十話 魔王軍襲撃!
「魔王軍の襲撃……? え? どういうことだ?」
深夜だというのに街中は大パニック。
今しがた慌てて帰っていった三人のアホ女も、街の正門へと駆け出していっている。
「梨佳ちゃん……。もしかして、私達と戦争する気なのかしら……」
「おいおい、真理姉ぇ。それがないことは真理姉ぇが一番良く知っているだろ」
「う、うん……。そうなんだけど……」
不安そうな真理亜の顔を見て、俺は意を決し立ち上がる。
俺にできそうなことなんて何も無いんだろうけれど。
それでも俺は、この姉も、妹も、守らなきゃいけない気がする。
「梨佳と最後に連絡をとったのは?」
「え? ええと……前に竜くんのおうちで会ったのが最後……かな」
ということは二日前か……。
昨晩、俺の家に梨佳が侵入してきたときは、そんな気配は微塵も感じなかったけど……。
「とにかく攻めてきた軍団の中に梨佳の姿がないか確認しよう」
「え、ええ。そうね。……あ、そうだ。えい」
目を瞑った真理亜は俺の全身に向かい回復魔法を唱えてくれた。
一気に体力が回復した俺は首の骨を軽く鳴らす。
「サンキュウ。でもこの暗がりじゃ、梨佳の姿を探すのはしんどいな。真理姉ぇ、何か良い方法はないか?」
「うーん……。照明魔法とかなら使えるけど、梨佳ちゃんの居場所を示すような魔法は……あ、そうだ。私が囮になればいいんだ」
ぽんっと平手を打った真理亜。
一瞬、何を言い出すのかと思ったが、よくよく考えてみたらそれが一番手っ取り早いことに気付く。
「……じゃあ、この街で一番高い場所に行こう。そこでその変装魔法を解いて、照明魔法とやらでライトアップして、真理姉ぇの姿を魔王軍に晒す」
「うん。そこに梨佳ちゃんがいたら、真っ直ぐに私のほうに向かってきてくれるもんね。ええと、この街で一番高い場所といえば…………あそこね!」
真理亜が指差す先。
正門のすぐ右手側にある、小高い丘の頂上。
襲撃に備えて建てたと思われる監視塔だ。
「掴まって、竜くん」
「へ……?」
言われるがまま、真理亜の腰をしっかりと掴む。
「瞬間移動魔法! クイックムーブメント!」
「どわっ!?」
物凄い圧力を全身に感じ、俺は咄嗟に真理亜にしがみ付いてしまう。
「あっ、竜くん……! そこは……んっ……駄目な場所……!」
真理亜の声が遠くに聞こえるが、今はそれどころじゃない。
振りほどかれそうなほどの圧力に、俺はもう必死にしがみ付くことしかできない。
ビュンッ!!
そして一瞬のうちに大空へと羽ばたいたと思ったら、すぐに急下降。
もう吐き気やら眩暈やらで、魔王軍に殺られる前に死にそう……。
「大丈夫? 竜くん」
真理亜が心配そうな表情で俺の顔を覗き込む。
頭を振り、周囲を見回すと、そこがすでに監視塔だと気付く。
「もう、竜くんったら、いきなりあんなところを掴むんだもん……」
「わ、わざとじゃないのは分かってるだろ!」
焦る俺にペロッと舌を出した真理亜。
もう、どいつもこいつも俺を誘惑して何が楽しいの!
「そんなことより! 早く照明魔法を!」
「うん。分かってる」
再び詠唱する真理亜。
彼女の周囲に光が集まってくる。
すでに変装魔法は解いているようだ。
見た目は何も変わっていないが、淡い光の膜のようなものが無くなっていることに気付く。
「おお! あれは……勇者様!」
「何と神々しいお姿なんだ……!」
街の野次馬どもから歓声が上がる。
皆それぞれ武器を手にし、魔王軍との戦いに士気を高めているようだ。
このままでは戦争が始まってしまう……。
これでは、俺や梨佳、真理亜が思い描いた世界とは、違う方向に進んでしまう。
「梨佳……! 気付いてくれ……!」
俺はただ、願うしかできない。
無能者の俺は、周りを頼ることしかできない――。
『ふはははは! 勇者自ら囮になるとはな! ゆけ、獣王軍よ! 勇者を殺すのだ!』
地響きのような雄叫びが魔王軍の中心から響き渡る。
あれは……梨佳の言っていた『獣王ガーランド』?
「あのジェネルとかいうお姉さんもいない……。これは、奴の単独行動か……?」
確か梨佳はガーランドのことを『脳筋』だと溜息交じりに話していた。
もしこれが梨佳の命令ではなく、勝手に奴が仕組んだ襲撃だとしたら――。
「(目的はなんだ……? 勇者を倒すことが目的にしては、全軍ではなく獣王軍だけというのはおかしい……)」
「どうするの、竜くん! もうすぐ街に侵入されちゃうよ! これじゃ、戦争が……!」
――考えろ。
獣王ガーランドの目的を。
魔王である梨佳は、もはや魔族の頂点に君臨する人物だ。
その梨佳の命を背いて、街を襲撃して、獣王に何の得がある?
梨佳ははっきりと『戦争はしない』と宣言した。
魔族が抱える問題は、子孫繁栄に関する問題だとも言っていた。
梨佳に唯一弱みがあるとしたら――――俺?
「まさか……俺を探しているのか?」
「竜くん?」
梨佳の兄である俺の存在をどこかで聞いたと仮定すれば、すべてはひとつに繋がる。
魔王の実兄である俺をダシに、梨佳と交渉でもするつもりか……!
「……真理姉ぇ。分かったよ。あいつの目的は、たぶん俺だ」
「え?」
「だから、俺を奴の前まで連れて行ってくれ。さっきの瞬間移動魔法で」
「そんな……! できるわけないじゃない……!」
俺の言葉に動揺する真理亜。
でも、俺だって勝算が無いわけじゃない。
きっと、獣王は俺を殺さない。
梨佳との交渉材料にし、交渉が決裂しても、『子孫繁栄』のための道具として使うつもりだろう。
……いや、決して俺は喜んでなんていないぞ。
今、めっちゃシリアスなシーンなんだから。
「俺は大丈夫だ。このまま街に侵入されて、罪もない人の命が奪われるほうが耐えられない」
「竜くん……」
真理亜が俺の目をじっと見つめている。
その目は実の弟を本気で尊敬している目だ。
……俺はつい、目を逸らしてしまう。
「……分かった。でも、私も一緒だよ。竜くんを一人になんて、絶対にしない」
それだけ答えた真理亜は再び詠唱する。
俺の全身を真理亜の魔力が覆い、俺達は魔王軍の眼前へと――。
◇
『くく……くははは! 遂に見つけたぞ! お前が魔王の兄か!』
ガーランドの指揮により、全軍が一斉に侵攻をストップさせる。
もう街の正門とは目と鼻の先だ。
「魔王の……兄だと?」
「ど、どうしてそんな奴が勇者様と一緒に……?」
街中で騒ぎが起きているのが聞こえてくる。
俺はそれを無視し、奴の前に一歩だけ歩み出た。
「お前の目的は俺だろう? 梨佳との交渉材料にでもする気か?」
『くく……良く分かったな。そうだ、あの体たらくな魔王を王座から引きずり降ろしてやるのさ! そして私が新たな魔族の王となる……!』
予感がほぼ的中し、俺は軽くため息を吐いた。
梨佳の言うとおり『脳筋』というのは間違いなさそうだ。
恐らく、俺を捕えたあとのことはそんなに深く考えていない。
「俺が大人しくお前に付いていくと言ったら、街は見逃してもらえるか」
「竜くん……!」
俺の服の裾を掴み、首を横に振る真理亜。
『ああ……いいぞ。だが、そこの勇者は殺す。目の前に魔族の大敵がいるのに、みすみす逃す馬鹿はいない……!』
背に持つ巨大な斧を振りかざし、真理亜の前に突き出したガーランド。
それに応えて、腰に差した剣に指をかける真理亜。
「駄目だ。勇者は見逃せ。じゃないと、今この場で俺は自害する」
「竜くんっ!?」
『ほう……?』
俺の意外な言葉に驚きを隠せない真理亜。
ガーランドも値踏みをするような目で俺を見下ろしている。
数秒の静寂。
俺はその間、一瞬たりとも瞬きをせずにガーランドを見上げている。
きっと、大丈夫だ。
俺は、彼女を信じている。
『……交渉、決裂だな』
俺の意志が固いと踏んだのか。
一瞬諦めた表情で後ろを向いたガーランドだったが、それが罠だった。
「真理姉ぇ!」
振り向きざまに物凄い形相で真理亜に突っ込んできたガーランド。
しかし真理亜もそれに反応し、剣を抜いた。
まさに今、獣王と勇者が激突するかと思われた瞬間――。
「こらぁ! ガーランド! あんた私に内緒でなにしてんのよー!」
「あっ」
「あっ」
上空から物凄い勢いで降りてきた梨佳は、ガーランドが振り下ろした巨斧を片手で軽々と防いでしまった。
そして真理亜の剣も魔法の障壁で間一髪防いでいる。
『……ちっ、いいところで……』
「梨佳……!!」
梨佳の姿を確認した俺は、思わずその場にへなってしまう。
嗚呼……マジで助かった……。
絶対に来てくれると信じてたぜ……!
「真理ね――こほん。……勇者よ。ここは我に免じて剣を収めよ」
「あ……。……分かったわ、魔王」
いつもとは違う、よそよそしい会話と表情で演技をこなす二人。
まあ、今回はめっちゃ観衆がいるから当然なんだけど……。
「ガーランド。お前の処分は後日、魔族会議で行います」
『……けっ、この体たらく魔王が』
「……何か言いましたか?」
梨佳が顔に似合わず凄い形相で睨むと、あのガーランドがまるで猫みたいに小さくなっちゃいました。
やっぱ魔王と獣王とでは格が違うみたい。
「……人間族よ! 今は引くが、再び我らは現れるだろう! その時まで、頭を洗って待っているがいいっ!!」
そう言い残した梨佳は誰にも見えないように俺にウインクをして、軍を率いてその場を去っていった。
……いや、妹よ。顔じゃなくて、首な、首。
「…………はぁ。どうなることかと思った」
俺と同じくその場にへたり込んだ真理亜。
よく見ると手が震えている。
勇者だったら獣王と互角か、それ以上に戦えるんだろうけど、気持ちの問題だってあるのだろう。
身体の強さと心の強さは比例しないのだから。
「とにかく……ありがとう、竜くん」
「ん……」
真理亜の礼と共に夜が明け始める。
――さて、問題はこれからだ。
俺の正体が半分だけ世間に知られてしまった。
つまり俺が『魔王の実兄』だということを。
召喚士たちが隠していた事実が、王にバレるのも時間の問題だ。
勇者と同時に、魔王を召喚してしまったという、とんでもない事実が――。
あのオンボロ借家からも追い出されるだろう。
『無能者』の俺は、一体これからどうやって生きていけばいいのやら。
早朝の光に目を細めながら、俺は――。
――それでも安堵の表情の真理亜を尻目に、大きく伸びをし、欠伸を噛み殺したわけで。




