二話 さっそく自宅警備員決定!
梨佳と真理亜がさらわれてから丸一日が経過した。
俺はあの怪しい集団のひとりに街の隅に連れられ。
そこに建っていた、今にも崩れそうな借家に住まわされたのだった。
……ていうか、築何十年なんだよ……この借家……。
「ったく……。ロクに説明もしてくれねぇし……一体、どこなんだよここは!」
風貌は外人に見えるが、話している内容は日本語そのものだ。
俺は半分腐りかけている木の椅子に腰を下ろし、これまでの経緯を思い出す。
部活の帰り道で幾何学模様の光が足元に広がり、いきなり大穴が開いて、俺達はそこに落ちた。
で、気付いたら怪しい集団に取り囲まれていた。
これまでに聞いた単語で俺が覚えているものは『召喚士』、『鑑定士』、『勇者』、『魔王』。
それに『不死王なんちゃら』とかいう顔色の悪い空飛ぶお姉さんと、『無能者』――。
『召喚士』というのは、あの怪しい集団らを指す言葉らしい。
で、あの馬鹿力のじいさんが『鑑定士』か。
「梨佳が『魔王』で、真理姉ぇが『勇者』……。で、俺が『無能者』と」
もはやぶっ飛んでる世界にきたと思ったほうが早い気がする……。
「で、無能者の俺に貸し与えられたのが、このゲーセンのコインみたいなのが数枚と、このオンボロ借家ってわけか。…………はぁ」
そのままテーブルに倒れ込む。
バキン!
「うおっ!? テーブルが折れたっ!?」
体重をかけた場所を中心に、真っ二つに折れた木のテーブル。
身を屈めて裏を覗いてみると、そのほとんどが腐っていることに気付く。
「もうやだ! こんなボロい家に監禁されて暮らしていくなんてごめんだ!」
ヒステリックに叫んだ俺は、そのまま玄関の戸を開ける。
「……んん?」
「……はい、すいません。戻りますー」
強面の兵士に睨まれ、そっと扉を閉め、部屋の中へと戻る。
駄目だ……!
これっぽっちも逃げられる気がしない……!
「だあああ! どうすりゃいいんだよ! 梨佳は無事なのか? 真理姉ぇは大丈夫なのかよ!」
丸一日、何もできずにここに監禁されている自分が情けなくて仕方がない。
というか、もしかして、これからずーーーーっとここに閉じ込められたままとか……?
……ヤバい。発狂しそう。
ガンッ!
『ぐはぁっ!!』
「……へ?」
何やら物騒な鈍い音と、さっきの兵士の叫び声が聞こえた気がする……。
俺は恐る恐る扉に近づき、耳を当てた。
「たっだいまー」
ゴンッ!!
「いってええええええ!!」
勢いよく扉が開き、俺の耳が死にました。
ていうかノックぐらいしろよ!
誰だよ! こんな非常識な奴――。
「――って、梨佳っ!?!?」
「あ、ごめん、竜兄ぃ。……ていうか、何してたの? 扉の前でコソコソと」
俺の目の前に立ち、訝しげな表情をしているのは、まぎれもなく梨佳だ。
ただ格好が昨日とは全く違う。
学校の制服ではなくて、真っ黒なコスチュームに身を包んだ――痛い子?
「へへ、可愛いでしょ、この洋服」
「……あの……どういうことか、説明していただけま――」
「竜くん!? 何があったの!? 襲撃!?」
ドンッ!
「あっ」
ゴチン!
「い……いてええええええええええええええええええええ!! ぶつけた! さっき割れたテーブルの角に! 背中……背中あああああああああ!!」
扉から勢いよく侵入してきた何者かが俺にタックルをかましやがった……!
……。
…………ん?
「あ、来てたの、梨佳ちゃん」
「うん。今さっき。あー、そこで伸びてる兵士は私がやっちゃった。だって事情を説明しても中に入れてくれるどころか、いきなり槍を向けてきたから……」
「ああ、そういうこと。でも、梨佳ちゃん。それは事情を説明しちゃった梨佳ちゃんが悪いと思うよ」
俺が痛がっているのを無視し、勝手に話を進めている梨佳と真理亜。
ていうか真理亜は梨佳と対照的に白銀の鎧に身を包んでるし……!
ちょっと、どういうことなの!
誰か詳しく説明して!
「うーん、どうしよう……。あ、そうか。私、回復魔法が使えるんだった。ええと……えい」
「え……?」
みるみるうちに俺の耳と腰の痛みが――。
「あ、すごい。兵士さんの傷が治っていく」
「俺にじゃないんかいっ!!」
頭に大きなタンコブを作ったまま気絶している兵士に回復魔法をかけた真理亜。
……ていうかなに、回復魔法って。
「これでよし。当分目を覚まさないでしょうけど、あとは梨佳ちゃんに襲われた記憶をどうするかね」
「あ、それなら大丈夫。私は忘却魔法を使えるから。ほーい、ほれほれ」
今度は梨佳が怪しい動きで魔法を唱えました。
……うん。
もうなんか、どうでも良くなってきた。
「……いや! どうでも良くない! お前ら、いい加減俺に説明しろ! これはどういうことなんだよ!」
◇
ということで、説明を受けました。
「……つまり、あれから丸一日かけて、梨佳は魔王城とかいう場所で正式に魔王になるための儀式をしていて……。真理姉ぇはあのまま王都に呼ばれて、王と契約を交わして正式な勇者となった、と」
「うん」
「まあ、だいたいそんな感じかな」
俺の独り言に同時に返事をした二人。
俺が淹れたお茶を啜りながら、のんびりとしたティータイムを満喫している。
「ていうか! お前らは敵同士になっちまったんだろ! どうすんだよ、これから!」
ここはやはり異世界で。
長年不在だった勇者と魔王が同時に召喚されて、そりゃぁもう世間は大騒ぎ。
何世紀にも渡って膠着状態が続いていた魔族と人間族の全面戦争が始まる――みたいな事態にまで発展しているらしい。
「どうすんだって言われても……ねぇ?」
「うん。別に私と梨佳は戦う気はないし……ねぇ?」
「え? そうなの?」
意外な言葉に素っ頓狂な声を上げてしまう。
え? だって真理亜はもう勇者で、梨佳はもう魔王なんでしょう?
戦争を仕掛ける当事者達でしょう?
「でも魔族の幹部達とか、めっちゃうるさいんだよね。『いつ攻め入りますか! 魔王様!』みたいな感じで。仕様がないから『うん。もうちょっと考えてみる』とか適当なことを言って逃げてきちゃったけど」
「ずいぶんザルだな! 魔族ってのは!」
「私も一緒。『魔王軍が攻勢を仕掛けてくる前に、こちらから打って出る!』とか国王が言いだして……。『もう少しお時間を下さい。優秀な仲間を集めないと倒せるものも倒せません』とかそれらしいことを言って逃げてきちゃった」
「こっちもザルだった!」
俺の突っ込みに二人とも大口を開けて笑い出した。
なんて肝っ玉の据わった姉と妹なんだ……!
丸一日鬱だった俺が馬鹿みたいじゃないか!
「じゃあ、戦争はしないんだな。でも、双方の幹部は納得しない、と。てことは、お前らが騙し騙し幹部達を誘導しつつ、戦わないで済む世界に変えていくしかないってわけだ」
「お、竜兄ぃが珍しく的を射たことを言ってる」
「ホントね。竜くん、見直しちゃった」
「……お前ら……」
はぁ、とため息を吐き、俺も茶を啜る。
しかし、これからどうしたら良いのだろう。
それぞれの軍のことはこいつらに任せておいて、俺は何をしたらいい……?
「……なあ、『無能者』ってどういう意味か分かるか?」
談笑している二人に質問する。
だいたいの意味は予測できるが、どう『無能』なのかを知りたい。
「そのまんまの意味だよ。『何も能力を宿していない』。つまり『無能者』」
「いや、だから『能力』ってなんだよ」
梨佳の説明ではよく分からない。
俺はそのまま隣の真理亜に視線を向けた。
「ええとね、私も今朝説明してもらったばかりの知識だから、そんなに詳しくないんだけど……。つまり、この世界に生きる生物は、生まれながらにして『何かしらの能力』を宿しているものなんだって。武器を作るための能力とか、魔法を使うための能力とか。複数の能力を宿しているひともいるし、たった一つだけど強大な能力を宿しているひともいるって」
「要は、竜兄ぃは『無能者』だから、なーんにも出来ないってことだよ。つまり……ニート?」
「ニートか! それキツいな!」
まだ高校生の俺が、こっちの世界ではニート決定……!
将来性もクソもあったもんじゃねぇ!
「じゃあ、どうすりゃいいんだよ! これから俺はどうやって生活していったらいいの! お金は? 食事は? 着る服とかお風呂とかは? このボロ借家だって結構な額の家賃が取られるんだぜ……!」
このなけなしのゲームコインみたいな金だって、恐らくはした金に過ぎないだろう。
梨佳や真理亜はいいだろうけど、俺はこの世界で生きていく自信がぜんっぜん無い……!
「えー、仕方ないなぁ。お金だったら私、いっぱい持ってるから、毎月少しずつ振り込んであげるよ」
「梨佳……!」
「まあ、そうなるわよね。私も国からかなりの支給額が出るから、振り込んであげる。竜くんに死なれちゃ、私達だって困るもの」
「真理姉ぇ……!」
二人が天使に見えてきました。
どうやら俺、飢え死にせずに済みそうです。
「……あ、そろそろ帰んなくちゃ。ジェネルがうるさいんだよね」
「私も。国王に仲間を集めるって約束して出てきちゃったから」
同時に席を立つ梨佳と真理亜。
少しだけ寂しいとか考えたが、ここに二人がいることがバレたら、そっちのほうが危険だ。
「これから連絡はどうやってとる? そんなに頻繁にここに来られないだろう?」
「あ、それは大丈夫だよ。この格好はさすがに目立つけど、変装すれば誰も気づかないし」
「……だったら最初から変装してここに来れば良かったんじゃ」
梨佳に聞こえないようにそっと呟いてしまいました。
「私も大丈夫よ。ここは王国の首都に近い街だもの。仲間探しのついでに寄ったことにすれば、それで問題ないわ」
あっさりとそう答えた真理亜。
なんだかよく分からんが、真理亜がそう言うなら大丈夫なのだろう。
――つまり、そう。
俺は働かなくても、この二人が養ってくれるというわけだ。
このボロい借家さえ我慢できればいい。
笑顔で帰っていった二人を見送り、俺は思う。
もしかして、案外楽しめるんじゃね? この異世界――と。




