六話 パンばかりじゃ飢え死にしちゃう!
「えーと、なになに……。『Gは通貨の最低単位で、1000Gで1M。1000Mで1R。お金は大切に使いましょうね』。……やかましいわっ!」
梨佳のメモを放り投げ、俺はベッドに飛び乗る。
昨夜はあの後、この借家にこっそりと戻りそのまま就寝。
梨佳は『今夜は泊まっていくぅ!』とか言うので、ドロップキックをかまして強制的に退去させました。
どうせ俺が本気で蹴ったところで、魔王である梨佳にはこれっぽっちもダメージなど与えられないのは承知の上で。
懐にしまってある小銭入れを取り出し、中身を確認する。
兵士から支給されたのは10G。梨佳と真理亜から恵んでもらったのは1Mずつ、計2M。
このゲーセンのコインみたいなのが、この世界のお金ってわけだ。
「……ていうか支給された金だけじゃ温泉にも入れなかったじゃねぇかよ!」
小銭入れを床に叩き付け、ふて寝をする。
たしかこのオンボロ借家の一ヶ月の家賃は500Gとかだったような……。
いちおうこの金で四ヶ月は家賃を納められる計算だけど、飯はどうすんだよ飯は!
毎日毎日パンだけじゃ、ガリガリのミイラになっちまう!
『坊主。少しいいか』
「あ、はいはーい! いますよ! 今日もいい子に家にいますよー!」
見張りの兵士に呼ばれ、扉の前まで飛んでいく。
そしてそっと扉を開けると、そこには訝しげな表情の兵士が。
「……すまんな。俺も一日こうやって見張りに立っているわけだから、お前くらいしか話し相手がいなくてな」
「いいえー、別に良いっすよ。俺も暇ですからー」
なるべく自然に見えるように笑顔で返答する。
しかし兵士のごつい顔は暗いままだ。
「……俺はもう、駄目かもしれん」
「……は?」
「昨夜もな。いつの間にか気絶していたようなのだ。お前を見張るという重要な任務を王から与えられているというのに、情けない」
「……あっ」
……すっかり忘れてた。
昨夜も梨佳が魔法をかけて、俺の部屋に侵入してきたんだった……。
「それにこの頭の傷……。賊に襲われたにしては浅い。しかし賊がこんなボロ家に侵入するわけがない。目的がお前だったとしても、こうしてお前はここにいる。うむぅ……分からん」
とうとう頭を抱え込んでしまった兵士。
でも普通、これだけヒントが残ってたら魔王軍の仕業とかに気付くのではなかろうか……。
「き、きっとアレですよ! ええと……そう! 兵士さんのことが大好きな女性の悪戯とか!」
なんとか適当なことを言って、その場を逃げようとする。
……が、ここで予想外の展開が起きてしまった。
「悪戯……? 俺のことが好きな女……。そうか……確かに身に覚えがあるぞ」
「あ、あれ……?」
「助かったぞ坊主! この二日間の謎が解けた気がする……! お礼に、お前にこの庭を解放してやろう!」
「庭……ですか」
庭といえば、俺がいつも用を足している場所だ。
確かに今までは勝手に行かせてもらえなかったけど……。
「お前も毎日パンだけでは飽きるだろう。ほれ、これで自分で魔野菜でも育ててみろ」
「あ、はい……。ありがとう……ございます?」
豪快に笑う兵士に渡されたいくつかの……種?
あー、これで自分で家庭菜園をして飢えを凌げってことか。
そして部屋に戻った俺は目を疑った。
いつの間にか庭側の壁に扉が出現していた。
今まではただの壁だったはずなのに……。
「えー、これも魔法ですかねー」
もうなんか色々とどうでも良くなってきました。
とりあえず扉のノブを回すと、確かにいつも用を足している庭に出られました。
「まあ、家庭菜園をやるかどうかは別として……。これでいちいち兵士の許可を取らなくてもションベンに行けるようになったってわけか……」
庭の周囲は背丈の二倍ほどの柵で敷き詰められている。
ここから外に逃げ出すことは出来ないだろう。
「このまま種を持っていても仕方がないし……。一応、植えるだけ植えてみっかー」
一体どれくらいで育つのか見当もつかない。
水とか肥料とか、そこら辺の知識も全くない。
この状況で俺にどうしろと。
「ええと、これでいいのかなぁ」
適当に小さな穴を掘って、そこに一粒ずつ種を植えた。
後は知らない。
今度梨佳か真理亜にでも聞けばい――。
ピカー!
「うおっ!?」
いきなり土の周りが光りました。
そしてなんか……蠢いてる!?
ポンッ! ポンポンポンッ!
次々と植えた場所から野菜が――。
――野菜?
『ぷはぁー! いやー、生まれた生まれたぁ!』
『あら、いい男じゃない。今夜は私を食べるってわけね。いやらしい!』
『お……俺を喰うんじゃねぇ……。俺なんか喰ったって……腹を壊すだけだべ……』
……なんか、変なの出てきた。
大根みたいなのと、ニンジンみたいなのと、ジャガイモみたいなのが……。
「ええと……喋る野菜?」
『おっと、自己紹介が遅れたな! 俺は魔大根! 煮物に最適だぜ!』
『ふふ、私は魔人参よ。キャニーのあだ名で通っているわ。あらら、貴方私の色つやに見惚れているわね? ふふ、可愛い子ねぇ』
『お……俺は……魔芋……。頼む……俺だけは……喰わないでけろ……』
「……」
なんだかよく分からんが、面倒臭そうな野菜たちであることは確信した……。
こんなん喰えるわけないだろ……気持ち悪すぎて……。
俺は勝手に談笑しはじめた彼らをそのままにし、そっと庭の扉を閉めたのだった――。




