五話 温泉って最高だよね!
「あー……。生き返る……」
異世界の銭湯って聞いて、最初は期待してなかったんだけど。
これがまた思いもよらず良い湯なんですわ。
……って俺はおっさんか!
「ホント、良い湯だよね……。日々の疲れが癒されるわぁ……」
「……」
「……」
「なんで一緒に入っとるのっ!?」
お決まりの突っ込みだけど、入れざるを得ない!
「竜兄ぃ、やっぱ駄目な子だね」
「駄目な子ってなんだよ!」
「だーかーらー、竜兄ぃはこの世界のことを何にも知らなすぎってこと」
「う……。それは、言い返せないけど……」
とりあえず妹とはいえ目のやり場に困るので後ろを向いておこう。
ていうか近い……。
「この異世界のお風呂屋さんはぜーんぶ混浴なの。これ常識」
「マジで!」
「うん。ていうか、男女の比率があまりにも偏ってるかららしいんだけど。気付かなかった? 竜兄ぃ。魔族は全部女の子だけど、人間族も八割くらいは女性なんだよ」
「……マジか」
確かにあの借家に監禁されるまで、俺が見た男どもと言えば、あの召喚士の集団と鑑定士のじいさん。
それに今も家の前で伸びてる兵士くらいだったような……。
「人間族の召喚士っていう職業のひとたちは、男性しかなれないみたいだね」
俺の心を読んだのか。
梨佳が先回りして説明してくれる。
「ふーん。じゃあ子孫を増やすのとか大変なんだろうなぁ。ていうか魔族ってどうすんの? 男がいないんじゃどうしようもなくね?」
「……竜兄ぃ、今エッチな話をしてる?」
「真面目な話をしてます!」
梨佳の突っ込みに即答する俺。
どうして思春期の女子はすぐにそっちの方向に話を持っていきたがるんだよ!
「でも着眼点は良いかな。ていうか、まさに今それが魔族にとって大問題になってるんだけど」
そう答えた梨佳はすいーと風呂場を泳いでいった。
俺はなるべくその姿を見ないように質問を続ける。
「大問題……? それがさっき言ってた魔族会議の議題か?」
「うん。人間族はまだ男子がいるから、子孫を作ることができるじゃない? 昔は魔族も男のひとがいたらしいんだけど、長年の戦争でみんな死んじゃったんだって」
「うわ……。やっぱこの異世界って結構怖い世界なんだな……」
急に身震いしてきちゃいました。
どうしよう、いきなり戦争が始まったら……。
俺みたいな無能者は真っ先に死んでまう……。
「でね? 魔族も子孫を作るために色々必死なわけよ。黒魔術を使って、女性を強制的に男性にする実験をしたり、スライム型のモンスターを分裂させて兵士の絶対数を増やそうとしたり。魔族の中でもスライム系だけは性別が存在しないからね。……まあ、それも頭の痛い問題として挙げられてたけど」
「……どういう意味だ?」
ふと視線を梨佳に向けたら、ちょうど湯から出る瞬間でした。
俺は慌ててまた後ろを向く羽目になったんだが……。
「分からない? 覇権問題だよ。他の魔族は子孫を増やすことができないのに、スライム系魔族だけがどんどん増えていく。魔族間のパワーバランスが崩れる危機だってジェネルは言ってた」
「覇権問題……。魔族も色々と大変なんだなぁ」
そろそろのぼせそうになってきたので俺も湯船から上がる。
「竜兄ぃ、背中流してあげようか?」
「自分でやります!」
そう即答した俺は、そのまま洗い場へと向かう。
その俺に何故か付いてきた梨佳。
「……何故、俺の横に座る?」
「へ? 決まってんじゃん。私も身体を洗うの」
「……あそう」
この妹に何を言っても無駄でしょうね。
俺は気にせずに石鹸を泡立てて身体を洗う。
「さっきの話の続きだけど、これ以上スライムたちを増やしたらいけないっていう結論になったんだけど……。でも増やさない方法が思いつかないんだよね。いくらでも勝手に増えていくし、同じ魔族同士殺し合うわけにもいかないし」
ゴシゴシと身体を洗う音を響かせながら梨佳はため息を吐いた。
俺はそれに適当に返答する。
「じゃあ人間族の冒険者にやっつけさせればいいんじゃね?」
「……え?」
「ほら、スライムってさ。初心者の冒険者とかの良い経験値稼ぎになるじゃん。弱いし、いくらでもいるし、倒してもそんなに罪悪感とか湧かない風貌してるし」
「……」
何か考え込む素振りをしている梨佳を無視し、俺は続ける。
「上手いことそのスライム系魔族のお偉いさんとかを誘導して、人間族の住む街の最前線にスライムを送り込んでさ。そこで街の冒険者たちにやっつけさせて数を減らせば一石二鳥。あれだろ? この異世界も敵を倒せば素材とか金とか手に入る系だろ? それで強い武器を作ったり、成長したりできるんだろ?」
「あ、うん。まあ……そんな感じかな。でも……良い案かも。あとでさっそくジェネルに相談してみる」
ザバーン!
「うわっぷ! お前、いきなりお湯をぶっかけんじゃねぇよ! まだ俺、身体洗い終えてないんですけど!」
「あ、そうなんだ、ごめん。じゃあ、私が代わりに洗ってあげるよ」
「ちょ、待て……! 色々まずい……それは……うっ! 危ない! スレスレだった、今!」
何とか身を捩らせ危機一髪!
お前は兄のなんて場所を洗おうとしていたんだ今っ!
「……ちぇっ。竜兄ぃの成長を直に確かめようと思ったのにぃ」
「確かめなくていい! 絶対に確かめるな!!」
そのままもう一度湯船に浸かる。
そしてやっぱり梨佳も俺の後に続いて横に座った。
「……ねぇ、竜兄ぃ。思ったんだけど、竜兄ぃも魔族にならない? 私も一人であんな場所で、分からず屋たちを相手にするのがしんどくて」
少しシュンとした表情で俺の顔を見上げる梨佳。
ほんのり頬が赤くなって、俺の妹らしからぬ色気が出ちゃってたりして――。
……。
俺は今、一体なにを考えたっ!?
「あー、俺はパス。まあ、お前も大変だろうけど、魔王だったら殺されることもないからきっと大丈夫だ。ていうか俺みたいな無能者が魔王軍に入ったら、俺の命が危ないだろうが」
「ううん、それは大丈夫。……そうじゃなくて、竜兄ぃはたぶん、その、子孫繁栄のほうに回されると思う……」
なんか最後の方は聞き取れなかったんだが。
でも俺にとって非常に良くない言葉だったのは間違いないと思う。
だって、めっちゃ鳥肌が立ってるもん、俺……。
「……さ、さーってと! 身体も綺麗になったし、身も心も温まったし! あの兵士が目を覚ましたらヤバいから家に帰ろうかなー!」
「あ……。もう、竜兄ぃの馬鹿……」
梨佳をそのまま置き、湯船から出た俺はさっさと身体を拭き始める。
そして服を着て、店から出ようとする。
「お客さん、お金」
「……え?」
「え? じゃなくて、お金。大人二人分、しめて45G」
「……」
当然、手持ちの金がない俺は、そのまま金を借りに梨佳の元まで戻ったわけで――。
……ていうかGってなに!?
通貨単位すらまだ知らねぇっつうの、俺はっ!!




