしたぁ!?