4. ヘーデン氏の第一歩
やっと話が動き出します(?)
前話は長めでしたが、今回は短めです。
良い暇つぶしとなりますように。
書信による実家とのやり取りだけで、一年近くかかってしまった。
しかも、いい嫁がいるから帰って来いとまで言われた。
が、アーベイ先生が仲介に入ってくれたので、何とか上手くいきそうだ。
ああ、先生に頼んで本当に良かった。
さすがにココス島(南方の島)のターシャン(島の南部地方)からエミーシャ島(北端の島)は遠すぎて、両親も怒鳴り込んでは来れなかったらしい。それに、先生が裏できれいになだめてくださったのだろう。
先生のところへ養女に入ることが条件となったが、結局は折れてくれた。
これで嫁さんに貰える、と思い、ヨリアスさんの所へ行く。
「ほう、まぁ頑張ったじゃないかぇ。ま、半分以上は後見殿の尽力であろうがね」
気のせいか、丸きり人事のような扱いだ。
「あの、それで、娘さんを嫁ごに欲しいのですが」
最初の印象が強いので、恐る恐る切り出す。
「おや、忘れたのかぇ?次は本人に聞いてみな。うんといや嫁にやろう。ただし、挨拶以外でココス島に連れて行くのはなしだ」
案外優しく許可される。これでリシアさんに会える。
「はい。心得ております。では、早速」
病院へ行こうとしたのだが、止められた。
「やれやれ、あんた、せっかちすぎる。まずは文通からだな。職場へ行くなんぞ非常識だ。ま、町で見かけた時に声をかけるくらいは許してやろうが、周囲に気を配れ。娘に恥をかかせたら、それまでだからな」
しまった。また悪い癖が出た。
確かに、年頃の娘に若い男が声をかけるのはあまり良くない。
彼女の品位を損ねてしまう。
またしばらくは文通ということか。とはいっても、実家相手とは全く違うが。
「ま、一度くらいは場を設けてやろう。リシアも顔くらいわかっていなくては、返事に困ろうからな」
余程しょげて見えたのか、あきれたような言葉が聞こえてきた。
どうも、感情が表に出すぎるようだ。
「よろしくお願いいたします」
羞恥に耳まで赤くなりつつ、とにかく一度は会話が出来る運びに、内心走り出したいような喜びに満たされる。
「当然、俺も同席するが、あんたも誰かいるかね」
「いえ、私は一人で寄せていただきます」
後見、というか、仲介を頼んだアーベイ先生はラッパルだ。そうそう気軽く呼び出せる距離ではない(徒歩で2・3日の距離)。それも、正式な婚約の席ではなく、顔合わせの席だ。私にとっては重要だが、先生には瑣末なことだろう。
「じゃ、三人だな。あんたの次の非番はいつだね」
「は、三日後であります。その後は、五日ごとにあります」
「そうか。日時と場所が決まれば連絡しよう」
「お願いいたします」
顔を上げると、話は終わったとばかりに、目線だけで帰れと促される。まぁ、ターシャン人は嫌いだそうなので、多少ぞんざいな扱いを受けるくらいは仕方ないだろう。ウーサスの人は政都のお膝元であったことから政王びいきであり、先の政変で退位に追い込んだターシャン人を嫌う人が多い。
辞去の挨拶をして、境内から出る。
今回はあの離れへ上がる間もなかった。
ヨリアスさんが窓べりに座っておられたので、そのまま事の顛末を語ったのだ。
私のせっかちのせいか、ヨリアスさんに最初から上がらせるつもりがなかったのか、どちらともいえない。
「それで、どうなりましたの?」
アーベイ夫人は、心底楽しそうに、身を乗り出さんばかりに訊ねる。
アーベイ先生は今回、休暇をとってご家族お揃いでカダッテへ来られたのだ。
夕食をご馳走になりながら、先生へは書信で知らせた内容を語り続ける。
「それで、芝居見物の席を隣に設けてもらったのですが……。どうもリシアさんは、私には見向きもしないで、舞台に夢中でありました」
「あら、まあ」
口ではあきれた風を装いつつ、どうもおかしくてたまらないらしい。
目が笑っている。
「それはお前もお互い様だろう?芝居を見ずに、隣の娘に釘付けだったのだろうに」
先生からは、からかいの声が飛んだ。全くそのとおりだったので、顔が熱くなる。
「いえ、その夢中になっている様が、非常に、何といいますか……」
つい、言い訳口調になると、夫人がこらえきれずに笑い出した。
「まあ、ヘーデンさんがそこまでおっしゃるお嬢さんに、私もお会いしてみたいわ」
「そうだな。ひょっとすると義娘になるかもしれんのだ。今のうちに一度くらい顔を拝んでおこうか」
「先生、ひょっとするとはひどい。必ず、私の嫁ごは彼女だけです。うんと言ってもらえるまで何でもします」
あんまりからかわれるので、少しむきになってしまった。
「そうおっしゃったところで、お話も出来なかったのでしょう?」
それを言われると辛い。こちらは何とか話しかけようとするのだが、相手は前しか見ていないのだ。いっそ、彼女の向こうにいたヨリアスさんの方が、目線が合っていた。
「それが……、あんまり私を不甲斐なく思ったのか、ヨリアスさんがもう一度機会を与えてくれまして、その後茶店で同席しました」
「あら」
夫人は、もう全く楽しんでいる様子だった。
私はさらに情けないような話を続ける。この辺りは書信にも記してはいない。
「最初のうちは、緊張してお互いろくに話しませんでしたが、そのうち私の顔に見覚えがあることに気付いて、それはもう楽しそうに芝居の話を」
つまり、私のことは全く視界に入っていなかったのだ。ここまで。
思わずため息が出る。
「あら、でも、そのお父様はお嬢さんに御見合いの席だとお教えしていなかったのかしら」
夫人の素朴な疑問。どうもこれまで、私の振られっぷりの方が面白くて気がつかなかったらしい。
「はい。そもそもヨリアスさんは、別にリシアさんを嫁に出したいとは考えておられんのです。ただ、私が彼女に声をかけるのを許可してくれただけで」
「あら、まあ」
貴族階級では、通常親の意思だけで結婚が決まる。
どうやら夫人は、私が両親の許可を得て、ヨリアスさんがそれを確認した時点で、この話がまとまったと思っていたようだ。
先生の「ひょっとすると」の意味は気付かなかったのだろう。
「それで、いつまでも芝居の話を聞いているのも良かったのですが、さすがにそれはヨリアスさんが許しませんで、帰ろうと促されまして」
あれは、いい加減私にあきれていたのではなかろうか。
夫人は目をきらきらさせて、話の続きを待っているが、先生の方は、あの時のヨリアスさんと同じような表情だ。
「つい、リシアさんの腕を捕らえて、嫁に来てくださいと」
その後のことは、痛い思い出だ。思わずため息が出る。
と、もう一つため息が聞こえた。先生だ。
その後のことを知っているのだろうか?書信には文通を始めたとしか書かなかったのだが。
しかし夫人は、我々のため息に気付かず、頬まで染めて期待している。目が、先を促している。
「言った瞬間、私は床に転がっておりました。たぶん、ヨリアスさんに投げられたのでしょうが、今でもどうなったのか良くわかりません。理由は、腕を掴んだ事と、店中に声が聞こえた事の両方かと思われます」
夫人、頬を両手で押さえ、まぁ、という表情だ。何というか、少女のように無邪気な女性である。
さらに話を続ける。
「リシアさんは、私の言葉と、その後のことに余程驚かれたのか、目を丸くしておられたのですが、まあその時の私も似たような面をしていたことでしょう。その後、私の頭の辺にしゃがみこまれて、返事をくれたのですが」
つい、またため息が漏れる。
投げ飛ばされた後だけに、あの返事はきつかった。
「どんなお返事でしたの」
待ちきれなくなったのか、夫人が催促する。
「父様よりも優れた方が現れたら、その方と結婚いたします、と」
要するに、断られた。
思い出して、つい下を向いてしまう。
「それがどうやって文通にこぎつけたんだ?」
先生まで興味本位の声をかけてくる。
もっとも、私もそう一回でいい返事がもらえると思っていたわけでもない。
「そのまま、店を出て行かれたのですが、とにかく私の意志を伝えることは出来ましたので、あとはこう、胸のうちをわかってもらおうと、文をしたためました。それに返事を貰いまして、そのまま文通が続いておる次第です」
「勝算はあるのかね」
「とりあえず、今は武道のほうを鍛えなおしております」
答えると、だろうなぁ、といわんばかりの顔で頷かれた。
「先生は、ヨリアスさんのことをご存知だったのですか?」
つい尋ねる。
「ああ、いや、よく似た人を知っていてな。ウーサス地方の男は手ごわいぞ」
どこかはぐらかされた気もするが、気のせいだろう。
「ええ。まさか、政都の商家出身者に投げ飛ばされるとは思いませんでした」
全く、気配がなかったのだ。まぁ、あの時は私も平常心からは程遠かったのだが。
「ん?あの人は政都出身じゃないぞ。確かウーサス西部とか」
「そうだったんですか。どおりで武術の心得があった訳だ」
全ての人がそうとは言えないが、一般にウーサス西部には尚武の気風と言うものがあると聞いた。平民でも少し懐に余裕のあるものは、大抵武術をかじっているそうだ。
「お前、そんな事も知らなかったのか。あきれた奴だな」
「いえ、その、商家出身というのは耳に挟んでいたので、言葉つきから政都の人だと思い込んでおりました」
実際、私には区別がつかない。(ちなみに政都はウーサス東部である)
「そのくらい訊いておけ。一体、どんなやり取りをしとるのだ」
確かに、言われてみればリシアさんに文で聞いておくような内容かもしれない。
「はあ。私は、とにかく私のことを知ってもらおうと、生い立ちなぞ書いたりしております。リシアさんは、日常どんなことがあったか、などを返事にくれます」
全て大切にとってある。
私は筆はそう得意な方でもないが、返事欲しさに、思いつくまま昔の失敗や、どんな遊びをしたかなどを書いている。
彼女の筆は、どこか優しい。春の花のような字体だ。
「あら、それでは、別に嫌われているわけではないのね」
夫人が我が事のように喜んでくださる。
私も、そう思っているのだが、何せリシアさんは優しい人なので、ただ断るのも悪いと思って文通に付き合ってくれているのかもしれない。
「くく。そうだといいな。まぁ、精進したまえ」
笑い混じりに、先生に励まされた。
全く、せめてヨリアスさんに投げられない程度まで鍛えなおさなければ、会う口実も作れない。そう言うと、
「本人に鍛えてもらえば良いではないか。お前を知ってもらうにも良いだろうし、娘さんとも会えるかもしれんぞ」
先生が助言してくれた。
思いつかなかった。
「早速、明日にでも頼みに上がります」
嬉々として答えると、先生も同行してくださるという。
「明日は無理だろう。お前、きちんと事前に連絡しろという教訓を忘れたのか?」
あきれられてしまった。夫人は横で笑っておられる。
読了ありがとうございます。
ちなみにヘーデン氏、フルネームが出てきません。そして決まってません、主人公なのに(笑)。
蛇足ながら、祭都=神王が祭祀を行っていた都、政都=政王が政治を行っていた都、政変により政王が退き政都は「新都」と名を改めました。が、まだ「政都」と呼んでいる人は大勢います。特に出身地として言うときなどは。生まれたときに「政都」だったなら、政都生まれというのも当然かと。




