一話 穴に落ちたら異世界!
とある日の放課後。
俺は妹の梨佳と姉の真理亜と三人で自宅に帰る途中だった。
その日はあいにくの雨で、しかも深い霧が発生していた。
この時期に、しかもこんな大都会で霧が発生するなんて滅多にないことだ。
「竜兄ぃ。ぜーんぜん前が見えないから、先に歩いてよ」
「お前なぁ……。兄をなんだと思ってるんだ、兄を」
文句を垂れた俺だったが、妹に制服を引っ張られ強制的に彼女の前へと立たされる。
「昔っから竜くんは梨佳ちゃんに甘いからなぁ。お姉ちゃん、嫉妬しちゃう」
「真理姉ぇ……。そんなこと言って、真理姉ぇだって俺の後ろにスタンバってんじゃんか」
「あれ? バレた?」
軽く舌を出し、自身の頭を小突いた真理亜。
妹と姉に背中を預け、俺は慎重に慎重を重ねて前へと進む。
「……ん?」
霧の先の地面が何やら光っている。
あれは、一体なんだろう……。
「なあ、梨佳。真理姉ぇ。あれって何――」
背後の二人を振り返り、声を掛けようとした瞬間。
前方の地面の光が一気に広がり、俺達の足元を照らした。
「…………あれ?」
足元にそれを確認し、幾何学模様の光であることを認識したが――。
――そのすぐあとに、そこには地面が存在しなかったのだ。
つまり――。
「だあああああああああ!」
「きゃあああああああ!」
「何よこれええええええ!」
――俺達はぽっかりと空いた地面に吸い込まれていったわけで。
◇
「う……ん……」
何やら周囲が騒がしい。
薄目を開けると、いつの間にか大勢の人間に囲まれていることに気付く。
「いたたたた……。あれ……? どこも怪我してない……?」
お尻を擦り起き上がった梨佳。
「だ、大丈夫? 二人とも……。…………ここ、どこ?」
目をパチクリさせている真理亜。
どうやら二人とも無事なようだ。
「おお! 目を覚ましたぞ! 召喚は成功だ!」
「……は?」
一人の怪しい格好のおっさんがそう叫ぶと、周囲のこれまた怪しいおっさん達が歓声をあげた。
ふと自分の倒れている地面に視線を落とすと、霧の中で光を放っていた魔法陣と同じ模様が描かれていることに気付く。
「鑑定士! 鑑定士はまだか!」
「たった今、到着いたしました!」
「そうか! さっそく彼らの鑑定を!」
怪しい格好の集団が二つに分かれ、その奥からヨボヨボの爺さんがゆっくりとこちらに向かって歩いてきた。
やたらと長い白髪の髭と、やたらと長い白髪の眉毛。
「何……? あのおじいさん……」
怯えた様子で俺の制服の裾を掴む梨佳。
同じように真理亜も俺の背後に身を隠す。
「ちょ、押すなよ! 俺だって何が何だか分からなくてびびってるんだから……!」
「竜くんは男の子でしょう! か弱い姉と妹を守るのが君の仕事だと、姉は思います!」
「真理姉ぇ、いいこと言った! ほら、やっちゃって! 竜兄ぃ!」
「……お前ら……」
後ろで騒ぐ二人に怒りを覚えている暇などない。
こいつらは俺達に危害を加えようとしているのか、それとも――。
「あー、腰いた、腰いた。まったく……最近の召喚士どもは年寄りを労わることもせんで……」
ようやく俺達の前に辿り着いた爺さん。
そして鋭い目で、俺の後ろに隠れている真理亜を穴が開くほど眺めている。
「な、何でしょう……。私、おじいさんに何か失礼なことでも……」
「ふわぁいっ!!!」
「きゃっ……! え……? なに、何なの!?」
急に奇声を発した爺さんにビビる梨佳。
さっきから俺の背中をちょこっとだけ抓っていて、すごく痛いです……。
「勇者じゃ!! こやつは、勇者じゃー!!」
「「「う、うおおおおおおおおお!!」」」
爺さんの叫びに合わせて、怪しい集団からまたもや歓声があがった。
一体こいつらは何をしているんだ……?
「あ、ちょっと、竜くん……!」
「ああ! 真理姉ぇが連れて行かれちゃうよぅ!」
ふとした隙に怪しい集団に真理亜を連れて行かれてしまった……!
一体、いつの間に俺達の背後に……?
「鑑定士どの! 早く鑑定の続きを!」
「分かっておるわ。急かすでない」
次に爺さんが視線を向けたのは梨佳だ。
もう完全に縮こまっている梨佳を、俺は身を挺して守る。
「梨佳に手を出すな!」
「竜兄ぃ……!」
「あ、ちょっと邪魔じゃ。……おいこら! 鑑定できんじゃろが!」
そのまま爺さんと押しくら饅頭状態に突入。
い、意外と力が強いぞ……! このジジイ!
「むむむ……! ふわぇいっ!!! …………な、なんとっ!?」
「いてっ!」
いきなり後ろに飛び退いた爺さん。
その拍子に盛大にすっ転んだ俺……。
「……竜兄ぃ、ダサい」
「う、うるさいぞ梨佳!」
顔が真っ赤になってるのが分かる……。
くそっ! ジジイに力負けした!
「どうだ鑑定結果は! 賢者か! 大魔道士か!」
爺さんの発言を固唾を飲んで見守る怪しい集団。
その中に囚われている真理亜を目視し、頭に血が上りそうになる。
「こやつは……こやつは、魔王じゃ!!!」
「「「え…………えええええええええええええええええ!?」」」
先ほどとはまったく違った、悲鳴にも近い叫び声をあげた集団。
勇者……? 魔王……?
さっきからこいつらは一体何を言っているんだ……?
『ふふふ、聞かせてもらったぞ。憎き人間族よ』
「だ、誰だ!! ………!!! お、お前はっ!?」
怪しい集団の一人が宙を指さした。
それにつられて俺と梨佳も顔を向ける。
『我が名は不死王ジェネル。ふふふ、まさか人間族自ら、魔王様を召喚してくれるとは……。ふふふ、ふはははは!』
「あっ……! 竜兄ぃ!」
「へ……?」
一瞬のうちに宙から消えた、顔色の悪いお姉さん。
と思ったら今度は梨佳が彼女の腕の中に居て――。
「梨佳!!」
「うわーん! 放せ! 放せ、このー!」
『あ、ちょっと、危ないから……おぶっ! 暴れませんよう……あがっ! ま、魔王様……!!』
何度か梨佳のパンチがクリティカルヒットをしたのを目撃したが、すぐに梨佳ごと消えてしまったお姉さん。
……というか今、空を飛んでいなかったか?
「もう、竜くん! 何をしているのよ! 梨佳ちゃん、さらわれちゃったじゃない!」
怪しい集団に囚われながら、俺に向かいめっちゃ叫んでくる真理亜。
あれは本気で怒っているときの顔だ……。
「す、すぐに国王に報告を! ……いや、待て! 報告はまずい! 間違えて魔王まで召喚したとあったら、俺達の首が飛んでしまう!」
「いやはや、こんなことが起こるとはのぅ。同時刻、同じ場所で、勇者と魔王が…………ふむ」
「鑑定士どの! 悠長なことを言っている場合ではないぞ! こうなったのもおぬしの責任!」
「ふぉっふぉっふぉ。ワシの責任じゃと? ワシはただ鑑定しただけじゃて。召喚したのはおぬしらじゃろう」
「ぐっ……!!」
ギラリと鋭い視線を集団に向けたじいさん。
あまりの展開にまったくついていけていない俺……。
「……あのー」
「? ……おお、そうじゃった、そうじゃった。もう一人残っておったな」
どうやら俺の存在に気付いてくれたみたい。
「そうか……! 最後の一人のこの男が賢者か大魔道士であれば……! 我らの首が飛ばずに済むかもしれんぞ!」
その言葉で再び目に光が宿った様子の集団たち。
しかしまあ当然、そんなに奇跡が何度も起こるわけもなく――。
「……駄目じゃ。こやつは何も持っておらん。無能者じゃ」
「「「えっ」」」
場の空気が凍りつく。
そしてそのまま冷たい視線が俺に注がれた。
「……一人目が勇者で、二人目が魔王で……三人目は無能者だと?」
「ふぉっふぉっふぉ。面白い。面白いぞ、小僧ども」
「笑いごとではないぞ鑑定士どの! ど、どう国王様に報告すればよいのだ……!」
「魔王のことは仕方がないじゃろうて。魔王軍の幹部が我らの中に身を潜ませておったのじゃ。これは事故――。この無能者のことも黙っておれば国王には分からん。ワシらは勇者だけを召喚したことにすればええ」
「し、しかし……」
じいさんの言葉により周囲にどよめきが起こる。
もう完全に俺のことなんて眼中にない。
「……分かった。おぬしの言うとおりにしよう。勇者はこのまま国王様の下に連れて行く。……で、こやつはどうする?」
「う……」
上手い具合に真理亜を救出して、この場を逃げようと目論んでいた俺に全員の視線が注がれる。
「このまま生かしておけばよい。いずれ魔王軍との交渉に使えるやもしれんからの。少々の金と家でも貸し与えて、監視を付けておけばよいじゃろう」
「そうか、分かった。……連れて行け!」
「あ、ちょ、やめろっ! 痛いっつうの! 乱暴に掴むなよ!」
「竜くん……! 竜くんっ……!!」
そして俺達は訳の分からん世界で散り散りにされてしまったのでした――。




