5. アーベイ氏の興味
ほぼ野次馬・アーベイ氏のヨリアス考(前編)です。
……そこで「親父について!?」という突っ込みはご勘弁を。
では、良い暇つぶしとなりますように。
「本当に、ヘーデンさんは楽しい方ね」
宿へ帰ってから妻が言うのに、思わず笑いそうになった。
別に、あいつは楽しませようとしている訳ではない。大真面目なのだが、思ったことがすぐ顔に出る、素直な性格と明るい気性のせいで、知らずこちらの笑いを誘う。
「まあ、そうだな。良い若者だよ」
子供たちは既に寝付いているらしい。宿の小間使いに頼んで、子守をしてもらっていたのだが、何も問題は起きなかったようだ。
「ええ。リシアさんが養女になれば、ヘーデンさんも私たちの息子ということになるのね。楽しみだわ」
全く楽天的というか、無邪気な女だ。そこが気に入っているが。
「そうだな。しかし、そううまくいくかな」
後の方は小声になりながら相槌を打つ。それは、ヘーデンが息子になるのは願うところではあるが、「あの男よりも優れた」人物という条件がある。その娘もどこまでわかって言ったかは分からんが、例え武術のみに限ったところで、並大抵の男では歯が立つまい。
今でも鍛錬を続けているのであれば、ヘーデンでは追いつくことも出来ないのではないか。
少なくとも、私の知っているあの男は、妥協すまい。わざと負けてやることは考えられない。となれば、結局は娘次第となる。
「旦那様、そのヨリアスさんにお会いしたときに、私がリシアさんに会いたがっている事もお伝えくださいね」
シンシアは楽しげに話す。もちろん、私も一度会ってみたいので、話すつもりではある。
「そうだな。ヘーデンはさておき、私もどんな娘か興味はある」
「その時は、子供たちも一緒に、どこか遊山に行きたいわ」
せっかくカダッテまで来たのだから、子供たちにも存分に楽しませたい。
「そうだな。どこか良い所がないか訊いておこう」
あちらが付き合ってくれるとは限らないので、ただそれだけ答えた。
前に来たときと同じ離れへ行くと、今回は窓べりで待ち受けていた。私の顔を見て、また来たのか、という顔をしている。
部屋へ上げられ、前回同様、白湯を出される。そういえば、前は出された湯呑みに触ることもしなかった。
そう思いつつ、湯呑みを手にとって、ちらりと横を見ると、ヘーデンは余程緊張しているのか、顔が真っ赤で、肩にも力が入っている。
「で、今度は何のようだぇ」
確かに、改めて聞いてみると、タム弁(ウーサス西部)というよりは政都弁のほうが近い。同じ出身地と聞いたゲール・ウェンとは少し言葉が違うようだ。
「あの、武術の手ほどきを受けたいのですが。御教え願えましょうか」
カチカチに緊張しつつ、これまた単刀直入に用件を述べる。
まあ、この男相手にはその方が良いだろうが。
「武術ねえ。何かい、リシアの言葉を真に受けてるのかい」
「はい。リシアさんに気に入ってもらえる、端緒にはなるかと」
たぶん、それくらいしか手が思いつかなかったのだろう。
文通だけでどうにかしようと思わないところがこいつのいい所だ。
「ま、そりゃ心掛けは結構だがね。何も俺でなくとも師匠はあるだろう?あんた警邏なんだから」
そりゃそうだろうが、それじゃあどの程度の腕の違いがあるのかわかるまい。
「いえ、是非ヨリアスさんに教えていただきたいのです」
細かい理由は抜いて、それだけ頼む。理由なんか言い出せば、うっかり娘に会いたいことまで言いかねないこいつとしては上出来だろう。
「で、あんたは何しに来たんだい」
しばらくヘーデンを見ていた視線を、私にずらして聞いてくる。
「いえ、まあ見物と、少し尋ねたい事がありましてな」
その辺は、ヘーデンが帰ってからの方が良かろうと思い、言葉を濁す。
「で、ヘーデンの弟子入りはどうですか」
「ふむ。弟子を取るほど大層な腕前でもないがね。暇を見て相手するくらいはしても良いよ。あんた、剣はやっぱり雷撃流かね」
「はい。目録はいただきました」
聞きながら、そんな腕があったかな、と思うが、まあ嘘を付くような男でもない。持っているのだろう。ちなみに、「雷撃流」というのはターシャンの騎士がつかう剣術の主流である。ひたすら攻めの剣術であり、その目録(免許皆伝の手前の段階)となると、そこらの剣士では太刀打ちできない威力を持つ。
「じゃ、剣術は別にいいな。面倒だし。あんたの都合のいいときにここへ来な。暇なら相手してやろう。留守ならなしだ」
話しを聞いていると、手の空いている時はこの離れにいるらしい。
「あの、面倒とはどう言う意味でしょう」
駄洒落とも思えないので、言葉どおりだろうが、ヘーデンには理解できないらしい。
「道具を用意するのも、打ち合うのも億劫だというのだよ。雷撃流じゃ、当たったら骨が折れるだろうが」
雷撃流には寸止めが存在しないので、ごもっともだが、こいつならかすらせもせんのではなかろうか。
ふと口を挟みそうになるのを、視線で制される。
どちらかといえば、剣の腕を見せることの方が面倒なようだ。
「そうですか。では、柔術ですか?」
「いや、あれは合気術さ。ある程度までは似ているがね」
似ている点とは、掴んで投げるところだろうか。えらく大雑把だ。
「ま、土まみれになる覚悟で来るんだね。……制服で来るんじゃねぇぞ」
「は、稽古着で参ります。御引き受けくださりありがとうございます」
それでは、仕事がありますので、と言って、ヘーデンは帰っていった。
「案外あっさり引き受けるんだな」
聞いた話では、娘に恥を掻かせた時点でお終い、とのことだったので、最初私はそこで命がおしまいかと思ってしまった。まあ、投げ飛ばされる程度で済んだようだが、その後の文通を許していることも意外であったのに、今度は武術の面倒を見ると言う。
自分でそのように仕向けておきながら、意外の観がぬぐえない。
「実力差を知ったほうが、余計なことを考えんで良かろ。で、あんたの用事は何だぇ」
確かに、あいつに限ってとは思うが、勝手に腕を過信して、娘に妙なちょっかいを出そうものなら、首胴おさらばになる。
こう考えると、いっそその娘はあきらめろと言いたいところだが。
「それが、ヘーデンの話しを聞いた妻が、あんたの娘に会ってみたいというので、どうかと思ってな」
「夫婦で来たのかぇ」
あきれ声で言うのへ、
「いや、一家だよ。ついでにどうだね、あんたも家族一緒にどこか遊山にでも。いいところを教えて欲しいのだが」
「何しに来たのやら。この季節じゃこれといって見るものもねえよ。港でも案内してもらえばいい、あのヘーデン君に」
「それは予定のうちだ。で、もしかすると義娘になるかもしれんお嬢さんとは、会わせて貰えんかね」
駄目でもともとなので、気楽なものだ。
「やれやれ。娘もそう暇ではないんだがねぇ。まさかそこにヘーデン君は加わるまいな」
「いや、私の家族だけだ。どうだ、足代は全部私が持つが」
割といい感触だったので、もう一押しのつもりで言ってみる。が、逆に嫌な顔をされた。
「あんたな、金をちらつかせるような物言いは控えなさいよ。別にこちとら赤貧て訳でもないのだ」
それもそうだ。第一最初に呼び出そうとした時も、そのような断りが入っていた。奢って奢られてを気兼ねなく交わせるほど、親しい仲ではないのだ。つい口調に釣り込まれて忘れてしまう。
「そりゃすまん」
謝罪すれば、存外あっさりと流された。
「さて、ラッパル辺りの事情は良く知らねぇから、何が珍しいかねぇ。差し当たり思いつくのは湯の川くらいだが」
「温泉か」
そういえば、カダッテのはずれに温泉地があった(「湯の川」というのは温泉の別名)。子連れで歩くのはきつい距離だが、馬車を雇えば手ごろな距離だ。
「ま、温泉はどこにでもあるもんだが、いいとこの奥さんにはめずらしいかもしれんね。どうだぇ」
「いや、ありがたい。そのように手配しよう。ところであんたはどうする」
「面倒だがなぁ。ま、たまには人の金で遊ぶのもよかろ。こちらは病院の都合もあるから一泊二泊が限りだろうが、あんた方はゆっくりするがいいよ」
「ふむ。あちらで会うという事だな。では、宿が決まれば連絡する」
「そうしてくれ」
どういうつもりで同意したのか分からないが、宿はこちら持ちでいいらしい。
「人数は四人でいいのだな」
確か以前、娘が二人と聞いた覚えがある。
「ああ。しかし、俺は別に宿を取るから、三人と思ってくれ」
何でまた、と思わぬでもないが、理由を言うつもりはなさそうだ。
ただ単に、私と同じ風呂に入りたくないだけかもしれぬ。
「了解した。では、湯の川で会おう」
追い出される前に、自分で席を立つ。
今回も掃き出し窓から上がったので、そちらから退出した。
今日は見送りもなしだったが、別にそう扱って欲しいわけでもない。
急ぐ理由もないので、ついでに庭を見ながら歩いていると、この間の若い僧に出会した。
「おや、いらしてたんですね。もうお帰りですか」
今回は勝手に入っていったので、来たことに気付かなかったようだ。
「ええ。あ、そういえば、一つ聞きたいことがあったのですが」
本人がいないのはこの際よい機会だろう。
「私でお役に立てますならば」
にこやかに応じてくれるのを幸い、本人は話してくれぬ事を尋ねる。
「ヨリアスさんというのは、どういった人ですか?本人は下男のようなことを言ってらしたが」
「ああ。まあ、当寺の小間使いもしてくださいますがね。どちらかといえば、院主のお客人ですよ。あの離れも、境内にありますし、土地は寺がお貸ししておりますが、ヨリアスさんがご自身で建てられたとか。私はこちらへ来てまだ一年少しですので、その頃のことはよく知りませんが。ご本業は何でしょうねぇ。あちらこちらで人助けをしては、場合により謝礼を受け取っておられるようですが」
「ほう」
「誰にでも親切で、気風がよくて好かれてますよ。お嬢さんもそっくりでね。あ、これは下のお嬢さんですが。時々ヨリアスさんを訪ねて来るんです。放っとくと、家に帰らずに篭もっている時がありますから、お迎えですね。これが、お人形のようにかわいらしくて……あ、しゃべりすぎですね、私」
どうもこれが過ぎて、なかなか御師様の許可が下りません、と笑いながらも、目でこんなところですが、と話しの終わりを告げる。
「そうですか。いえ、どうもつかみ所のない方で、どういった方かと思いまして。お時間を取らせて申し訳ない」
軽く会釈を交わして寺を後にした。
外出したついでに、飯屋に入る。
何というか、「親切」とか「気風がいい」とか「好かれている」とか。
私の知るあの男とは、まるで正反対のような言葉ばかりだ。
少なくとも、一部を除き好かれてはいなかった。恐れられていた。
親切な面は、知らぬだけであったのかもしれぬが、厳重に隠されていたし、気風がいいどころか、蛇のようにねちっこい性格だと誰もが思っていた。
祭都での姿が偽りで、今が本来の姿なのか。今は鬼の本性をきれいに覆い隠して生きているのか。全く分からない。
偽りでああも非情になれるものでもなかろうから、どちらも本気かもしれないが。
やはり、つかみ所のない男だ。が、穏便に暮らそうとしているのは確かだろうから、余程のことがない限り、あの鬼には出会うまい。
こちらも、祭都でのことは忘れて、別人だと割り切ってしまえば、付き合いやすい人間かもしれぬ。
それが良いだろう。
読了、ありがとうございます。
アーベイ氏は一体どれほどの休暇をもぎ取ってきたのか…。
作者、武芸全般に造詣ございません。今後もさらりと嘘八百並べるかと思われますが、「それはおかしすぎる!」等、具体例があればご連絡ください。
ちなみに、合気術も「掴んで投げる」としているのはアーベイ氏の勘違い。